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牢の中の救世主


 俺が活躍した戦争は正しくはフレドニア戦役と呼ばれているが、真竜の災厄と呼ぶ人もいれば、竜人戦争と呼ぶ人もいる。


 呼び方は何でも良いが、とにかく4年ほど前にこの王国のフレドニア地方にある魔防門が開いてしまい、そこから現れた竜人たちとの戦争が始まった。


 魔防門は異界と現世との境目にあり、竜人族は異界に住む異形の住人の事を言う。


 彼らは人間に対して非常に敵対的であり、男と見れば晒って食い、女と見ればさらって犯し──人間の女相手にも奴らは欲情し、子を孕ませることができるのだ──。


 人間よりもはるかに優れた肉体と優れた魔力に恵まれた竜人族との戦争は苛烈を極め、いくつもの町が滅び、沢山の人々が犠牲になった。


 数に勝る人間が有利と思われたが、奴らは魔防門の向こうから次から次へとやってくる。

 戦況は膠着状態から、徐々に悪化の一途を辿り、このままではフォート・リア王国存亡の危機かと思われた。


 この状況を打開するため、多大な犠牲を払ってでも魔防門を閉じるのが一番という結論に至るまでさほど時間はかからなかった。


 そこで活躍したのが犠牲になることを恐れた王国の正規軍ではなく、非正規軍として金で雇われた冒険者の存在だった。


 その冒険者の中の一人だったのが俺ことネロ・アーデルハイト。


 艱難辛苦の果てに仲間と共に敵の本陣へと乗り込み、軍を統率していたドラゴン卿を討ち取った(もう一度同じことをしろと言われたら、断る)。


 そうして王国の大賢者が魔防門を再び封印し、数年にわたった戦争に決着がついた──という訳だ


 この時の俺、わずか17歳。


 人々は突然訪れた平和を喜び、歌い踊り、歓喜に沸いた。


 当然、俺も喜んだ。


 多額の報奨金目当てで戦った俺とその仲間たちは、うやうやしくその功績を称えられ、フォート・リア王国の救い主と呼ばれることになり、お目当てのカネを手にすることができたのだった。


 俺と同じパーティーだったポンズは冒険者を引退し、報奨金を元手に酒場を開いた。

 戦争で活躍した戦士の酒場とあって、今も毎日冒険者で大変な賑わいだそうだ。


 デネブの奴は隣国の貴族に求婚され、今では悠々玉の輿暮らし。

 報奨金は恵まれない子供たちに寄付した。


 親孝行で堅実なテッドは実家の宿屋を大きくした。


 気ままなリリーナは当てのない放浪の旅へ。


 報奨金を学費にしようと決めていたフォックスは医者になる勉強を始めた。


 カネにうるさかったバルバスは投資を始め、うまいこと儲けている。


 要するに、成功を収めた俺たちは今それぞれの道を歩んでいる。

 

