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75.騎士団本部を訪ねて

 騎士団本部に到着したのは、あと少しで正午になるという頃だった。


 正門の前で、馬車を降りる。


(ここが、シルヴィオさんの職場……)


 巨大な門には、聖獣であるドラゴンの意匠が刻まれていた。いかにも人々を守る騎士団らしい。

 よく見えないけど、その向こうには広大な敷地が広がっている様子だ。


 わたしの手には、お弁当とお茶の瓶を詰めたバスケット。

 エイダさんは着替えのお洋服を入れたトランクを抱えている。

 ポンポンは、いつも通りわたしのポシェットの中。


「リーンフェルト家よりまいりました。シルヴィオ・リーンフェルト様へのお届け物をあずかっていただけますか?」


 正門横の詰所の入り口で、エイダさんが警護の騎士に話しかけていると、


「あれ? エイダ、さん?」


 彼女の名を呼ぶ声がした。

 門の向こうから、赤毛の青年が駆けてくる。


「やっぱりそうだ! エイダさーん!!」


 そばかすの浮いた頬に人好きのする笑顔を浮かべて目の前に立ったのは、シルヴィオさんの副官・ハンスさんだった。

 『こう見えて』優秀な男、とシルヴィオさんが言った通り、少年ぽい外見に反する勇敢な戦いぶりで、魔獣からみんなを守ってくれた彼だ。


「嬉しいなあっ、こんなところでお会いできるなんて!」


「ハンス様、こんにちは」


 涼しい顔で応えるエイダさん。ふたりは既に顔見知りらしい。


「エイダさん、お元気そうですね! それで、こちらの女性は……え、もしかしてアリッサさん!?」


「はい。お久しぶりです」


 ハンスさんとは、魔獣が街を襲撃した翌日に診療所で会って以来の再会だ。

 確かに、会うのは久々だけど……なぜか不思議そうに、まじまじと見つめてくる。


「わたしの顔、何かついてます?」


 思わず頬に手をやると、ハンスさんは慌てたように首を横に振った。


「いや、そうじゃなくて。前にお会いしたときと雰囲気変わっちゃって、すぐにわかりませんでした」


「?」


「本当、変わったな、アリッサさん……好きな人とずっと一緒にいられるって、やっぱりいいものなんですね」


 エイダさんが、くすくす笑いながらわたしをつつく。


「アリッサ様がお綺麗になられて、見違えちゃったんですって」


「エイダさんもお美しいですよ! エイダさんは常にお美しいです!」


 ハンスさんの言葉に力がこもる。

 どうやら彼、エイダさんにお熱みたい。そして一方通行の様子。


「それはそうとハンス様、旦那様は中にいらっしゃいますか? わたくしたち、お届けものに伺いましたの」


 好意をふわっと受け流して、エイダさんが尋ねる。

 ばつが悪そうな表情になって、ハンスさんは頭を掻いた。


「そっか。隊長、お屋敷に帰ってないですもんね。ここのところ緊急軍議の連続だったからなぁ。ちょうどよかった、会っていかれたらいいですよ」


「え?」


「隊長と僕、今から外出するところだったんで。あ、来た! シルヴィオ隊長ー! ……あ、え? し、失礼いたしました!!」


 元気いっぱい手を振っていたハンスさんが、突然恐縮した仕草で敬礼をする。


「大きな声を出すなハンス、聞こえている」


 門の奥から、騎士服に身を包んだシルヴィオさんが現れた。

 わたしを認めた緑色の瞳に驚きの色が浮かぶ。


「アリッサ? どうしてここに」

 

「シルヴィオさん。突然ごめんなさい、お着替えのお届けに……」


「まあ、アリッサ! シルヴィオに会いにきたの?」


 涼やかな声がして、シルヴィオさんの隣に白い騎士服姿の女性が並んだ。


「……イルレーネ、さま」


 急いで礼の姿勢をとる。

 その実、頭の中は一瞬で真っ白になっていた。


 ハンスさんが慌てた理由がわかった。シルヴィオさんと一緒にいるイルレーネ様を視認したせいだったのだ。

 

(どうしてイルレーネ様が騎士団本部にいらっしゃるの……?)


