49.診療所の昼食会
翌朝。
「おはよう、アリッサ……あれっ、リーンフェルトも? えっ、こちらの男性は!?」
わたしと一緒に診療所に現れたシルヴィオさんとユストさんを見て、デニス先生は相当びっくりしたみたいだった。
無理もない話よね。
急な話だし、ユストさんとデニス先生に至っては初対面。
さらに全員が、謎の大荷物(ユストさん愛用の調理器具など)を抱えているという……。
それでも事情を話すと、デニス先生は快く受け入れてくれた。
「そうか、手伝いに来てくれたのか! ありがとう、リーンフェルト。それに料理のプロに協力してもらえるなんて思ってもみなかったよ!」
「……ユストです」
最低限の挨拶だけを口にするユストさん。
「では、台所をお借りします」
「あ、ユストさん、待って!」
調味料の入ったバスケットを手に、慌てて後を追う。
今日の調理担当はもちろんユストさんだけど、お手伝いはわたしがすることになっているのだ。
心配していたお天気は快晴。
青空の下、シルヴィオさんとデニス先生は、さっそく会場の設営にとりかかる。
「シュターデン、このテーブルはどこに置けばいい?」
「それはそっちに頼むよ。あと、この椅子をこっち側に並べて……」
「なんだか学生の頃を思い出すな」
「学園祭とかね。懐かしいなあ」
振り向いてみれば、二人とも少年みたいな顔で笑っていた。
『優しい気持ちって、伝染するものです』
『デニス先生も、きっとわかってくださいますよ』
エイダさんの言葉が脳裏によみがえる。
「アリッサ様」
「はいっ、いま行きます!」
ユストさんに急かされて、小走りに台所へ向かった。
決して広いとは言えない診療所の台所いっぱいに、差し入れの食材を入れた木箱が積まれている。
「ふうん」
ユストさんが唸った。
料理人の白い上着をとりだし、袖をとおす。
薄い唇の片端が、きゅっと上がった。
(あ。ユストさん、わくわくしちゃってる……?)
「じゃ、始めます」
「はい!」
あと一、ニ時間もすれば、子供たちが集まり始める。
「ポンポン、ここにいてね」
食べものの匂いにせわしなく鼻を動かしているポンポンを台所の隅の棚の上に座らせ、エプロンの紐をきゅっと締めた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そして迎えた、お昼どき。
診療所の庭は、子供たちの歓声と美味しそうな香りで溢れかえっていた。
「すごーい! めっちゃおいしーい!」
カティが叫ぶ。
小さな口いっぱいに頬張っているのは、あつあつのお肉と野菜のソテー。朝から果実のペーストに浸して味付けしたものだ。
デニス先生とシルヴィオさんが庭に設置した火元を使い、焼きたてをお皿に盛って子供たちに手渡していく。
そう、今回の昼食会は、いわゆる「野営方式」なのね。
お肉を焼く作業を担当しているのは、なんとシルヴィオさん!
「騎士団の仕事で野営もする。調理の経験だってあるから任せてくれ」
そう言って引き受けてくれたのだ。
「こっちのお魚も美味しいよ!」
「ほんと。それに、すっごくきれい……」
ルティたちがうっとりしているのは、黄金色に輝く白身魚のムニエル。仕上げの香草ソースが彩りと香りを添えている。
庭に一列に並べたテーブルには、他にもたくさんのお料理が並んでいた。
お肉の骨から出汁をとり、具材を贅沢に使ったスープ。
特製ドレッシングを絡めたカラフルなサラダ。
香ばしく焼きあげたガレットに、柔らかいパン。そこに作りたての林檎ジャムや生クリームをたっぷりのせて……。
「大したものだね、ユスト君の腕前。恐れ入った」
「はい。わたしたちだけだったら、ここまではとても無理でした」
「リーンフェルトの野営の技術もね。騎士団の知識がこんな場面で活きるとは」
わたしとデニス先生は、今日何度目かのやりとりを呟きあう。
ユストさんのお料理の腕は、もちろんすごい。
それに加えてシルヴィオさんの会場設営の手際の良さといったら、完全に予想外!
二人の協力なしに、こんな素晴らしい昼食会を開くことなんて出来なかった。
「デニス先生、アリッサ、これみんな食べていいの? ほんとに!?」
「ええ、たくさん召し上がれ」
「わーーーい!!」
突然開催された昼食会に、みんなは大興奮。
「きゅーー!」
ポンポンも大興奮。
子供たちの間を飛び回っては、ひと口ずつお料理を分けてもらっている。
休診日の診療所にやってくるのは、いつもお腹を空かせている子供ばかりだ。
デニス先生が積極的に声をかけてくれたので、今日は普段よりたくさん集まっていた。
子供たちの中心にいるのは、もちろん本日のスペシャルゲスト――リーンフェルト家が誇る若きシェフ。
「ご注文は?」
小さなフライパンを火にかけながら、ユストさんが尋ねる。
「えーとね、えーと……ちーずと、とまと」
真剣な面持ちで答える男の子。
いつもおとなしい、ジャンという名前の子だ。
「了解」
うなずいて、ユストさんは片手でフライパンに卵液を流しこんだ。
傍らに並べた器から具材をサッと加え、手際よくフライパンを振っていく。
「はい、お待たせ」
「うわぁ……!!」
幼い歓声が上がる。
男の子に手渡されたお皿の上には、ぷるんと美味しそうなオムレツが湯気を立てていた。
貴族の食事では定番の、リクエストを聞いて作るオムレツ。
それを、子供たちを相手に実演しているのだ。
「すげえ……ふわふわ……」
ジャンは震える手でオムレツにフォークを入れる。
そっと口に運んだ幼い顔に、今まで見たことがない恍惚の表情が広がった。
「う、まい……っ!!」
「そんなに? そんなにおいしいのっ!?」
「おにいちゃん、あたしにもつくって!!」
「ぼくも! なかみはトマトとハムがいい!」
「よし、順番な」
「はーい!!」
料理人の白服できめたユストさんが、わざわざ自分の希望を聞いて、自分のためだけに美味しいオムレツを焼いてくれる。子供たちにとって初めての経験。
お肉係のシルヴィオさんも、あいかわらず大勢に囲まれている。
「おにいちゃん、おかわり!」
「わかりました、お嬢さん」
カティに答えるシルヴィオさんは、あのくしゃくしゃの笑顔だ。
お仕事柄、騎士服姿でいることが多い彼。普段は近寄りがたいと言われることが多いそう。
でも今日、子供たちに囲まれて、お肉を焼き続けている姿は、親しみやすいお兄さんそのものだ。
(本当に優しいのね、シルヴィオさん)
診療所に集まる小さい子たちは、実はとても臆病だ。
デニス先生やわたしには懐いていても、知らない大人に対しては最大級の警戒心を示す。今までの苦い経験が、彼らを用心深くさせるんだろう。
そんな子供たちが、男の子も女の子も、シルヴィオさんには心を開いてる。
作りものじゃない優しさが伝わってるんだと思う。
……わたしも、そうだった。
初めて会ったときに、なぜかわかった。彼は優しい人だと。
あの日、差し伸べてくれた手に導かれて、今日ここにいる。笑顔に溢れた時間の中に。
「ねえねえアリッサ、一緒にたべようよ!」
「デニス先生も、ユストにいちゃんにオムレツ作ってもらおう!?」
目をきらきらさせながら、カティやジャンが呼びに来る。
「僕たちもいただこうか、アリッサ」
「はい、先生」
子供たちも、手を引かれるデニス先生も、とても嬉しそうだった。