 そう考えると、上手くいってないのは俺だけなのかもしれない。


 15歳の時から冒険者ギルドでその日暮らしをしていた俺が、突然目もくらむような大金を手にし、それを計画的に使えるはずがない。

 王国からは報奨金のほか、王都に住むための立派な家と、そして爵位を与えられた。


 浮かれた俺は、とりあえず日銭を稼ぐための冒険者ギルドを退職し、カネの使い道を考えだした。


 故郷の親に仕送りしようにも、仕送りする親はとうに死んでいる。


 身を立てるために何か勉強をしようにも、俺は勉強が嫌いだった。


 武器にはそれなりに詳しかったから、王都で武器屋を始めてみたがあっけなく倒産した。

 そもそも戦争が終わって平和になったために武器防具の売れ行きは極端に悪く、儲けようと値段を高めに設定したのがマズかった気がする。


 おかげで最後には俺がドラゴン卿を倒した武器と防具をタダ同然で譲り渡す羽目になってしまった。


 しかたがないので、俺が得意とする剣と魔法を教える冒険者育成教室を開いてみた。


 はじめは入会者が続出し、これで俺も左うちわかと思われたが世の中そうは甘くない。


 人にものを教える事の難しさは計り知れなかったし、そもそも戦い方というものはそれぞれのスタイルがあり、教わってどうこうなるもんでもない。


 俺は『剣は気合いだ』『魔法は心で放て』『負けそうになったら逃げろ』以外の事を教えることができず、生徒は一人去り、二人去り、一月後にはゼロになった。


 王国軍からも剣術指南の依頼が来たが、そんな感じだったので二度目は無かった。


 王国から頂いた報奨金は見る見るうちに目減りし、進退窮まった俺は冒険者ギルドへ再登録をすることにした。


 しかし一度大金を手にし、狂った金銭感覚はなかなか元に戻らない。


 頼りになる仲間──ポンズやデネブたちもいないため、実入りの良い仕事はしにくくなった。


 やがて俺はギルドの稼ぎでは生活費が賄えず、借金を重ねるようになった。


 最初はこの国の救世主という事もあり、普通に国営銀行から借りることもできたが、だんだんと融資担当者の顔が険しくなっていった。


 俺の現在の収入で借りられる限度額いっぱいまで借りた後は、返済が済むまで立ち入り禁止になってしまった。


 そして冒険者ギルドの仲間から怪しい金融業者を紹介してもらい、10日に1割の金利でカネを借りるようになった。


 当然、ギルドの稼ぎでそんな暴利を払えるはずがない。


 いつの間にか俺は王国から頂戴した報奨金はおろか、その家まで借金のカタに取られてしまった。


 それでも借金の支払いは追い付かず、ギルドにまで借金取りが押し掛けるようになった。


 最初のうちは謝って追い返していたのだが、その横柄すぎる態度に腹が立ったので大喧嘩になった。


 相手は回収のプロであっても、戦いのプロではない。


 ドラゴン卿を討伐した俺の素手喧嘩(ステゴロ)は当然、素人相手に大怪我をさせてしまった。


 俺は善良な市民(金貸しであっても市民は市民だ)に重傷を負わせた罪で衛兵に捕まり、牢屋暮らしという羽目になり──。


 言うまでもなくこの国の救世主としての評判は地に落ちた。


 そうして牢の中でへこむ俺に、あくる日心配した王が面会に来てくれた。

 彼は偉大な王としての器量を持ち合わせており、こんな状況の俺に対しても優しかった。


 そして優しいだけじゃなく、厳しくもあった。


 「情けない……お主は一体何をやっておる!!」


 「どうもすみません……」


 「どうして、あれほど輝かしい功績を持つお主がこういうことになった。全て話してみよ。嘘偽りなく!!!」


 「はぁ」


 俺はこれまでの惨めな経緯を洗いざらい話すことになった。


 その話の最中、ほとんどの間王様はあきれ顔をしていた。


 しかしその瞳には同情の光も浮かんでいた。


 「……儂の与えた報奨金が原因かもしれぬな。あれでお主の人生を壊してしまった」


 「王様のせいじゃないですよ。全部自分が悪いんです」


 「ロイス公爵家の娘との婚約も、破談になったそうじゃな?」


 「はい。今の俺には家もなく、稼ぎもありませんから」


 「ロイス公は大層お主の事を気に入っとったというに。まっこと勿体ない話であるが……」


 かつての俺は、ロイス公爵の娘と縁談が持ち掛けられていた。

 この年で結婚かよと思ったものだが、顔合わせの会食ですっかり心変わりしてしまった。


 ロイス公爵の一人娘、リュクシーヌはそれほど美しかったのだ。

 恥ずかしそうにはにかむ顔が今も忘れられない。


 「これからお主はどうする? 牢を出て、また冒険者として暮らすのか?」


 「今後は難しいかもしれません。借金の件でだいぶギルドに迷惑をかけたので」


 「ふむ……」


 「今後は仕事の口があれば、何でもやります。国外に出てもいい。真面目に生き直そうと思ってます」


 「……国外に行かれるのは困る。魔防門がまたいつ開くか分からんのだからな」


 そう。

 あれほど苦労して閉めた魔防門なのに、大賢者いわくいつ開かれるか分からない。

 明日と言うことは無いにしても、5年後には開くかも知れないし、もしかしたら100年後かも知れないが、永久に開かないということだけは無いらしい。

 そもそも開いているのが自然であり、無理やり閉じている今がいびつな状態なのだそうだ。


 「今後もお主の力が必要となるやもしれんし、この地にとどまってもらわねばならん」


 「では、この俺を王宮で雇っていただくというのはどうでしょう」


 「一度雇ったではないか。お主の剣術指南は兵たちに不評で、二度は頼みにくい」


 「この際、使用人でも何でも構いません。それなら俺にもできるでしょう」


 「使用人を舐めるでない! あれほど大変な仕事は他にない。あれは誰にでもできる仕事ではない」


 「そうですか? 特にそう思った事ないけど……」


 「本当に仕事というものを分かっとらん男じゃのう……お主はまだまだ若いから仕方がないが、呆れたぞネロよ」


 「……はぁ」


 何だよ、使用人なんて誰でもできるだろ。

 皿を磨いたり、靴を磨いたり、窓を磨いたり……とにかくなんか磨いている人だ。


 それくらいなら荒事ばかりを得意としてきた俺にだって、できないはずがない。


 「話は分かった。今後、この国の救世主であるお主にとって悪いようにはせん」


 「ありがとうございます」


 「一つ聞くぞ。心を入れ替えて真面目に働くというのは本当じゃな?」


 「はい」


 「冒険者であることにはこだわらんな?」


 「前から特にこだわりはないっす」


 「この国の危機には、再び駆けつけてくれるな?」


 「もちろんです。全力を持って、打ち払います」


 「今言ったことを全て、神に誓え」


 「誓います。神と、偉大なフォート・リア王国の名にかけて」


 「承知した。……沙汰は追って知らせる。お主はもうしばらくここで頭を冷やすがよい」


 王様は踵を返し、牢を出た。


 やはりこの国で、持つべきものは王族とのコネだ。


 しかし話は俺の思いもよらぬ方向へと流れていった。



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