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本日の戦場は洗い場です


 謹慎が解けた俺は、再びミアのもとで働いた。


 はじめは暖炉や床や窓拭きと言った掃除の仕事を一緒に行っていたが、徐々に一人で任せてもらえるようになっていった。


 新人の俺は中でも他人が嫌がる仕事を率先してやる事にした。

 そうすることで少しでも屋敷内の人間の信用を得たいと考えたのだ。


 特につらかったのは銀食器を磨く仕事で、これは高確率で誰もが嫌がった。


 先日は磨いている最中に久しぶりにリュクシーヌに会い、小言を言われ、夜中までかかって窓拭きの仕事をさせられた(※第一話参照)。


 何でもあの日は公爵がウォルフガングを晩餐に招き、俺が起こした事件のフォローをしてくれたらしい。


 俺は晩餐室に顔を出さなかったし、そこでどんな話をしたのかは知らない。

 ミアの話によればウォルフガングは晩餐の料理に満足し、ご満悦で帰って行ったらしいので、きっと公爵がうまくやってくれたのだろう。


 そういう訳で俺はクビになる事もなく、平和に使用人の日々を過ごしている。

 ハウスメイドの仕事にはすっかり慣れて、ミアを含めて他の三人とも上手くやっている。


 そうしてしばらく働いているうちに、だんだん俺という人間が周りにどう思われているか分かってきた。


 ハウスキーパーであるミアが俺の立場に同情的であり、その管轄下にあるメイドは部署を問わず、誰もが好意的な対応をしてくれた。


 それは多分、俺がメイド仕事をしている中で唯一の男手であり、重いものを持ち上げたり、運んだり、そういう力仕事で地道に信頼を勝ち得たからだと思われる。


 反対に、従僕(フットマン)たちとはなかなか親しくなる機会が無い。

 庭師のガーナーや馬番のトムは相変わらず俺に対して遠慮しまくり、まともに会話することができなかった。


 それは初日にウォルフガング相手に暴れたのも良くなかったので、半分自業自得とも言えなくもない。


 この辺りは、きっと時間が解決してくれると希望的観測を持っている。


 しかし従僕を率いる執事のハルヴァートンだけは、俺を毛虫のように嫌っていた。


 例えば俺が早朝に鎧戸を開けて回っていると、こうだ。


 「おはようございます。ハルヴァートン様」


 「……」


 「おはようございます。ハルヴァートン様」


 「……フン」


 「おはようございますぅっ! ハルヴァートン様ぁああああっっ!!!」


 「やかましいっっ!! 初めから聞こえとるっ!」


 「聞こえてるなら返事くらいしてくださいよ。年だから聞こえにくいのかと思いました」


 「何だとっ!?」


 「リュクシーヌが可愛いのは分かるけど。リュクシーヌが嫌うからって、あんたまで俺を嫌わなくても良いでしょう」


 「お嬢様と呼べ! 貴様などが気安く呼んでいい名前ではないわ!」


 老齢のハルヴァートンはリュクシーヌの事を孫のように可愛がっている。

 ロイス公爵のとりなしも何のその、俺に対する対応はリュクシーヌやカタリナさん同様に冷ややかだった。


 「お嬢様の事だけではない。貴様は使用人としての態度がなっとらん。屋敷内で暴れるなど言語道断だ」


 「あれはウォルフガングが剣を抜いたからだ。まさか黙って斬られろって言うのか?」


 「貴様が素直に頭を下げれば済む話ではなかったのか? そうすれば、あのような事態にまで進むことはなかったはずだ」


 「……」


 割と痛いところを突いてくる。

 普通であればあそこまでは事態は悪化しない。

 悪化したのは俺が自分の強さに自覚があって、それが悪い方に作用したからだ。


 「弁えよ、ネロ・アーデルハイト。中途半端にこの世界に足を踏み入れるな。やるべきことを出来ぬ奴とする話はない」


 「ご忠告ありがとうございます。今後ハルヴァートン様のもと、しっかりと勉強させていただきますよ」


 「フン。勝手にしろ」


 そう言って老齢の執事は背を向けた。

 老齢ではあっても常にシャンとしており、執事として威風堂々の振る舞いだ。


 ハルヴァートンからは、俺は使用人として中途半端に見えるらしい。

 腹は立つが言っていることに間違いはなく、俺は黙って去り行く背中を見送った。


 ……とまぁ、まとめると人間関係はこんな具合だ。


 リュクシーヌとカタリナさんと、ハルヴァートンが冷ややか。

 ロイス公爵とミアたちメイド陣があたたか。


 力関係で言うとわりに拮抗していた。


 その他使用人は、どっちともつかず。


 案外この対立をしたたかに観察し、自分に有利な方につこうと考えているのかもしれない。

 そうだとしたら、貴族の家はなんとも複雑なパワーバランスと人間模様で成り立っているものだと思った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 「……それでは、おはようございます。今日の業務分担を発表します」


