50.夢を見るための出会い
メインのお料理が子供たちの胃にきれいに収まったところで、最後のサプライズが待っていた。
シルヴィオさんとデニス先生が協力して、大きな木箱を運んでくる。
中を見た子供たちは、一様に首を傾げた。
「氷……こんなにいっぱい?」
木箱の中には、たくさんの氷。
その中に大きめのガラス瓶がいくつか埋まっている。
瓶のひとつを取り出し、ユストさんは満足げな笑みを浮かべた。
「うん、上出来。そこのちび、味見してみな」
柄長のスプーンで中身をすくい、いちばん近くにいたカティに声をかける。
素直に口を開けたカティが、スプーンの上の白い滴をぺろりと舐めた。
驚いたようにぎゅっと目を閉じると、叫ぶ。
「つめたい! でも、おいしー!! なあに、これ!?」
「これか? ジェラートっていうんだ」
「じぇらーと!?」
子供たちが大盛り上がりしている横で、わたしとシルヴィオさんはこっそり顔を見合わせた。
「喜んでもらえましたね」
「ああ。わざわざ大量の氷を運んだ甲斐があったよ」
そう。お屋敷から運んだ荷物の中で何が重かったって、氷室から持ち出した大量の氷だったんだから!
「じゃ、ここからはデザートの時間」
ふたたびユストさんが片手鍋を火にかける。
「ユストにいちゃん、何してんの?」
「飴細工で雲をつくるんだ。見てな」
ユストさんがお鍋に入れたのは、お砂糖と水飴、それにお水。
火にかけて揺すり、手早くフォークでかき混ぜる。
ユストさんがフォークを持ち上げると、粘液状になった飴が、空中で黄金色の糸になってキラキラときらめいた。
それをクルリと捻って、空に浮かぶ雲に似た小さな塊にする。
「これを、こうやって……ジェラートの上にのっけて食べる」
小さな器に盛りつけたジェラートの上に、ユストさんの指が飴細工の雲を載せる。
透きとおる王冠みたいな輝きに、子供たちが歓声を上げた。
「かわいい! おひめさまの食べものみたい!」
「甘くて、めちゃめちゃおいしいよ!」
「こんなお菓子、はじめて食べたー!」
嬉しそうに、楽しそうに、ジェラートを味わう子供たち。
口のまわりにジェラートをつけて、カティがユストさんに問いかけた。
「ねえ、ユストおにいちゃんは『まりょくもち』なんだよね?」
「違う、俺は料理人。魔力がなくても料理人にはなれる」
「そうなの!? まほうみたいにすごいのに!」
「……でも、勉強しないといけないんでしょ」
口を挟んだのは、カティの姉のルティだった。
大切そうに手に持ったジェラートの器には、まだスプーンをいれた様子がない。
「きっとユストさんの親が、ちゃんとお料理の勉強させてくれたんだよね。だから、こんなにすごいことができるんだ。あたしたちとは……ちがうんだよね」
「ルティ……」
わたしには何も言えなかった。
ルティの気持ちが、わかる気がするから。
初めて触れる、知らなかった世界。自分にはないものを持っている人。
眩しくて、だからこそ悲しくなって。
手に入れられない自分が惨めに思える……。
ほとんど睨むように見上げるルティに、けれど、ユストさんはあっさりした口調で答えた。
「俺、捨て子だったんだよね。学校もたいして行ってない」
「え!?」
驚きの声をあげたのはルティ一人じゃなかった。カティやジャンや他のみんな、それに、わたしも。
「ま、運はよかったのかな。助けてくれる人に会えたから」
助けてくれる人、のところで、ちらりとシルヴィオさんを見たあと、ユストさんは視線をルティに戻す。
「早く食えよ、溶けるぞ」
「……あたしも、なれる?」
ルティが尋ねた。
その声が震えてる。だけど目には、さっきまでとは違う輝きが揺れていた。
「あたし……ユストさんみたいになれる?」
「さあな。未来のことは俺にはわかんない。けど、お前なら何にでもなれるんじゃない? 度胸ありそうだし、運だってそう悪くなさそうだしな」
唇を真一文字に結んだあと、ルティが手元のジェラートを見下ろす。
そして意を決したようにスプーンを入れ、ひとさじ口に運んだ。
「……おいし……」
そう呟いたルティが、ぽろりと涙をこぼした。満面の、笑顔で。
(ユストさん……もしかして、この子たちに自分を重ねて、今日の昼食会でお料理をつくってくれたの?)
そんなこと、ユストさんは一言も言わなかったけど。
彼にだって、相当な苦労があったはず。保護者なしに子供時代を生きたなら。
「ねえ、俺もなれるかな? 料理人」
横から尋ねたのはジャンだった。
「だから俺にはわかんないって。なりたかったらなれよ」
「ユストにいちゃんは、どうやって料理の勉強したの? おしえてよ」
「俺の話なんか聞いてもつまんないと思うけど」
ユストさんが顔をしかめる。
「つまんなくないよ。教えてよ、ケチ!」
「ケチとはなんだ、いいから早く食え! 俺がつくったジェラート残すなよ?」
「言われなくても残さないよ!」
「あたしも聞きたい。ユストさんの話」
「カティもー!」
「いや俺、話すの苦手だからホントに……旦那様! 助けてくださいよ」
「話してやれユスト、時間ならたっぷりある」
「そんな!」
子供たちに囲まれるユストさん、笑顔で突き放すシルヴィオさん。
それを見て笑いながら、デニス先生が独りごとのようにつぶやいた。
「……特別な日になったな。想像してたより、ずっと」
笑い皺が刻まれた目尻に、少しだけ光るものがある。
「デニス先生?」
「生きるだけで精一杯の暮らしは、どうしたって視野を狭くする。外の世界に触れる機会もないまま、今いる場所から抜け出せないと思いこんでしまうんだ。ちがう生き方がある、自分にも出来るかもしれない……そう思えたとき、はじめて人は夢をみる。そのための出会いが必要なんだよ」
「本当に……そうですね」
まるで、自分に言われているみたいだった。
リズラインの付き人として、狭い世界で生きていたわたし。
妹の影として一生を過ごすと信じて疑わなかったわたし。
ちがう生き方があるなんて、自分にもできるかもなんて、考えもしなかった。
――シルヴィオさんに、出会うまで。
「ありがとう、アリッサ」
唐突に言われた。
「え?」
「子供たちとユスト君を会わせてくれて。きみのおかげだよ」
慌てて首を横に振る。
「今回のことはユストさんが自分から申し出てくれたんです。許可してくださったのはシルヴィオさんですし、それに……」
「それに?」
「できることなら、今日の食材を寄付してくださった方にもお礼が言いたいですよね」
「ああ。そうだね」
ハッとした顔で、デニス先生も頷いた。
寄付は匿名だったから、送り主は定かじゃない。
でも、あの寄付は、バウマン男爵令嬢からのものに思えて仕方がなかった。




