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8.リーンフェルト邸(1)

 わたしを馬上で支えながら、シルヴィオさんは自分のことを少しずつ話してくれた。


 自分は騎士団に所属していること。

 今日は所用で郊外へ出かけていたこと。

 予定したより帰りが遅くなってしまい、ブレストンにある家に戻る途中で、あの森を通りかかったこと――。


 黙って聞いているだけのわたしに気を悪くする様子もなく。

 なにひとつ尋ねることもせず。


「もうすぐ街に入るぞ」


 その言葉を聞く頃には、わたしはすっかり彼の存在に安心して背中を預けていて。

 ポンポンは布袋の中で、とっくに熟睡していた。





 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ 





 後になってわかったことだけど、ブレストンへの到着は、ちょうど真夜中ごろのことだった。


 月明かりの下、道の両側に開けていく光景。

 王都というだけあって、想像していたよりずっと都会だ。


 やがてシルヴィオさんは、驚くほど大きなお屋敷の前で一度馬を止めた。

 城と見紛うほどの重厚な門が開き、再び馬は敷地内へと進んでいく。


「シルヴィオさん、ここは……?」


「心配ない。俺の家だ」


「い、家!?」


 その言葉を裏付けるように、屋敷の前では大勢の使用人らしき人々がこうべを垂れてシルヴィオさんを迎える。


「旦那様! お帰りなさいませ!」


 転げるように駆けてきたのは、正装した年配の男性だった。


(旦那様?)

 

 そんな呼び方をされるということは、シルヴィオさん、このお屋敷のあるじなの?


「遅くなってすまない、ブルーノ」


「まったくでございますよ! 何かあったのかと心配で心配で……」


 ブルーノと呼ばれた男性は、眼鏡越しにわたしを見たところで言葉を切った。


「……何か、おありになったようですね、旦那様」


「ブルーノ、こちらはアリッサ嬢。アリッサ、我が家の執事ブルーノだ」


 さらりと互いを紹介しながら、シルヴィオさんはわたしが馬から降りるのを手伝ってくれる。


「は、はじめまして」


「こちらこそ。お目にかかることができて光栄です、アリッサ様」


 とりあえず淑女の礼をすると、ブルーノさんは美しいお辞儀を返してくる。

 いかにも格式ある家の執事然としたその顔に、人の良さそうな笑みが浮かんだ。


「旦那様、ブルーノは嬉しゅうございます。旦那様が、お屋敷に人をお連れに……しかもこんなにお可愛らしい女性を」


「彼女が森で困っていたから一緒に来たんだ。アリッサ、執事がおかしなことを言ってすまない」


 謝るシルヴィオさん。


「お詫びを申し上げるのはわたしの方です。どうか誤解なさらないでください、ブルーノさん。シルヴィオさんはわたしを助けてくださったんです。命の恩人です」


「命の恩人? さては旦那様、また危険な真似をなさいましたね!? 御身を大切になさってくださいと普段からあれほど」


「自分から厄介ごとに首を突っ込んだわけじゃない。アリッサの馬車が魔獣にやられたんだ」


「魔獣!?」


 ブルーノさんの声がひっくり返る。


「旦那様、魔獣退治をされたのですか? たったお一人で!?」


「いや、仕留めきれなかった。あれほど大型のつがいを見たのは久しぶりだ。警備部隊に強化を喚起しなくては……アリッサの従者たちも助けられなかった」


 シルヴィオさんの眉間に、悔しそうな皺が刻まれる。


「それは……お気の毒なことでございましたね、アリッサ様」


 労うようなブルーノさんの言葉に、わたしはただ黙って下を向いた。


 シルヴィオさんは、少しだけ嘘をついた。

 いや、全てを話さなかったというだけのことかもしれないけど。


 魔獣に襲われたのは本当のこと。

 でも、魔獣より先にわたしを殺そうとしたのは、人間だ。

 絶叫とともに闇に引きずり込まれて行ったのは、従者を装った襲撃者たち。


 だからこそわたしは今、ボロボロの格好でここに立っているんだけど。

 シルヴィオさんは、そのことを言わずにいてくれたのだ。


(やっぱり、優しい人みたい……)


 ところが、シルヴィオさんが次に繰り出した言葉は、わたしを仰天させるものだった。


「そういうわけで、アリッサは従者も荷物もなくしてしまった。それだけじゃない、記憶まで失ってしまったんだ。名前以外はなにも思い出せないらしい」


「……えッ!?」


 思わず変な声が出る。


 記憶喪失って、わたしそんなこと一言ひとことも言ってませんよ? 

 道中あまり喋らなかったからって何か勘違いしてません!?


 シルヴィオさんは続ける。


「こうなったのも俺が不甲斐ないせいだ。彼女が記憶を取り戻すまで、この屋敷で暮らしてもらおうと思っている」


「し、シルヴィオさ……」


「いいから、俺に任せて」


 囁きながら、シルヴィオさんはわたしに向かってこっそり片目を瞑ってみせた。

 この人、勘違いなんかしてない。わざとこんなこと言ってる!


(もしかして、わたしが余計なことを話さなくていいように……?)


「彼女は遠慮しているが、もう決めたんだ。いいな、ブルーノ」


 シルヴィオさんの言葉に、ブルーノさんは深くうなずいた。


「もちろんでございます。旦那様の勇気ある行動でアリッサ様をお助けすることができて、本当にようございました。これもご縁です。我々もアリッサ様は旦那様のご家族と思って、お仕えをさせていただきます」


 勝手に話が進んでる!

 なんなの、この展開は!?


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