25.診療所での再会(2)
(え? え!?)
いきなりの事態に体が硬直する。
……シルヴィオさんのことが心配だった。
……会いたいと思っていた。でも、そう願うこと自体が図々しいのかとも思っていた。
様々な想いが頭の中を駆け巡るけれど。
今この瞬間は、驚きが全ての感情を凌駕してしまっている。
シルヴィオさんが我に返ったように体を離した。
わたしと目線を合わせる。まっすぐに。
「よかった……。やっと見つけた」
「隊長、ずっとアリッサさんをさがしてたんですよ」
横からハンスさんが言う。
「戦闘が終わったあと、アリッサさんがお屋敷に戻ってないことがわかって、隊長ってばすごい無口になっちゃって。 避難所とかめちゃくちゃ廻りましたからね、僕たち」
「ハンス」
「はい喋りすぎました!」
敬礼して離れるハンスさんの目もとには、微笑みの色が浮かんでいた。
「ご……」
「すまなかった」
ごめんなさい、と言おうとしたのに、シルヴィオさんに言葉を奪われた。
どうして彼が謝るんだろう?
「俺の判断が間違っていた。きみと離れるべきじゃなかったんだ。怖い思いをさせて悪かった。きみに……きみにもしものことがあったら、俺は」
彼はそこで、いったん自分の感情を抑え込むように唇を噛んだ。
怜悧な顔は青白く、疲労の色が滲んでいる。きっと眠っていないんだ。
「シルヴィオさん。探してくださってたんですか……わたしなんかを」
「そんな言い方はよせ」
強い言い方だった。
でも、優しい言葉だった。
「……はい」
知ってたはず。シルヴィオさんは優い人だってこと。
本気で心配してくれるような人だってこと。
それなのに。
わたしのことなんか、そこまで気にかけるはずないって、心のどこかで思っていた。
彼じゃなく、自分自身を信じることができなくて。
そのせいで、こんなに大変な思いをさせてしまったんだ。
「ごめんなさい、シルヴィオさん……」
「謝ってるのは俺だよ。君を守れなかった。約束したのに、俺は嘘つきだ」
絞りだすようにシルヴィオさんが言う。
それを聞いて、昨日の光景が脳裏に甦った。
わたしを庇ってくれた彼。
巨大な魔獣を相手に、命がけで戦っていた姿。
「そんなこと、ありません。シルヴィオさんは嘘なんかついてない。みんなを……わたしを、守ってくださいました。感謝しています」
「アリッサ……」
シルヴィオさんが、わたしの名前を呼ぶ。
喉の奥が熱くなった。涙が溢れないように、なんども瞬きをする。
申しわけないという感情の中に、また会えたことがどうしようもなく嬉しくて。
――こんな気持ち、初めてだ。
「怪我をしてるんじゃないのか? 服がぼろぼろだ」
シルヴィオさんの視線が、確認するように改めてわたしの体の上を走る。
言われて初めて、自分の姿が客観的にどう見えるか気がついた。
新調してもらったばかりのドレスは、あちらこちらが解れ、血が変色した赤黒い染みが至るところにこびりついている。
「大丈夫です、怪我はしていません。でも……いただいたばかりの服をだめにしてしまいました」
「服なんかいい。それより、無事ならどうして屋敷に帰らなかったんだ」
「僕が彼女を引き止めたんですよ」
わたしの代わりに答えたのは、デニス先生だった。
「怪我人の受け入れで手が足りずに、通りすがりの彼女の厚意に甘えてしまったんです。本当に申し訳ない、シルヴィオ・リーンフェルト隊長」
シルヴィオさんが誰何するような眼差しでデニス先生を見返した。そして、
「……シュターデン? デニス・シュターデンか!」
驚いた様子で右手を差し出すシルヴィオさん。
デニス先生も白衣のポケットから片手を出し、二人は握手を交わす。
「久しぶり。覚えていてくれたんだね」
「当然だ。天才と言われたデニス・シュターデンを忘れるわけがない。そうか、ここはお前の診療所だったのか」
「ごらんの通りのおんぼろだけどね。アリッサが手伝ってくれて助かったよ」
「もしかして、お二人はお知り合いなんですか?」
わたしの質問に、シルヴィオさんは目を輝かせて頷いた。
「幼年学校の同期なんだ。デニス・シュターデン、入学から卒業まで学科試験では常に首席だった男だよ。結局いちども勝てなかった」
「よく言うよ、自分は史上最年少で騎士団に合格した超有名人のくせに。当時からシルヴィオ・リーンフェルトの名前を知らないやつはいなかったさ」
デニス先生が面映ゆそうに肩をすくめる。
(びっくり……シルヴィオさんとデニス先生が同期だったなんて)
世間は狭いっていうけど、こんなことってあるんだ!?
「それにしても驚いた。アリッサの保護者はお前だったのか。妹……じゃ、ないよな?」
「ああ。彼女は俺の婚約者だ」
デニス先生が目を見開いた。
わたしへ向かって尋ねる。
「婚約者……本当かい?」
「……はい」
偽装婚約だけど。
正直に言って、昨日からの混乱で、その設定が頭から消えかけてた……。
白衣のポケットに手を戻し、デニス先生が小さく首を縦に振った。
「そうか。納得がいったよ、きみはとても素敵な女性だから……リーンフェルト、本当にすまなかった。すべて僕の責任だ。彼女はなにも悪くない。本当に診療を手伝ってくれただけなんだ」
「アリッサが診療の手伝いを?」
「傷ついた子供を助けてくれたんだよ。患者さんの世話もよくやってくれた。心から感謝してる。僕だけじゃなくて、みんながね」
デニス先生が後ろを振り向く。
いつのまにか診療所の入り口には、ルティとカティをはじめ、子供たちが鈴なりになってこちらを見ていた。ポンポンはカティの腕に抱っこされている。
「彼女を迎えに来たんだな、リーンフェルト」
「ああ。大切な婚約者だ。連れて帰る」
デニス先生は小さく息を吐き、わたしを見て微笑んだ。
「きみは家族はいないと言ったね。でも、ちゃんといるじゃないか、きみの帰りを待つ人が」
「……」
胸が、きゅっと苦しくなる。
デニス先生が言葉にしてくれたおかげで、わかった。
いまのわたしには、心配してくれる人がいる。
帰っていける場所がある。
信じてみよう。シルヴィオさんを。自分を。
卑屈になるのは、もうやめる。
デニス先生が、そっとわたしの背中を押した。
「ここでお別れだ。ありがとう。何もお礼ができなくてごめん」
「……デニス先生」
「あ!」
カティが声を上げた。
ポンポンがカティの手から飛び立ち、わたしの腕の中へと戻って来たのだった。
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