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51.夕焼け、聞けなかった言葉

 後片付けは意外に早く終わった。

 子供たちが自発的に手伝ってくれたからだ。


「ねえアリッサ、ユストにいちゃんにまた来てって頼んでよ。こんどは星祭ほしまつりの夜がいいなー」


 お皿を洗いながら、カティが甘えた声で言う。


「星祭り? なあに、それ」


「え、アリッサしらないの!? 流れ星が、たーくさん降る夜があるでしょ。そのときにやるお祭りだよ?」


「ああ、降星節こうせいせつのこと」


「こうせ……なに?」


 聞き返されて、ハッとした。


 秋の大流星群は、わたしの故郷ダルトア王国でも毎年見ることができる。お祭りを開催する習慣も一緒だ。

 でも、降星節こうせいせつはダルトアでの呼び名。プレスターナでは星祭りというらしい。


「なんでもないわ。そう、星祭りね」


「お料理もおしえてほしーい」

「おれも! 次は料理やってみたい!」

「あたしもー!」


「我が家の料理長に仕事の依頼オファーかな、お嬢さんたち?」


 ルティの頭にやさしく手を置き、会話に加わったのはシルヴィオさんだった。

 

「星祭りの料理人は忙しいんだよ。簡単には約束できないが、俺からもユストに頼んでみよう」


「ほんと!? ありがと、シルヴィオにいちゃん!」


 目を輝かせるカティ。

 シルヴィオさんは優しく頷いている。この様子だと、星祭りの食事会も実現してしまいそうだ。

 

「デニス先生、アリッサ、今日はありがとう!」


「ユストにいちゃんとシルヴィオにいちゃんもありがとー! またね! ぜったいね!」


 目を輝かせ、手を振りながら帰っていく子供たち。 

 彼らを見送ったあと、わたしとシルヴィオさん、ユストさんも帰路に就いた。


 心地よい疲労感の残る体に、オレンジ色の西陽が眩しい。

 満腹状態のポンポンは、ポシェットの中で幸せそうに眠っている。




 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦




 お屋敷に着くと、待ち構えていたエイダさんやブルーノさん、使用人の皆さんが迎えてくれた。


「お帰りなさいませ! いかがでした、お食事会は?」


 さっそくエイダさんが尋ねてくる。


「大成功でした。シルヴィオさんとユストさんのおかげです」


「それはよかったですわね、アリッサ様! 旦那様、お疲れ様でございました。ユストもね!」


「ナメてた……子供の元気ハンパねえ」


 荷物を降しながらユストさんがつぶやく。

 ぐったりした様子とは裏腹に、その表情はどことなく嬉しそう。


「ユストさん、子供たちに質問責めにされてましたものね。どうしたら料理人になれるのか」


「アリッサ様はすげえや。あいつらの相手しながら診療所の仕事もしてるなんて」


「すごくなんてありません。大変だけど、つられて元気になりますから」


「まあ、それはわからないでもないです」


「行ってよかった、って言ってるみたいだぞ、ユストは」


 シルヴィオさんが翻訳してくれる。


 気恥ずかしそうに頭を掻いて、「まあ、はい」とユストさんは頷いた。わたしへと向き直る。


「……俺、今日は楽しかったです」


 そう言って、にこりと笑った。


 いつも無表情で、なにを考えてるのかわからないユストさん。

 彼のこんな笑顔を見たのは初めてだった。

 なんだか胸がジンと熱くなる。


「ユストさん、本当にありがとうございました。わたしもとっても楽しかったです!」


「また呼んでください。次はもっと美味いものつくりますんで」


 それだけ言うと、ユストさんはいつもどおりの無表情に戻った。

 いっぱいの荷物を手に、ちょっとふらつきながら屋敷へ向かっていく。


「ユストったら、よっぽど楽しかったみたいですわねえ」


 くすくす笑いながら後を追うエイダさん。


 隣に立つシルヴィオさんが、わたしを見下ろして微笑んだ。


「俺からも礼を言うよ、アリッサ。ユストがあんな顔をするなんて。ありがとう、きみのお陰でいい一日だったな」


「お礼を言うのはわたしの方です。シルヴィオさんがお力を貸してくださったから、みんなに喜んでもらえました。デニス先生や、寄付をくださった方のお力添えだってありましたもの」


 恐縮しながら答えた言葉に、シルヴィオさんは優しく首を横に振った。


「たしかに、たくさんの人の協力があって今日という日が実現した。だが、みんなの心を動かしたのは、アリッサ、きみだと思う」


「わたしが?」

 

 驚いて見上げると、シルヴィオさんは何故か視線を逸らし、続けた。


「きみは変わったな。人と関わって、自分で考えて、行動して……。それに……き、……」


 変なところで言い淀む。


「……き?」


「ああ、その、きれ」


 前方で上がった大声が、シルヴィオさんの言葉をかき消した。


「やめろエイダ、俺ひとりで持てる!」


「いいから素直に半分よこしなさいな、わたくしの方が力持ちよ!?」


「そんなことねえよ、馬鹿にすんな」


「馬鹿になんかしてないわよ」


 ユストさんとエイダさんが荷物を取りあいながら、ぎゃあぎゃあと言い合っている。

 仲良し喧嘩にしか見えなくて、思わず吹き出してしまった。


「ごめんなさい、つい……!」


「あ、ああ。飽きずによくやるな、あの二人」


「シルヴィオさん、何か言いかけてませんでした?」


「……いや、別に大したことじゃない。さて、ユストを手伝ってこよう」


 面映そうに咳払いをひとつして、シルヴィオさんは背中を向けた。

 大きな木箱をひょいと持ち上げる主人を見て、ブルーノさんは「旦那様、そのようなことは使用人にお任せを!」と大慌て。


「きゅ」


 大声で目を覚ましたらしいポンポンが、ポシェットから伸びをした。

 それから小さな翼を広げ、シルヴィオさんの方へと飛んでいく。


「ポンポン、待ってったら!」


 お皿の入った箱を抱えて追いつくと、ポンポンはシルヴィオさんの肩にとまって満足そうにこちらを見下ろした。


「お、ポンポンも手伝ってくれるのか、偉いぞ」


「きゅー」


「シルヴィオさんもポンポンとお話しできるようになっちゃったんですね」


 わたしが言うと、シルヴィオさんは声を上げて笑う。


 結局、さっきの言葉の続きはうやむやになってしまった。


(……シルヴィオさん、何が言いたかったんだろう?)


 ほんの少しの疑問を残して、楽しかった一日が終わっていく。

 夕焼けが、とても綺麗だった。



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