 「おはようございます」


 「おはようございまーす!」


 今日もこの部屋から使用人の一日が始まる。


 日々代わり映えのしない業務予定の話をするだけと思いがちだが、意外とそうでもない。

 他の部署で欠員が出たりしたら応援に呼ばれることがあるからだ。


 もちろんその逆もあり、屋敷での会食の前日など、掃除に力を入れる日はハウスメイドが倍以上に増えることもある。


 その辺はミアが他部署と連携し、上手にコントロールしながらやっていた。


 「今日はアイリーンが洗い場(スカラリー)です。打ち合わせが終わったらキッチンに行き、向こうの指示に従ってください」


 「え〜〜〜〜っ!!!」


 「エヴァは二階の掃除を。ドロシーは倉庫の片づけをお願いします」


 「やだやだ、私も掃除がいいですー!」


 「順番に担当する決まりです。アイリーンとネロ様は本日そちらで共にお願いします」


 「俺もかよ」


 「ネロ様もそろそろハウスメイドの仕事に慣れて来たようですから。違う仕事を覚える良いタイミングだと思います」


 俺が別の部署に回されるのは、今日が初めての事だった。


 まあ、どこに行っても俺のやることはメイドの仕事なんだよな。


 別にいいんだけど。


 「ネロ様と一緒なのはいいけどぉ〜……むぅ〜!」


 「いいじゃん、ネロ様と働けるんだからさー」


 「そーそ。あーあうらやましいな〜っ」


 「じゃあ代わる?」


 「ん〜、代わりたい気もするけど……やっぱ洗い場はヤダ」


 アイリーンがゴネているが、まだ洗い場で働いたことがない俺には理由が分からなかった。

 ドロシーやエヴァは同情的な目で見ているが、持ち場を代わってあげようという気配は皆無。


 洗い場の仕事というのはかなり不評なものらしい。


 ネズミやゴキブリがわんさか出るとか言う理由なら俺も辞退したいんだが。


 「私が代わってあげれればよいのですが、本日は一日奥様のお世話係なんです。それともアイリーンがそちらを担当しますか?」


 「奥様のお世話はもっとヤです!」


 「では、やはり洗い場の方を頼みます」


 「えぇ〜……」


 「何か困ることがあるのか?」


 「だって。洗い場に行くと一日ずっと皿洗いなんですー! つまんないし、洗濯ソーダを溶かした水で洗うと、すっごく手が荒れて痛むんですー!」


 「大変なのは分かります。でもそういう仕事なんだから、時には仕方がありません」


 「でも、でもー」


 どこまでも嫌そうなアイリーンだった。

 確かに仕事とはいえ若い女の子の手がガサガサになったら気の毒だ。


 俺はと言えば、別に手が荒れようが何しようが気にしない。


 「……洗い場で、俺が冒険者ギルドにいた頃の面白い話をしよう。そうすれば少しは退屈が凌げるだろ?」


 「えっ! ホントですかー?」


 「手が荒れそうな汚れが強いものは俺が洗う。アイリーンはそうじゃないものを休み休み洗えばいい」


 「わぁ〜。ネロ様、超優しい!」


 「ネロ様、甘やかしはいけません」


 「そういう訳じゃないけど、二人で協力し合おうって話だろ」


 「そうですけど……」


 「ネロ様。私たち二人、初めての共同作業ですね!」


 「皿洗いも共同作業なんだろうか?」


 「……アイリーン。ネロ様に何でもかんでも押し付けたら承知しませんからね。ちゃんと仕事をしたかどうか、ミアが後でしっかりお話を聞かせてもらいます」


 「分かってまーす!」


 「ネロ様もですよ。終わったら活動報告をしてください」


 「分かってるよ」


 何となくミアの俺を見る目が怖かった。

 そんなものはどこ吹く風のアイリーンは打って変わって楽しそうだ。


 楽しいことばかりとは言えないこの屋敷での暮らしの中で、彼女たちの明るさには今までとても助けられた。

 だから、少しでも俺が助けになる事があればしたいと思う。


 屋敷内では『ズッコケメイド三人衆』とか、『黒い三連敗』(メイド服が黒いから)とか揶揄されているが、傍で見てると彼女たちはとても働き者だ。


 エヴァとドロシーが部屋の隅でヒソヒソ、ネロ様は意外とアイリーンがお気に入りなのか……とか、本命はミア様のはずなのに……いやでも私たちにもワンチャン、とか話してるけど、ミアにも俺にも筒抜けだぞお前ら。


 「コホン! それではネロ様。アイリーンをよろしくお願いします」


 「分かった」


 「行ってきまーす!」


 「行く前に一つ。新しく雇われたシェフの事で二人にお話があります」


 「新しく?」


 「うん? うちのシェフ、いつの間に新しくなったの?」


 「先週から厨房に入ってくれています。まだ若いですが、王都で経験を積んだとても優秀な方だと聞いております」


 「いい事じゃないか。新進気鋭の料理人ってとこか」


 若くして経験を積み、貴族の家の召し抱え料理人になるのはすごい出世だ。

 ロイス公爵による異例の大抜擢なのかもしれない。


 「ただし。そのシェフは職人気質が酷く、恐ろしく短気な方らしいのです。キッチンメイドたちからの苦情が日々絶えません」


 「えぇ〜〜っ! アイリーン、また行きたくなってきたんですけど!」


 「クビにしちまえよ、そんな奴」


 異例の大抜擢じゃなく、もしかしたらただ他所で煙たがられてた料理人なんじゃないだろうか?

 何を考えてるんだ、あの公爵は。


 「目に余るようならいずれクビにもなるでしょうが……そういう方ですから、ネロ様には十分お気をつけて頂きたいのです」


 「つまり、喧嘩すんなって事だな」


 「平たく言いなおせばそうなります」


 「ネロ様〜。私ちょっと怖いです……」


 「あっちの話は俺が聞くようにするから。アイリーンは俺の後ろに立ってればいい」


 「やったー! 頼りにしてまーす」


 「アイリーン。あなたの方が先輩なんですよ」


 「だってー」


 「ネロ様も。必要以上に甘やかさないようにお願いします」


 「分かった分かった」


 口をとがらせるアイリーン。

 ミアの言うことも分かるが、こういう事は得意不得意がある。

 アイリーンのようなうら若き乙女が、わざわざそんな人格破綻者と接する必要もない。


 そんなわけで、今日の戦場は洗い場となった。


 俺としては、本当の戦場にならないように祈るばかりだ。





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