78.予定外の同伴者
薄闇に目をこらす。
シルヴィオさんの後ろで、もう一人、馬を走らせる影があった。
馬上で手綱を操っている人物は、かなり細身のようだ。フード付きのマントを着ているせいで服も顔も見えない。
(誰? 副官のハンスさん?)
診療所の門の前で、まず馬を降りたのはシルヴィオさんだった。
「アリッサ! シュターデンも、遅くなって本当にすまない」
次にもう一人が地上に降り立ち、マントを脱ぐ。
フードから、ブルネットの長い髪がこぼれた。
そして露わになる、白い騎士服。
(……!?)
「バウマン男爵令嬢! ……じゃなくて」
デニス先生の慌てた呟きが聞こえた。
エイダさんとユストさんも、あんぐりと口を開けて言葉を失っている。
ランタンの光に照らし出されたのは、バウマン男爵令嬢ならぬ、プレスターナ王女イルレーネ様の美しい顔だった。
「こんばんは、アリッサ。それにデニス・シュターデン先生。私も仲間に入れてくださらない?」
イルレーネ様が鮮やかに微笑む。
隣に並んだシルヴィオさんが、困惑の混じった表情で言った。
「食事会の話をしたら、イルレーネ様が興味を持たれて……それで一緒に」
「アリッサ、あなたの話していた食事会って、今夜だったのね! 軍議のあとでシルヴィオに聞いて、そのままついてきてしまったの。宮廷の晩餐なんかより何倍も楽しそうなんですもの。ねえお願い、私も参加させて!」
「は、はい。ようこそ、イルレーネ様」
屈託なく駆け寄ってきた王女様に、それだけ返すのが精一杯だった。
「嬉しいわ、ありがとう! あ、シルヴィオを怒らないであげてね、彼の遅刻は私のせい。私が護衛を巻くあいだ、シルヴィオを待たせたからなのよ。あの人たちときたら本当に真面目で抜け出すのに苦労したわ」
横で聞いていたシルヴィオさんが、ほとほと参った様子でこめかみに手を当てる。
「こういうことをなさるから『跳ねっ返り姫』と呼ばれるんです。ちゃんと断られてからお出になればよかったのに」
「もう、シルヴィオまで固いこと言わないでよ。あなたが一緒なら安心だし、カールたちを説得していたら流星群に間に合わなかったでしょう?」
「おねえちゃん、だーれ?」
子供たちが、さっそく興味しんしんでイルレーネ様に近づいてくる。
膝をついて目線を低く合わせ、イルレーネ様はにっこりと笑った。
「私の名前はイルレーネ。アリッサのお友達よ、よろしくね」
「アリッサのともだちなの?」
「イルレーネって、すてきな名前だね」
「おねえちゃんの服、きれい。さわってもいい?」
「ええ、どうぞ」
「みんな、この方はね、この国の王……」
言いかけたデニス先生を、イルレーネ様が唇の前に指をたてて制する。
「シュターデン先生、お願い。今夜はアリッサの友人として参加させて」
「イルレーネおねえちゃん、こっちにおいでよ!」
「ユストにいちゃんとおれたちで作った料理たべてみな! すっげーうまいんだぜ」
カティやジャンが自慢げに手招きする。
「ありがとう、いただくわ」
素朴なお皿に盛った料理を、王女様は躊躇なく口に運んだ。
「美味しい! これ全部あなたたちが作ったの?」
「そうだよ!」
「えへへー、すごいだろ!」
「ええ、本当にすごいわ」
「やったー!」
「おいしいって! 褒められたよ!!」
突然あらわれた美しい女性に料理を認めてもらって、子供たちはとても嬉しそう。
あれもこれもと食べさせたがる彼らに、イルレーネ様は笑顔で応えている。
気取りのない優しさが滲む姿。
今夜の彼女は、いつも以上に眩しい……。
わたしの肩に、ぽん、と控えめに触れる手の感触があった。
「悪かった、アリッサ」
シルヴィオさんが、すまなそうに見下ろしている。
「どうしてもと仰るのでお連れしたんだ。あの方は一度言い出したら譲らないから……きみたちに気を遣わせてしまうと思ったんだが」
彼が謝るということは、わたしは微妙な表情をしていたんだろう。気を遣っているのはシルヴィオさんのほうだ。
あわてて笑顔を返す。
「とんでもありません、大歓迎です! 今夜の食事会だって、イルレーネ様の寄付があって実現したんですから。ほら、みんなも大喜びですよ」
「そうか。そう言ってくれると気が楽になる」
「あ、そんなことよりシルヴィオさんもお食事をどうぞ! すぐに取り分けますね。子供たちが頑張ってくれて、とっても美味しいお料理ができたんですよ」
「ああ、ありがとう」
料理を口実に、彼の手から逃れた。
笑顔を作ったつもり、だけど。
(……いま、うまく笑えてる?)
わたし、どうしてこんなに動揺しているんだろう?




