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85.黒衣の一団

 がたがたと、床が上下する。

 全身が揺さぶられている感覚。


「……ん……」

 

 重たい瞼を上げる。

 揺れ続けている視界は、天地がどこかおかしかった。


 男物の靴を履いた二人分の足が、目の前にある。というか、それしか見えない。


 頭がずきずき痛む。

 体を起こそうと思ったのに、できなかった。

 自分が手足を縛られた状態で床に転がされていることを、ようやく理解する。


 ガタン!

 ひときわ大きな振動が、わたしの体を固い床に打ち付けた。


 聞こえているのは車輪の音、それから馬の蹄の音。

 どうやら、ここは馬車の中らしい。


 ぬっ、と、視界に男の顔が二つ入ってきた。

 

「お目覚めかい、お人好しのお嬢さん」


 座席に座っていた二人の男が、身を屈めてこちらを覗きこんでいる。

 少し若く見えるほうは、助けを求めて診療所にやってきた人物だとわかった。怪我をした妹を運ぶのを手伝ってほしいと言って、わたしを誘いだした人だ。


「う……」


 誰? 

 何が目的なの?


 問い詰めたいのに、声が言葉にならない。

 もがくわたしを見下ろして、男が逆に問いかけてきた。


「あんたがアリッサで間違いないな。リーンフェルト騎士隊長の婚約者の」


 シルヴィオさんの名前がでて、驚きのあまり動きがとまる。

 肩を揺らして男が笑った。反応に満足したらしい。


「ようし、間違いねえ。あんたが一人になるのを、ずーっと待ってたんだ」


「ず、っと……?」


「ああ。せっかく騎士隊長がいなくなってくれたってのに、あのやたらと強いメイドがベッタリ貼りついてるんだもんな。面倒だったぜ」


 はっとした。

 目の前で笑っている男。


(診療所の帰りに尾けてきた不審者に似てる……!)


 あのときは帽子をかぶっていていたから、顔がよくわからなかった。でも、顎の線や体格が一緒だ。

 どこかで会ったことがあると思った感覚は正しかったのだ。


「ど……して」


「知らねえ。あんたを連れてくりゃ大金をくれるっていうから仕事をしたまでの話なんでね」


 まだ頭痛はひどいものの、ようやく思考がはっきりしてきた。


(わたし、誘拐されたんだ。この男たちに)


 馭者も仲間だとして、相手は少なくとも三人いる。

 そして、どうやら彼らは誰かの指図で動いているだけ。

 わたしを攫ってこいと指示した人間は、別にいるのだ。


「あんたは俺たちのお宝だ。ますます美人に見えてくるねぇ」


 若い方の一人が、頬に触れようと手をのばしてきた。


「さ……さわらないで!」


「なんだと? お高くとまりやがって!」


 男が右手を振り上げたとたん、わたしのエプロンのポケットから小さな塊が飛びだした。

 ギャッと男が悲鳴をあげる。

 

「いて、痛ぇ、なんだこりゃ!」


 毛深い手の甲に、ポンポンが噛みついていた。

 払いのけられる前に宙を飛び、またポケットへと潜りこむ。


「ちくしょう、血が出たじゃねえか! ネズミめ、ひねり潰してやる」


 激昂した男が掴みかかってくる。

 狭い馬車の床で体を捩り、必死に抵抗しながら叫んだ。

 

「やめて! ポンポンに手を出したら舌を噛んで死んでやるから!」


「はぁ? ただのネズミに大袈裟なんだよ、さっさとこっちに寄越しやがれ!」


「本気よ! わたしが死んだらお金も手に入らないわよ、いいのね!?」


「やめとけ。その女の言う通りだ」


 年嵩の一人が制した。

 わたしを見下ろし、うんざりした口調で言う。


「仰せに従いますんで、おとなしくしてくれませんかね、お嬢さん。どうせ短い付き合いだ。じき引き渡し場所に着く」


「引き渡し……? 誰に?」


「依頼主に名は聞かないのが俺らの世界の礼儀ってもんでね」


 それきり男たちは黙りこんだ。


 じきに着く、といわれたわりに、馬車はしばらく走り続けた。

 ようやく馬車が停止したのは、時間の感覚がなくなった頃だ。


 男たちに両脇を抱えられて外へと連れ出される。

 人気ひとけのまったくない、山道のような場所だった。


 陽が沈みかけた景色の中に、フードつきの黒い外套を来た集団が立っている。

 背後に大きな馬車。しかも、複数台ある。


「待たせたな。ご注文のアリッサお嬢様だ」


 黒衣の一団に向けて、年嵩の男が声を発する。


 先頭の一人が進み出た。

 黒いフードの下から、わたしの顔を凝視しているようだ。


「ご苦労。彼女をこちらへ」


「おっと、代金が先だ。常識だろ」


 外套の人物が、無言で布袋を放る。

 若い男が拾い上げて中身を確認し、満足そうにニヤリと笑った。


「気前のよろしいことで」


 どん、と背中を突き飛ばされ、前のめりで地面に膝をつく。

 外套の人物に抱き起こされたときには、誘拐犯たちは馬車に飛び乗り、馬に鞭を入れていた。


「やつら、始末しておきますか」


「捨て置け。斬る価値もない連中だ」


 フードの下で交わされる会話に肌が泡立つ。

 

(殺される!)


 誘拐を依頼したのは、この人たち。

 きっと、わたしを亡き者にするために連れて来させたんだ。


 だって、彼らは――


 いちばん近くの一人が、縛られているわたしの腕に手をかけた。

 もう片方の手で、腰のあたりから何かを取り出す。

 短剣の刃が閃くのが見えた。

 頭の中が恐怖で真っ白になる。


「いや……!」


 けれど、刃が断ち切ったのは、わたしの手を戒めていた縄だった。

 続いて足も自由になる。


「ご無礼をお許しください、アリアテッサ様」


 本当の名前を呼ばれても、驚きはなかった。

 この時にはもう、彼らの正体を確信していたから。


 聞き覚えのあるアクセント。

 外套の足もとから覗く、揃いのブーツ。

 そして、短剣の柄に刻まれていた紋章。


(この人たち……!)


 ひとりが衿元の紐をほどき、フードを外す。

 精悍な男性の顔が露わになった。


 歳の頃は三十歳くらいだろうか。

 目つきはひどく鋭いけれど、ならず者とは違って清潔感が漂う。

 栗色の髪は側面が短く刈り込まれ、彼の属性を物語っているようだ。


 彼の行動が合図になったように、他の人たちも次々と外套を脱ぐ。


 黒い布の下から現れたのは、ダルトア王国騎士団の制服だった。


「お迎えにあがりました。アリアテッサ様、どうかお戻りください。あなたの故郷、ダルトア王国へ」


 短髪の男性が恭しく言い、片方の膝を地面につく。

 他の騎士たちもそれに倣い、わたしに向かって頭を垂れた。


 



 

 


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