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54.不気味な尾行者

 診療所からの帰り道。

 乗合馬車の停留所へ向かって歩きながら、わたしはずっと上の空だった。


(疲れた……)


 魔獣創まじゅうそうの縫合手術には時間がかかった。

 手術の緊張と疲れに加えて、ビアンキさんに聞いた話が心にわだかまって、鉛のように重い。

 

「アリッサちゃん、おつかれ!」


「今日もお仕事ごくろうさま」


 人通りの多い道では、顔見知りになった人たちが声をかけてくれる。

 いつもどおりに笑顔で挨拶を返したつもりだけど、ちゃんと笑えていたかどうか自信がなかった。


(あのリズラインが、聖女の義務を放り出した……?)


 聖女が祈りをやめる。加護を手放す。 

 それは国全体、ひいては周辺各国の安全が崩れることを意味する。


 ビアンキさんの話が本当なら、故郷では今、たくさんの人が苦しんでいるのかもしれない。

 そしてダルトア王国は、その事実を隠蔽しようとしている――。


「きゅ」


 ポシェットの中でおとなしくしていたポンポンが、急に鋭く鳴いた。


「……ポンポン?」


 ポシェットを飛び出し、肩に乗るポンポン。

 わたしの背後に向かって、警戒するように鳴き声をあげはじめた。


「きゅー! きゅー!」


「どうしたの?」


 苦手な大型犬でも見つけたのかしら。

 そう思いながら振り返ったら、少し後ろを歩いていた男性と目が合ってしまった。


 服装にも顔立ちにも特徴のない、典型的な「普通の男の人」。

 普段なら気に留めなかっただろう。


 ところが、その人は、とたんに帽子を目深に下ろし、足早に角を曲がっていったのだ。


(?)


 なんだか不自然な仕草に感じたけど。


(たまたま目が合っちゃっただけ、かな……?)


 まったく見覚えのない人だった。

 いつも行くお店の人でもないし、患者さんでもなさそうだったし……。


「あー、アリッサおねえちゃんだ!」


「いま帰り?」


 別の方向から話しかけられて目を向ける。


 たまの休診日に診療所にやってくる子供たち――マルコとメルの兄妹が駆け寄ってくるところだった。

 幼いながらに市場で働いて、お母さんを支えている子たちだ。仕事を終え、家に帰るところらしい。


「こんにちは、マルコ、メルちゃん」


「アリッサねえちゃん、このまえは食事会やってくれてありがとう! ユストにいちゃんのご飯、めちゃくちゃ美味しかったよ!」


「ほんとほんと! ユストにいちゃんカッコよかった!」


「あとシルヴィオさんもね!」


「また会わせてね! 絶対だよ!」


 笑顔満面の二人を見て、こわばっていた心が少しほころぶ。


「伝えておくわ。気をつけて帰ってね」


「うん! またねー!」


 ポンポンの頭をわしゃわしゃと撫で、元気よく去っていくマルコとメル。

 その背中を見送り、ふたたび家路をたどり始めたところで、思わず足が止まった。


(……え?)


 少し先の建物の陰。

 あの帽子の男性が佇んでいる。


 さっきは確かに、後ろの角を曲がっていったはず。

 前方にいるのは、ちょっとおかしくない?


(まるで先回りされたみたい……)


 なんだか気味が悪い。


 男の人は、なにをするでもなく腕を組み、建物の壁に背中を預けて立っている。


 おそるおそる前を通り過ぎた。

 ポンポンが男の人の方を見て、「フー!」と唸った。


「ポンポン、いい子にね」


 囁いてもポンポンは逆毛を立て、警戒態勢のままだ。

 さりげなく振り返って、心臓が縮み上がった。


 建物に寄りかかっていた帽子の男の人が、ゆらりと動く。

 そのまま少し距離を開け、わたしの後に続いて歩きだしたのだ。


(何なの、あの人!?)


 立ち止まって、今度はわざと視線がぶつかるように振り向いてみた。

 相手は、また顔を背ける。

 店先の品物を見るようなそぶりをしながら、でも、離れていく様子はない。


 わたしが歩くと、男の人も歩きだす。

 歩みを止めれば、あちらも止まる。


(尾行されてる?)


 勘違いかもしれない。

 でも、勘違いじゃないかもしれない。


 記憶をたどり、知っている顔かどうか思い出そうとしてみた。

 ……やっぱり、今まで会ったことのない人だと思う。

 そんな人が、どうしてわたしの後をついてくるの?


 そういえば。

 少し前から、時折、誰かの視線を感じることがあった。気のせいだと思っていたけど……。


「フー! フー!」


 肩の上のポンポンは相変わらず後ろに顔を向け、唸り声をあげ続けている。


 道の両側に並ぶお店が、だんだんまばらになってきた。

 乗合馬車の停留所は市場の端だ。

 人気ひとけが減り続けるなかを、不気味な男が付かず離れずついてくる。


 ふだんは危険を感じることがない、賑やかな道。

 でも今日は、いつもより遅くなったぶん人通りが少ない。


 心臓が早鐘を打ち始める。


(どうしよう……)


 思い切って振り向こうか。

 何の用ですかって、ハッキリ聞いてしまおうか。


 だけど。

 もしも、あの男性が怖い人だったら、どうしたらいい――?


(まさか……ダルトア王国から移送されるときに、わたしを殺そうとした人間の仲間?)


 悪い想像ばかりが膨らんでいく。

 背筋に嫌な汗がにじむ。

 もう後ろを見ることも、歩みを止めることもできない。


 がくがくと膝が震えだした。 

 こんな足で走れる?

 逃げられる?


 頭の中が真っ白になりかけたとき、


「きゅー!」


 肩の上のポンポンが、前方に何かを見つけたように飛び跳ねた。


 

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