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93.共闘、そして

 馬上から、こちらを見ている長身の男性が叫ぶ。


「アリッサ? ……アリッサなのか!?」


 心臓が、大きく脈を打つ。


 ああ、本当に、あの人だ。

 無事で、いてくれた――。


「シルヴィオ、さん……」


 つぶやきは小さくて、彼には聞こえなかっただろう。

 それでも乱れた前髪の下、緑の瞳に光が宿るのがわかった。


「ダルトア騎士団に合流する! 全力で魔獣を討伐せよ!」


 シルヴィオさんの号令に応え、銀の鎧の騎士団も一斉に武器を構える。

 ダルトアの騎士たちも目に涙を浮かべ、弓を握りなおした。


「プレスターナ騎士団だ!」 


「友軍だ! 協力して聖女様を守れ!」


 上空では、翼をもつ魔物の群れが相変わらず渦を巻いている。

 ひときわ大きな一匹が、長虫のような長い躰をくねらせ、シルヴィオさんめがけて降下してきた。


「シルヴィオさん、上!」


 シルヴィオさんが剣を突き上げる。

 黄金の稲妻とともに、魔物の巨体が空中で霧散した。ダルトアの騎士たちが歓声をあげる。


 ゴゴゴ……


 熱狂に冷や水を浴びせるように地面が揺れた。

 大地に亀裂が走り、その間から巨大な鉤爪のような物体が伸び上がる。


 誰かが叫んだ。


「気をつけろ、地中型がくるぞ!」


 地面の割れ目から現れたのは、蜥蜴に似た魔獣だった。

 赤く濁った目玉は大人の頭ほどに大きい。

 黒い巨体が弾みをつけるように身を屈める。

 狙いを定めた先にいるのは、リズラインとミュラーさんだ。


「リーズ! ミュラーさん!」


 二人めがけて飛びかかった魔獣の体が、次の瞬間、頭からぐしゃりと潰れて動かなくなった。

 突如として出現した厚い氷の壁に衝突したのだ。


(防御魔法の壁!?)


「やったー! 今日の僕、絶好調!!」 


 壁の前で子供のように飛び跳ねながら、拳を突き上げている赤毛の騎士が見えた。

 シルヴィオさんの副官・ハンスさんだ。


 空中の魔獣の群れが次々に降下を始める。

 迎え撃つように地上から火柱が立ち上がった。貫かれた魔獣の体が真っ二つになる。


「さすが王女殿下!」

「我らの跳ねっ返り姫!」


王都ブレストンの白薔薇とお呼びなさいと言ってるでしょう!?」


 沸き立つプレスターナ騎士団の中で、白いマントの女性が言い返している。

 銀の鎧をまとってなお細身の艶やかな姿は、イルレーネ王女に間違いなかった。


(イルレーネ様……ハンスさんも!)


「きゅうぅ」


 何体もの魔獣に纏わりつかれたポンポンが、空中で苦しげな呻き声をあげる。

 長い首が、がくりと垂れた。

 『ごめんね』――そう言ってるみたいに。

 

