表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/105

28.心臓に悪い出勤手段

 リーンフェルト邸での、新しい日常が始まった。

 

 シルヴィオさんのお仕事は、とっても忙しそうだ。

 騎士団の中でも特務隊は、いわゆる激務みたい。


 そんな中でも彼は「婚約者だから」と、可能な限り一緒に食事をしてくれる。

 してくれるのは、嬉しいんだけど……。


 とにかく最初は戸惑った。

 わたしは人から「構われる」ことに慣れてない。

 しかも目の前にいる人は、他国にまで聞こえた美貌の持ち主。


(き、緊張する……!)


 ぎこちなさが伝わらないはずはない、と思う。

 それでも彼は、きまって同じテーブルに着く。


 なにか特別なことを話すわけでもない。ただ一緒に同じものを食べるだけの時間。

 それでも、


「これ、とっても美味しいです」


「そうか。ユストにも伝えてやってくれ」


 とか、


「今日は訪問診療のお手伝いをする予定です」


「気をつけて行っておいで」


 とか。

 何気ない会話を重ねるうち、わたしはだんだん彼の目を見て話ができるようになってきた。


 朝食のあとは、勤務先の診療所へと向かう。


「ポンポン、いらっしゃい」


 呼ばれたポンポンが宙をとび、わたしの元へとやってきた。

 そのままポシェットの中へと入り込み、縁からちょこんと顔を出す。


「行ってまいります」


 お見送りしてくれるエイダさんに頭を下げて、お屋敷を出る。


 通勤には乗合馬車を使わせてもらっていた。

 お勤めに送迎はいらないと、最初に言ってある。

 シルヴィオさんとお屋敷のみんなは反対したけれど、どのみち一年間しか「貴族の婚約者」ではいられないのだ。今のうちから身の丈に合った生活をしておかないとね。


「アリッサ、送って行こう」


 今日は非番だというシルヴィオさんが追いかけてきた。


 彼の仕事はがお休みの日は、いつもこう。

 対するわたしの答えも毎回きまっている。


「平気です。お気を遣わないでください」

 

「いつまた危険なことが起こるかもしれない。俺が一緒のほうがいい」


 シルヴィオさん、今日はめずらしく食い下がってきた。


「お気持ちは嬉しいですけど、あれ以来、魔獣が出現したというお話は聞きませんよ? 騎士団のみなさまが頑張ってくださっているおかげですね」


「それは……そうだが。俺が心配しているのはそういうことだけじゃないんだが」


「本当に大丈夫です。ブレストンの乗合馬車は安全ですし、シルヴィオさんも非番の日くらいはお体を休めてください」


「もともと鍛錬に行く予定だ。馬を出すついでに送っていこうと言っているだけだ」


「でも、申し訳なくて……」


「アリッサ様! ちょっと、ちょっとこちらへ」


 少し離れたところでやりとりを見守っていたエイダさんが、わたしの腕を引っ張った。


「なんでしょう?」

 

「今日だけ、旦那様の我儘におつきあいくださいません?」


「え?」


「旦那様はね、少しでもアリッサ様と一緒にいたいんです。それがああいう言い方になっちゃうんですの」


「聞こえているぞエイダ、余計な口出しをするな」


 シルヴィオさんが眉を寄せたけど、エイダさんは構わず続ける。


「たまには言うことを聞いてさしあげてくださいませ。このままだとお可哀想です」


「かわいそう……?」


「ええ。誰だって好きな人とは一緒にいたいものですわ」


「す、すきなひと!?」


「何を驚かれるんです? お二人は婚約されてるじゃありませんか。これじゃまるで旦那様の片想い……」


「もういい」


 そう言って、シルヴィオさんは一人で歩きだしてしまう。


「あ、シルヴィオさん!」


 シルヴィオさんが振り返った。

 普段は大人っぽい彼の顔に、ちょっと拗ねたような表情が浮かんでいる。


(そ、そんな顔しないでー……!)