 気持ちが伝わったのか、イルレーネ様が肩章の先をつまんで小首を傾げた。


「驚いた? いちおう私も魔法騎士だから、シルヴィオと一緒に軍議に参加しているの。この格好、動きやすくて意外と気にいってるわ」


「とっても素敵です、イルレーネ様の騎士服姿」


 口をついて出た言葉は、正真正銘の本音だった。

 白い細身の軍服は、すらりとしたイルレーネ様にとても似合う。

 きっちりまとめた髪型や薄化粧も、生来の美貌を却って引き立てるかのようだ。シルヴィオさんと並ぶと、さらに絵になる。


「アリッサ、この前はありがとう。お屋敷に遊びに行かせてもらって楽しかったわ」

 

「こちらこそ。それからイルレーネ様、診療所に再度の寄付をありがとうございました。また子供たちを集めて食事会を開こうと思っています」


「それは素敵ね。成功を祈っているわ」


 微笑むイルレーネ様の瞳には汚れがない。

 ……やっぱり、シルヴィオさんと似てる。


「じゃあシルヴィオ、また後で」


 ぽん、とシルヴィオさんの腕に触れ、イルレーネ様が身を翻す。 

 いつもの護衛騎士を従えて去っていく姿は、並の男性より遥かに颯爽として、格好良かった。

 

 ……ずきん、と胸が痛んだ。


 思い知らされた気がした。

 イルレーネ様は、シルヴィオさんにとって必要な存在なんだ。私生活でも、仕事でも。


『プレスターナを守ってみせる』。

 そう言い切ったときのイルレーネ様の、強い瞳を思い出す。

 

 美しくて優しくて、強い王女殿下。 

 シルヴィオさんが彼女を好きになるのに、何の不思議もない――。


「わざわざ着替えを持ってきてくれたのか。世話をかけてすまないな」


 わたしの抱えた荷物を見て、シルヴィオさんが言う。


「はい。でも、お礼はエイダさんとブルーノさんにおっしゃってください。わたしは無理を言って連れてきてもらっただけですから」


「隊長、久々に笑顔ですね……あ、黙ります」


 上官にひと睨みされ、ハンスさんが一歩下がった。


「ところでシルヴィオさん、どこかへ行かれるんですか?」


「ああ、そのつもりだった」


「僕たち、今日は朝もろくに食べる暇がなくて。休憩を兼ねてカフェにでも昼食に出ようかって話してたんです」


 シルヴィオさんの頷きを、黙りますと言ったはずのハンスさんがすかさず補足する。


(お昼ご飯を食べに……)

 

 無意識に、手に持ったバスケットを体の後ろに隠す。


(お弁当、必要なかったのね)


 ……仕方がない。

 そもそもシルヴィオさんに頼まれたことでもないんだもの。


 自分の行動が、急に恥ずかしくなってきた。

 力になりたい、なんて思い上がって、手作りのお弁当を持って押しかけるなんて。

 軍議に参加しているイルレーネ様に比べて、あまりにも稚拙すぎる――。


 帰ります、と言おうとしたとき。

 エイダさんがわたしの手からバスケットを奪い、シルヴィオさんの前に差し出した。


「旦那様、昼食ならこちらに! アリッサ様が旦那様のために、お弁当ランチをお作りになったんですの」


弁当ランチ?」


「え、エイダさん、それはもういいです!」


 慌ててを取り返そうとしたけれど、時すでに遅し。

 バスケットはシルヴィオさんの手に渡っていた。


「俺のために作ってくれたのか? アリッサが」


「は、はい」


 恥ずかしくなって下を向く。


(シルヴィオさん、迷惑よね。ハンスさんとお出かけしようとしてたところに間も悪すぎだし……)


 しばしの沈黙。


 耐え切れずに目を上げると、呆然とした表情のシルヴィオさんと目が合った。

 心なしか、その頬が赤い。


「アリッサが、俺に……」


 バスケットを持ったシルヴィオさんが、長身を屈めて、わたしと視線を合わせる。


「ありがとう。嬉しい」


「……食べて、いただけるんですか?」


「もちろんだ」


 シルヴィオさんが、にこりと笑った。


(よかった……!)


 安堵が一気に押し寄せる。


「あの、……これ、不出来なんですけど。よろしかったらハンスさんと」


 召し上がってください、と続けようとしたところに、エイダさんが怒涛の勢いで割り込んだ。


「旦那様、せっかくですからアリッサさまとお二人で召し上がっては? カフェにはハンス様とわたくしで行ってまいりますわ。ねっ、ハンス様?」


「ぼ、僕とエイダさんが一緒にカフェ!? よよ喜んで!」


 真っ赤になるハンスさんの背中を押して、エイダさんはさっさと歩きだす。


「エイダさん……」


「では旦那様、アリッサ様をよろしくお願いいたしますー!」


 去り際のいたずらっぽい笑顔。彼女が気を利かせてくれたことは明白だった。


(ありがとうございます、エイダさん)


 ユストさんにも謝りたい。「俺は関係ないですよ!」って怒られそうだけど。


 シルヴィオさんが苦笑を浮かべる。


「ハンスめ、顔に出すぎだ。さて、俺たちも行くとするか」


「はい、シルヴィオさん」


「きゅぅ」


 ポシェットの中のポンポンが会話に参加する。

 「そうか、お前もいたな」と、シルヴィオさんは可笑しそうに笑った。



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