「ポンポン!」


 わたしの叫びは、ふたたびの轟音に掻き消された。

 凄まじい閃光が空へと駆け上がる。


「きゃ……!」


 耳障りな悲鳴を上げながら、魔獣たちがポンポンの体から剥がれ落ちた。

 黒い燃え殻になって、ばらばらと地面に降ってくる。


 閃光の収束していく先に見えたのは、地面に剣を突き立てているシルヴィオさんの姿だった。

 攻撃魔法で魔物を焼き払ったのだ。


「すごい……! あの数の魔獣を一撃で」


 ミュラーさんが呟くのが聞こえた。


 自由になったポンポンが、空中で大きく翼を広げる。

 そして一声ひとこえ、力強く嘶いた。


 どん、と一度、大地が揺れ。

 何かが爆発したかのように、空気が大きく震えた。


 全ての魔獣が動きを止める。

 次の瞬間、その体は泡のように溶けて、黒く細かな塵に変わった。


「……!?」


 地上の魔獣も同じだった。

 全ての異形が塵芥と化し、一箇所に吸い寄せられていく。


「これは……?」


「魔獣が灰になった、だと?」


 騎士たちが呆然と見上げる先で、『少し前まで魔獣だったものたち』は、巨大なひとつの黒雲になった。

 そして少しのあいだ空で渦を巻いたかと思うと、前触れもなく不意に消滅した。


 ――――澄んだ青空が広がる。

 さっきまでは見えなかった太陽が、魔獣の消えた世界をまぶしく照らしだした。


 雲ひとつない青を背に、赤銅色のドラゴンの姿のポンポンが誇らしげに翼を広げた。  


 そのまま地上へと舞い降りてくる。

 大きな体がみるみる縮んでいく。


「ポンポン!」

 

 伸ばした腕の中に、ふわりと落ちてくる。

 抱きとめたときのポンポンは、「ハリネズミもどきの小さな生物」に戻っていた。


「きゅー」


 甘えるように鳴き、つぶらな目で見上げてくる。

 傷がすっかり消えているのを見て、涙が出そうになった。

 

「ありがとう。……ありがとう、ポンポン」


 ふわふわの体を撫でると、ポンポンは嬉しそうに鼻先をわたしの頬に押し付けてきた。


「魔獣が、消滅した……?」


「我々の勝利だ!」


「奇跡だ。聖女様とドラゴンが俺たちをお救いくださったんだ!」


 騎士たちが声を上げる。泣いている人もいる。

 どよめきの中から、

 

「アリッサ!!」


 シルヴィオさんが、わたしを呼んだ。

 瓦礫を踏み越え、駆け寄ってくる。


「どうして……きみが、ここに」


 同じことをわたしが聞きたいし、話せば長いし。

 そういえば彼に初めて会ったときも同じことを言われた気がする、と、混乱した頭で考える。


 どんな言葉から返せばいいのかわからずにいるうちに。

 え、と思う間もなく、彼の腕に抱きしめられていた。

   

「し、シルヴィオ、さん……?」


「ああ、もうどうでもいい。アリッサ……会えてよかった」


 シルヴィオさんの声が震えてる。

 

(これ、夢……?)


 硬い胸甲が肌にあたる。その痛みが、現実だと教えてくれている。


 ここで、こんなところで、もう一度会えるなんて。

 あなたに、アリッサと呼んでもらえるなんて。

 何より、生きていてくれてよかったーー!


 嵐のように想いが渦巻く。

 でも、言葉がでない。


「アリッサ、怪我はないか?」

  

 シルヴィオさんがわたしの顔を覗きこむ。

 急に恥ずかしくなって、弾かれたように体を離した。


「アリッサ?」


「わ、わ、わたしは大丈夫です。シルヴィオさんこそ、お怪我は?」


「……きみは、いつでも『大丈夫』って言うんだな」


 彼はまた、いつかと同じ言葉を口にする。

 そして、わたしの腕の中にいるポンポンの頭を優しく撫でた。


「ポンポン、お前は本当にドラゴンだったのか。みんなを助けてくれて、ありがとうな」


「きゅー」


 褒められたポンポンが、答えるように前脚を上げる。

 

「シルヴィオさん……なぜ、ここに?」


 プレスターナの騎士団がダルトア王都に向かっていたことは聞いていた。

 けれど、広いダルトアの土地で今この時、シルヴィオさんたちが間に合ってくれなかったら、わたしもポンポンも生きてはいられなかったと思う。


「自分でもよくわからない。でも王都に入ってから、目を閉じると若葉色の輝きが見えたんだ。光に導かれている気がして、迷わずここに辿り着いていた」


「若葉色の光? ……もしかして」


 土埃で汚れたドレスの首元から、ネックレスにした指輪を引き出す。


 シルヴィオさんから預かった指輪。

 大きなエメラルドが、まさに若葉のような緑色に明るくきらめいた。


 再会の直前、強烈な光を放ったエメラルドの指輪。

 彼の瞼の裏には、あの輝きが見えていたということ?

 これも……奇跡なの?


「そうだ。この光だ」

 

 シルヴィオさんが、眩しそうに目を細める。

 そして一瞬だけ泣き笑いのような表情を見せ、噛みしめるように言った。


「指輪、持っていてくれたんだな。……ありがとう」


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