 嘘の婚約なんだから、シルヴィオさんがわたしに好意を持ってるなんてありえない。

 だけどあまり遠慮しすぎても、彼に恥をかかせることになってしまうのかも……!?


「あの……送って行って、くださいますか」


「ああ、もちろんだ」


 シルヴィオさんの顔が、ぱっと輝く。


「行ってらっしゃいませ、旦那様、アリッサ様ー!」


 わたしたちに向かって、エイダさんが満面の笑顔で手を振った。



 


 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦



 

 

 シルヴィオさんの愛馬に二人乗りをする格好で、診療所まで送ってもらうことになった。


 こうして一緒に馬に乗るのは三度目。

 一度目は、出会った日。

 二度目は魔獣騒ぎの翌日、診療所に迎えに来てもらったとき。

 呆然自失状態だったり、ぼろぼろだった状況と違って、今日はなんだか、やけに体が固くなる。


(当たり前だけど、ち、近い……)


 馬上では、後ろからシルヴィオさんに抱かれるような格好になるわけで。

 わたしの腕に、シルヴィオさんの腕の内側が常に触れている。


 彼の体温が伝わってきて、いつもの道のりが長く感じる。


 心臓が早く脈打っていること、悟られてしまわない?

 そんなことになったら、すごく恥ずかしいんですけど。

 そもそもこの出勤手段、心臓に悪すぎるのでは!?


 ――ティリリリリ……


 頭上から歌声が聴こえた。

 見上げると、青く晴れた空を二羽の鳥が美しい声で鳴きながら横切っていく。


「ティリリリリ」


 同じ声が、わたしのバッグの中から聞こえた。


「ポンポン? 声真似ができるようになったのか」


 驚いた様子でシルヴィオさんがわたしに尋ねた。


「そうなんです。この前、市場でカナリヤが売られているのを見てから、ときどき」

 

 ポンポンの変化にいちばん驚いてるのは、わたしだと思う。


 これまではせいぜい「キュ」と鳴くくらいだったのに、カナリヤみたいに綺麗な声で囀ることもできるようになったのだ。

 飛ぶのもとても上手になった。体も大きくなった気がする。


「いよいよハリネズミじゃないな」


「ええ……なんの動物なのか、本格的にわからなくなってきました」


 実は、少し不安だった。

 シルヴィオさんは、ポンポンが飛ぶようになったことは認識しているけれど、歌うようになったことまでは知らなかったはず。

 

(ポンポンのこと、やっぱり気味の悪い動物だって思わないかしら)


 ふとよぎった不安は、シルヴィオさんの笑い声に吹き飛ばされた。


「アリッサ、やっぱりきみとポンポンは似てるな。どんどん変化して、毎日驚かされる。一緒にいて楽しいよ」


「え?」


「さあ、着いたぞ」


 いつのまにか診療所の前に着いていたらしい。

 手を貸してもらって馬から降りたあと、恥ずかしさのあまりそのまま走り去りそうになって、慌てて足を止めた。


(ちゃんと……ちゃんと目を見てお礼を言わなくちゃ)


 頭の中に、メイヤー夫人の声が甦る。


『お顔を上げて。そうすれば、あなたが本来持っている美しさが輝きだします』


 シルヴィオさんへと向き直る。目と目が合った。


「……ありがとう、ございます。行ってまいります」


「ああ。行っておいで」


 シルヴィオさんは頷き、優しく微笑んだ。

 たったそれだけのことなのに、嬉しくて心臓が大きく跳ねる。


「い、いってまいりますっ」


(あああ、行ってまいりますを二回言っちゃったー!!)


 門の中へと駆けこむと、ちょうど建物の扉が開き、デニス先生が出てきた。


「おはよう、アリッサ。あれ、顔が真っ赤だよ? 熱でもあるんじゃ?」


「だ、大丈夫です。今日もよろしくお願いします! お掃除! お掃除はじめますねっ」


 先生の横をすり抜けるようにして玄関へと駆け込み、道具入れの箒を引っ張り出す。

 ポシェットから顔を出したポンポンは、面白そうにまだ囀っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