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60.宮殿到着、即ピンチ

「アリッサ、手を」


 先に馬車を降りたシルヴィオさんが、手を差し伸べる。


「はい」


 少しためらってから自分の手を重ね、シルヴィオさんの腕を借りながら外に出た。


 たっぷりとしたドレスの裾の感覚が足に慣れない。

 頭上には星空。

 そして目の前には、荘厳なプレスターナの宮殿の光景が広がっている。


(とうとう来ちゃった……)


 この先にはプレスターナの貴族たち、そしてイルレーネ王女が待っている。


「緊張しなくていい。俺が一緒だ」


 顔をこわばらせているわたしに、シルヴィオさんが優しく笑いかけてくれる。


「そうですわアリッサ様、笑って笑って!」


 エイダさんが一番楽しそう。

 お付きをつとめてくれる彼女も、舞踏会用の紫色のドレス姿だ。同性から見ても可愛い。


 舞踏会用のポシェットから顔だけ出しているポンポンの首にも薄紅色のリボンが巻かれている。

 わたしのドレスとお揃いの布のリボン。メイヤー女史が用意してくれたものだ。


 プレスターナの貴婦人たちが、小型の愛玩動物ペットを舞踏会に連れてくることはままあるらしい。

 ダルトアでもそうだった。よく躾けられていることが大前提で、ダンスのときはお付きの侍女に預けるというのがマナー。

 珍しいペットは最高のアクセサリー、そんな感覚の人が多いんだと思う。わたしにとってのポンポンはアクセサリーなんかじゃ決してないけど、一緒にいられるのは嬉しかった。


「本当に、ダンスはしなくていいんですね?」


「ああ。挨拶を済ませたらすぐに帰ろう」


 ダンスは苦手と、シルヴィオさんには話してあった。

 

 ダルトアで聖女の付き人をしていたときに、教養のひとつとして、ダンスも一応、教わってはいる。練習嫌いの妹に代わってレッスンを受け、彼女に伝授したりは日常茶飯事だった。


 でも、人前で踊ったことはない。ドレスを着たことだって。

 ウィルヘルム殿下との婚約記念パーティーが開かれていたら違ったはずだけれど――。


 実家でも使用人として扱われていたし、社交の場での経験値というものが、わたしにはほぼ無い。

 シルヴィオさんの足を引っ張らないためには、「喋らない」「踊らない」に越したことはないわけで。

 目立つ行動はしない。それが一番だ。


(とにかく、絶対、彼に恥ずかしい思いをさせちゃいけないわ!)


 舞踏会用の豪華なポシェットから顔だけ出しているポンポンを抱きしめて、決意を新たにした。


 なのに、


「……あ!」


 歩き出したそばからドレスの裾を踏んでしまう。


「おっと」


「ご、ごめんなさい!」


 シルヴィオさんに抱き止められ、慌てて離れる。

 やれやれといった表情で彼はわたしを見下ろした。


「まったく、きみって子は……どんどん自分の足で歩いて行こうとするんだよな。それが良いところでもあるんだけど。隣に俺がいるんだぞ?」


 シルヴィオさんが、軽く肘を曲げた。


(……こ、これは)


 そうだわ。

 表向き、わたしたちは婚約者どうし。

 

(夜会で腕を組んで歩かないのは不自然てこと?)


「えい! でこざいますっ」


「きゃっ!?」


 後ろからエイダさんに背中を押され、シルヴィオさんにしがみつく格好になる。


「ごめんなさいごめんなさい!」


「また謝る。必要のない謝罪は受けない」


 そう言って、シルヴィオさんがわたしの手をとり、自分の腕に絡ませる。


「さあ行こうか、婚約者殿」


「……はい」


 微笑む彼の表情は優しい。

 

 この人と一緒なら、なんとか乗り切れる。

 笑顔を見上げ、彼の隣で一歩を踏み出した。

 


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 王宮の中は、煌びやかな光に溢れていた。


(すごい……!)


 規模、調度品、建築技術――

 どれをとっても、聖女の加護のもとで豊かだったダルトア王国の宮殿に引けを取らない。


 美しい音楽が聞こえてくる。

 空気を震わせる人々のざわめき、楽しそうな笑い声。ボールルームが近いのだ。


「ポンポンちゃんはわたくしが。アリッサ様、どうぞ楽しんでらしてくださいませ」


 ポシェットごとポンポンを抱っこしてくれながら、エイダさんがそっと離れた。


「シルヴィオ・リーンフェルト侯爵様、アリッサ・エルツェ様、ご到着でございます」


 侍従の声とともに、ボールルームへ招き入れられる。


 最初に目に飛び込んできたのは、眩いシャンデリアの光。

 黄金の柱、天使を描いた見事な天井画の数々。

 そして、その下に集う、たくさんの着飾った男女。


 何百という目が、いっせいにこちらを振り返った。

 彼らの動きが、ほんのひととき停止する。

 次に、ほう……と、声にならない溜め息がホールに満ちた。


 その瞬間、悟った。

 自分の浅はかさを。


 どうして忘れてたのかしら。当たり前のことを。

 シルヴィオさんの美貌が人目を惹かないはずはない。


(目立たないように行動するなんて、シルヴィオさんと一緒にいる限り無理にきまってるじゃないー!!)

 

 当のシルヴィオさんは平然。注目には慣れているみたいだ。

 楽団が優雅な音色を奏でる中、わたしの手を引いてホールを横切りはじめる。


「大丈夫。今のうちに挨拶をすませてしまおう。下手に長居をするとダンスが始まる」


「そ、そうですね」


 ホールの真ん中あたりに差しかかったとき、予想外の出来事が起こった。


 それまでの曲が終わっていないにも関わらず、楽団が円舞曲の演奏を始めたのだ。


「え? え?」


 どうして急に音楽が切り替わったの?

 ダンスが始まっちゃう!


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