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94.暴かれた嘘

「誰だ、おまえ! 僕の婚約者から離れろ!」


 怒鳴り声がした。ウィルヘルム殿下だ。

 シルヴィオさんが体の位置を変え、わたしと殿下の間に入る。


「アリッサは俺の婚約者だ。無礼者呼ばわりされる謂れはない」


「婚約者だと? そうか、貴様がリーンフェルトだな。僕はダルトアの王子ウィルヘルムだ」


「……あなたの仕業か、アリッサがここにいるのは。まさか彼女に乱暴な真似をしてはいないだろうな」


 シルヴィオさんの視線が尖った。

 そんな彼をウィルヘルム殿下は、よりいっそうめつける。


「生意気な……! プレスターナごときの侯爵風情が、口のききかたに気をつけろ」


「プレスターナごときとは聞き捨てなりませんわね、ダルトア王国第二王子ウィルヘルム殿下」


 澄んだ声で放たれた台詞には、第二、のところにアクセントが置かれていた。

 こんな横槍を入れられる人は、この場に一人しかいない。


「あら失礼、つい口が出てしまって。短気は私の悪い癖。ご挨拶が遅れました、プレスターナ王女イルレーネと申します」


「は? 王女だと?」


 颯爽と現れたイルレーネ様を前に、ウィルヘルム殿下が目を剝く。


「お目にかかれて光栄ですわ、ウィルヘルム殿下。お話の腰を折ってごめんなさい。興味深い話題ですから、どうぞお続けになってくださいませ」


 イルレーネ様が艶やかに微笑んだ。 

 ウィルヘルム殿下は一瞬言葉を失ったものの、すぐにわたしに蔑みの視線を向ける。


「ふん、まあいい。しかし、さすがはリズラインの姉だ。異国のやつらを嘘でたらしこんで、ここまで引き連れてきたというわけか」


「……っ」


 彼の言うとおりだ。

 わたしはシルヴィオさんに嘘をつき続けていた。 

 イルレーネ様にも、他のみんなにも。

 妹の嘘で全てを失ったといいながら自分も嘘を重ね、騙していた――。


 ウィルヘルム殿下が、にやりと笑った。

 シルヴィオさんへと向き直る。


「プレスターナで、この女と暮らしていたそうだな。随分と入れあげているようだが、貴様がアリッサと呼んでいる女の真の名前はアリアテッサ。偽聖女リズラインの姉、そして僕の婚約者だ。リーンフェルト、貴様は騙されている。この売女の語る言葉はすべて嘘だぞ! 真に受けて婚約者気取りとは哀れなもの……うぁっ!?」


 ウィルヘルム殿下の足もとで稲妻が跳ねた。

 シルヴィオさんが攻撃魔法を放ったのだ。

 いちおう手加減したのだろう、さっき魔獣を焼き払ったそれよりはずっと小さかったし、直撃もしなかったけれど。


「あちち、熱い!」


 靴の先を焼かれたウィルヘルム殿下が地面を転げまわっている。


「ご無礼を。私も短気なもので、長い話は聞きたくない。くだらない戯言は特に」


 吐き捨てるようにシルヴィオさんが言った。


「何故だリーンフェルト、貴様は利用されたんだぞ!?」


「彼女はあなたが言うような人間ではない。俺はアリッサを信じる」


「……どうして、怒らないのよ」


 低い声で問いかけたのは、リズラインだった。

 ミュラーさんに支えられながらも自分の足で立ち、瞬きもせずにシルヴィオさんを見つめている。


「アリアテッサは嘘をついてたのに。あなたは怒ってない。……なぜなの?」


「本当の彼女を、知っているからです」


 シルヴィオさんの回答に、ウィルヘルム殿下が鼻で笑った。


「めでたい男だ。たった幾月いくつきか一緒にいただけで、この女のことなど何も知らないくせに。本当の名前さえ知らなかっただろう?」


「知っている。貴方よりもずっと。彼女が故郷を捨て、違う名前を名乗っていた理由も」


(え……?)


 シルヴィオさんがリズラインのほうへと顔を向けた。


「リズライン殿。アリッサ、いや、アリアテッサが牢獄へ送られることになった事件を告発したのは、あなたでしたね。目撃者もいない、証拠もない、被害の訴えのみで彼女は殺人未遂の罪を着せられた。実の姉を排除するための、あなたの嘘ではなかったのですか」


(シルヴィオさん……どうしてそのことを!?)


 睨むような目つきになって、リズラインが唇を噛む。

 ウィルヘルム殿下へ視線を移し、シルヴィオさんは続けた。


「ウィルヘルム殿下。あなたは裁判もなしにアリアテッサを罪人と認定し、一方的に婚約を破棄されたと聞きました。そのうえ無実を訴える彼女を投獄し、追放した。いまさら婚約者を名乗る資格などない」


「はは、ははは!」


 ウィルヘルム殿下が笑い声をあげた。


「そうか、そこまで知っているか。では気づいていたな、本物の聖女はアリアテッサだと! 聖女の加護をプレスターナのものにするために、アリアテッサを籠絡したというわけだ。貴様も俺と同類だな!」


 ふたたび雷が爆ぜた。

 今度はウィルヘルム殿下のすぐ後ろだったので、彼はお尻を押さえて地面を転げまわることになった。


っつ! き、貴様、一度ならず二度までもっ……!」


「あなたと一緒にされることだけは我慢ならない。彼女にすべてを捨てさせた男に」


 シルヴィオさんの双眸に、静かな怒りが煮えたぎっていた。

 一歩前に出る。ブーツの踵が瓦礫を踏み、ざり、と音を立てた。


「彼女が望んで名前を偽ったと思うか? どれだけ悲しみ、苦しんだか考えたことがあるか。それでも必死に生きようとしたんだ。頼れるものもない異国で、たった一人で。そんな彼女を、俺は守りたかった。……それだけだ」


(シルヴィオさん……)


 胸が、ぎゅっと苦しくなった。

 組み合わせた両手の指が真っ白だ。


 シルヴィオさんは知っていた。わたしの過去を、わたしの嘘を。

 それなのに……。


「うるさい、うるさい!」


 地団駄を踏んでウィルヘルム殿下が喚いた。


「余所者どもが生意気な! 僕はダルトアの王になるんだ、ここは僕の国、何をしようと僕の自由……!」


「誰がダルトアの王になると?」


 若い男性の声が響いた。

 

「勘違いをするな、ウィルヘルム。次期国王は、この私だ」


 振り向いた先に、こちらへ向かって歩いてくる若い男性の姿がある。


 細身の体。白い肌、整った顔立ち。

 そして、ウィルヘルム殿下とよく似た亜麻色の髪。


 この国では高貴な人だけが着用を許される濃い紫色の上着に白いマントを羽織り、大勢の騎士を従えたその人を見て、ウィルヘルム殿下が呆然と呟いた。


「あ……兄上……!?」




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