表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/105

38.王女様の帰国

 日々は穏やかに過ぎ、プレスターナには夏が訪れていた。


 リズラインが夢枕に立つこともなく、魔獣が出現することもなく。


 そんな中、シルヴィオさんから、「仕事で七日間、家を空ける」と言われたのは、彼とわたしの非番がめずらしく重なった休日のこと。

 評判の歌劇の昼公演マチネにつれていってもらったあと、お屋敷へ戻り、庭園の四阿で午後のお茶を楽しんでいるときだった。


 テーブルにはユストさんお手製のキッシュやマフィンが並んでいる。

 子供用の椅子にちょこんと乗ったポンポンは、エイダさんに貰ったフルーツやナッツを夢中でもぐもぐしていた。

 

「魔獣討伐ですか? それとも大規模演習……」


 身を固くするわたしに、シルヴィオさんは笑って首を横に振った。


「いいや。我がプレスターナのイルレーネ王女様が留学先からお帰りになることになった。お迎えの護衛をするんだ」


「まあ旦那様、イルレーネ王女様のご帰国は来年のはずではございませんでしたの?」


 ティーカップにお茶を注いでくれながら、エイダさんが尋ねる。

 シルヴィオさんは頷いた。


「その予定だったが、国王陛下にお考えがあるんだろう」

  

 二人の会話に、わたしは心底びっくりしてしまった。


「プレスターナの王女様は、ご留学をされているんですか?」


「ああ、クロルヴァ王国へ行っておられる」


 聞けば、プレスターナの王女イルレーネ様は十九歳。

 一年ほど前から、国政などを学ぶため、友好国のひとつであるクロルヴァ王国に滞在しているという。


「素晴らしいです。王族の女性が外国で勉強されるなんて……!」


 ダルトアでは考えられない、と続けそうになって、言葉を飲みこむ。


「国王陛下は先進的な思考をお持ちだ。とはいえイルレーネ様は少々特別かな。魔力持ちの上に、たいそう気丈なお方だから」


「なにせ愛称が『跳ねっかえり姫』でいらっしゃいますものね」


 エイダさんがくすくす笑う。


「跳ねっかえり姫?」


「もっと前は『男勝りのイルレーネ様』とか『事実上の第二王子』とか呼ばれてらっしゃいましたわ。お年頃の王女様にそれではあんまりだというので『跳ねっかえり姫』で落ち着いた感じです。間違っておりませんわよね、旦那様?」


「王女殿下はご不満だと思うが、そんなところだ」


「それは、その……元気が良いっていう意味ですか?」


 言葉を選びながら質問すると、シルヴィオさんとエイダさんは揃って吹き出した。


「元気も何も、並の男では太刀打ちできないだろうな。子供の頃から存じ上げているが、王家のご兄妹の中で最もご気性が強いのがイルレーネ様だ」


「住民に襲いかかった巨大な熊をお一人で仕留めたとか、匿名で参加された模擬試合で男性騎士を何人も打ち負かしたとか。多少の尾鰭は付いているでしょうけれど、武勇伝にも事欠かきませんわねぇ」


「武勇伝?」


 およそ「王女様」との親和性が感じられない言葉なんですけど……。


「兄君である王太子殿下は口喧嘩でもイルレーネ様に敵わないとおっしゃっている。わかるよ、俺が兄でも勝てないだろう」


 シルヴィオさんは、ふと目を細めて「でも」と付け足した。


「この上なく国民思いの王女様でもある。今回のご帰国にあたっても、自らのご意思でパレードは無し、その予算は魔獣に壊された街の復興に充てることになった。そういうお人柄が民からも慕われているんだ」


「きっと素敵な方なんですね、イルレーネ様って」


 わたしの中ではもう、重たい甲冑に身を包み、騎士をなぎ倒していく大男みたいなイメージしか浮かばないけど、それはそれで頼もしい。

 強くて思いやりもあって、さらに勇気もあるなんて、男女問わず好かれない方が不思議だ。

 シルヴィオさんとエイダさんの会話からも、王女様への親愛の情が伝わってくる。


「プレスターナにとって大切な王女様のご帰還だ。騎士団として、しっかりと警護してくる。心配しないで待っていてくれ」


「はい」


 わたしとエイダさんの声が揃った。


「ところでアリッサ、土産は何がいい?」


「はい?」


 急に話題が変わった。


「クロルヴァとの国境の街は琥珀の産地だ。アクセサリーを買ってこようと思うんだが、髪飾りとブローチだったらどちらがいいだろう? それともネックレスの方がいいかな」


「え……いいえ、どちらも必要ありません。お仕事に着けていけませんし」


「じゃあ、服は? あの辺りには独特の技法の美しい織物があるそうだ。生地を買ってきて、メイヤー夫人のサロンでドレスでも仕立てるか。靴とか外出用の鞄という手もあるな。それか部屋の装飾品は? あとは、そうだな、いっそのこと新しい家具とか……」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 楽しそうに候補の品を並べ立てるシルヴィオさんを押しとどめる。


「なにも要りません。暮らすのに必要なものは全部足りてます」


「遠慮しないでくれ。希望の品を教えてほしい」


「遠慮なんかじゃありません。わたしにお気を遣わずに、シルヴィオさんはお仕事に集中してください」


「……そう……か……」


 シルヴィオさんの肩が目に見えて沈んだ。


「アリッサ様、アリッサ様! 何かおねだりしてさしあげてくださいませ!」


 エイダさんがわたしの耳元で囁く。


「おねだり? どうしてですか?」


「どうしてって、旦那様がお可哀想ですわ。以前も申し上げましたでしょ? 旦那様はアリッサ様に贈り物がしたいんです。なのにこれでは片想い……」


「エイダ、聞こえてるぞ」


 シルヴィオさんが遮るけれど、その声に力がない。


(そ、そんなにガッカリすること!?)


 なんだか悪いことをした気分になってくる。


「あのう……シルヴィオさん」


「うん?」


「わたし、本当に品物は要らないんです。シルヴィオさんがご無事で帰ってきてくださるのが一番ですから。お帰りになったあと、こうして一緒にお茶を飲みながら、道中どんなことがあったか聞かせていただけたら、それが何よりのお土産です。……楽しみに待ってます」


「……ああ、わかった! 帰ったらたくさん話そう」


 テーブルの向こう、シルヴィオさんが嬉しそうに微笑んだ。

 わたしより年上なのに、子供みたいな可愛い笑顔。

 だから、うっかり胸が波打ってしまいそうになる。


(だめだめ。いずれお別れする人なんだから)


 シルヴィオさんと過ごす時間は、初めて経験することの連続で、とっても楽しいけれど。


 わたしたちは「偽装の」婚約者。

 婚約解消の期限は、日一日と迫っている。

 


ブックマークしてくださった方、評価をくださった方、ありがとうございます。

更新の励みになっています。


第二章に入りました。

もう少しお付き合いいただけましたら嬉しいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