47.不器用な善意
翌々日の午後遅く。
デニス先生の診療所に、思いがけない来客があった。
「デニス・シュターデン様ー、お届けものでーす!」
威勢の良い声とともに、玄関先にドヤドヤと人の気配がする。
ちょうど受付終了の札を出しに行こうとしていたわたしは、目の前の光景に唖然としてしまった。
「何事ですか、これは!?」
診療所の前に停められた荷馬車から、若い男性三人がかりで次々と荷物が運びこまれてくる。
そのうちの一人が、わたしを見ると帽子を持ち上げて挨拶をした。
「毎度ありがとうございます、ハミット商会です! ご注文の品をお届けにあがりましたー!」
「ご注文の品って……えぇ!?」
うろたえるわたしを尻目に、男性たちは木箱の中身を所狭しと並べていく。
消毒薬や痛みどめの薬、包帯、新しいシーツに枕、デニス先生が欲しいと言っていた手術用の器具まで――大量の品々が、あっという間に廊下を埋めた。
「アリッサ、どうしたんだい? ……何だこりゃ!?」
駆けつけたデニス先生も目を丸くする。
「先生! ハミット商会の方が納品にって……でも、こんなに頼んでませんよね?」
「当然だよ! 新手の嫌がらせか!?」
うろたえている間にも、荷物の波は止まらない。
「ちょーっとすみません、ここ置かせていただきますね!」
「きゅー!」
木箱の上でポンポンが嬉しそうに飛び跳ねた。
蓋の隙間からツヤツヤ光る林檎が見えている。第二弾は食品のようだ。
「こちら明細でーす! 確かにお届けいたしました!」
元気よく封筒を渡そうとするハミット商会のお兄さん。
デニス先生が慌てて押し返した。
「いやいや、何かの間違いだ。うちでは頼んでない。支払いだって無理だよ、持って帰ってくれ」
「いえ、確かにご注文いただいてますし、代済ですよ?」
「は?」
「今日はお届けのみです。すべて前払いで頂戴しておりますけど」
「前払い!?」
わたしとデニス先生の声が揃った。
「代金は誰が!?」
「誰と言われましても……昨日、そちらのお嬢さんより少しお若いくらいのお見かけでしたかねぇ、品のいいぼっちゃんがみえて、ご希望の品のリストと代金を置いていかれましたよ」
「品のいい……ぼっちゃん?」
二人で顔を見合わせる。
口にこそ出さなかったけれど、たぶん同じ人を思い浮かべていただろう。
「というわけで、ご利用ありがとうございました! またよろしくお願いしまーっす!」
大店の従業員らしい素早さでわたしの方に封筒を押し付け、お兄さんは馬車に飛び乗る。
残されたのは、大量の荷物。
「……先生。これって、もしかして」
おそるおそるデニス先生に封筒を手渡す。
手紙の書面に目を落とし、デニス先生は頷いた。
「うん。たぶん、彼女かな」
「バウマン男爵令嬢、ですよね」
「ずいぶん荒っぽい寄付だなぁ。不器用にも程があるだろ……まあ、らしいっちゃ、らしいのか」
手紙を封筒に戻しながらデニス先生が呟く。
注文のために店に現れた上品な少年とは、バウマン男爵令嬢のそばに付き従っていた従者とみて間違いないだろう。
(バウマン男爵令嬢……こんなにたくさんの寄付を)
金貨の山をトレーに築き、こちらをじっと見据えていた彼女。
その力強くも澄んだ眼差しを思い出す。
往診報酬を受け取らなかったデニス先生に対しての気持ちの示し方が、この大量の物資ということなんだろうか。
だとしたら、やっぱり悪い人ではなかったんだと思う。
「先生、これどうしましょう?」
「善意として貰っておくさ。必要なものばかりだ。ありがたいよ、素直にね」
最後の一言に実感が籠っている。
実際、薬や備品は、いくらあってもありすぎることはない。食べものだって。
食糧がメインの木箱の中を覗いてみる。
白パンにミルクに玉子にチーズ、小麦粉に干し肉、新鮮な野菜や果物、調味料まで。栄養になりそうなものが、たくさん入っていた。
「すごい! 食べたら子供たちも元気が出ますね!」
「そうだね。でも、あまり日持ちのしないものもあるなぁ……うーん……」
デニス先生が腕を組む。
差し入れられた品の中には、足が早い食品もあるのは確かだった。傷む前に食べてしまわないと非常にもったいないのだ。
ふと思いついて、問いかけてみた。
「ね、先生。お庭で食事会を開くのはどうでしょう?」
「食事会?」
「はい。大袈裟なものじゃなくていいんです。いつも遊びに来ている子供たちを呼んで、食材は簡単に調理して。堅苦しくなく自由に食べてもらえるような」
デニス先生の顔が、パッと輝いた。
「いいね! ちょうど明日が休診日だ。子供たちにも声をかけてみよう」
「わかりました。明日までにメニュー、考えてみます」
「そうしてくれると助かるけど……いいのかい?」
デニス先生が尋ねる。
毎週の休診日は、わたしのお休みの日でもあるからだ。
「もちろんです。言い出したのはわたしですもの」
「ありがとう、助かるよ。簡単な料理っていっても、これだけの量だと僕ひとりじゃ手が足りそうにない。せっかくの休日に申し訳ないけど」
「全然かまいませんってば。むしろ楽しそう!」
「楽しそう?」
わたしの言葉を、デニス先生が鸚鵡返しに拾う。
「あ……ごめんなさい、お仕事ですよね。真剣にやります」
反省して下を向いたら、明るい笑い声が降ってきた。
「違うよ、嬉しいんだ。アリッサが『楽しそう』なんて言うの、はじめて聞いた気がして」
「え……?」
目を上げた先で、デニス先生が微笑んでいる。
「真面目で優しいのがアリッサのいいところ。僕はそう思ってる。でも……なんていうか、きみを見てると、もっと肩の力を抜いてもいいのにって感じる時があるんだよ」
「そう……ですか?」
「きみがどんな日々を生きてきたのか、僕は全然知らない。だから偉そうなことは言えないけど……楽しんでいいんだ。きみの人生はきみのものなんだから、やりたいことはどんどんやろう。まずは食事会だね!」
そう言って、デニス先生はさっそく支援物資の仕分けに掛かる。
(わたしの人生は、わたしのもの)
そんなこと、考えたこともなかった。
いつだって、わたしの人生の主軸は、妹――聖女リズラインだったから。
たしかに、以前のわたしは何かにたいして「楽しそう」なんて感情を持つこと自体がなかった気がする。
いつから、どうして、わたしは変わったんだろう。変わることができたんだろう。
答えはわかってる。
故郷ダルトアを逃れて、このプレスターナ王国へ来てから。
あの人が、わたしの人生を変えてくれたから。
「いやあ、いい林檎だ! ポンポン、最初に食べるかい?」
「きゅー!」
声をかけてもらったポンポンが、飛んでいって林檎にかぶりつく。
デニス先生も嬉しそうに笑った。
「子供たちもみんな喜ぶだろうなぁ。明日が楽しみだよ。ね、アリッサ!」
「……はい!」
そう。
いまは、素直に楽しみ。
みんなの笑顔が見られるのが待ち遠しい!




