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24. 診療所での再会(1)

 やることは山のようにあった。


 子供も大人も入り混じる大勢の患者さんたちに食事を配って、食べるのを手伝い、後片付けをして。

 それが終わったら怪我人の包帯を替えて、傷口を消毒して、汚れた包帯や衣類を洗濯して……。


(診療所の仕事って、こんなに大変なのね!?)


 聖女として祈りを捧げるリズラインと一緒に、病院へ慰問に行ったことなら何度もある。

 でも、細々とした仕事がこんなにたくさんあるとは知らなかったー!


 新たに診察を希望する人や、混乱で離れ離れになってしまった家族を探している人たちも次々にやってくる。小さな診療所は大忙しだ。

 

「デニス先生、いくらなんでも忙しすぎません?」


「まあ、医者は代わりがきかないからね。今日はアリッサがいてくれるから楽勝だよー」


 さらっと答えて、デニス先生は診療を続ける。


(楽勝なわけないでしょ、これが……)


 なんでも、以前は助手さんがいたけど、お家の事情で街を離れてしまい、それきり後任者がいないのだとか。

 もう半年ものあいだ、デニス先生は一人で診療所を切り盛りしているのだそう。


「お嬢さん、本当にありがとうね。若先生に代わって、あたしからもお礼を言うよ」


 年配の女性の患者さんの包帯を替えていると、その人が声をかけてきた。

 患者さんたちはデニス先生を、親しみをこめて「若先生」と呼んでいるらしい。


「あんた、きっといいところの娘さんなんだろ? 身なりを見ればわかるよ。慣れないだろうに頑張ってくれて、すまないねぇ」


 付き添いのご家族も頭を下げる。

 小さい子をつれているお母さんも会話に入ってきた。


「お嬢さん、若先生の知り合いかい?」


「いいえ、昨日はじめてお会いしたんです」


「そうなんだ。若先生はね、貧乏人も診てくれる優しいお医者さんなの。めずらしいでしょ。そんな人ほかにいないから、どうしても頼っちゃうんだよ」


「そうそう。だから若先生、いっつも忙しいんだけど、新しい助手さんが見つからないらしくてね。ま、このおんぼろ診療所じゃあ仕方ないか。あたしらみたいなの相手にしてるから、お金もないだろうし」


「手伝ってあげたいのは山々だけど、こっちも自分のことでいっぱいいっぱいで……若先生の寿命が縮むんじゃないかって心配だよ」


「おっと、うちの寂しい懐事情を暴露するのはそこまでにして」


 傍で聞いていたデニス先生が口を挟み、みんなはいっせいに笑った。

 ともすると沈んでしまいそうな病院という場所が、こんなにも穏やかな空気につつまれているのは、先生の人柄によるところが大きいようだ。


 子供たちはかわるがわるポンポンを抱っこしたりして、きゃっきゃと声をあげて喜んでいる。

 遊んでもらっているポンポンも嬉しそう。おかげでわたしは作業に集中することができた。


 忙しく過ごすうち、空が夕焼けに染まり始めた。


「いくらなんでも、きみを家に帰さないとな、アリッサ」


 患者さんの来訪がひと区切りついたところで、問診用の椅子に腰を下ろしたデニス先生が呟いた。


「甘えてしまって悪かったね。きみにだってご家族があるだろう? 本当なら家まで送っていって謝らないといけないな」


 家族。

 そう言われて、まず故郷にいる両親の顔が浮かんだ。

 それから、妹――リズラインの面影も。


「……いません」


「え?」


 息を吸い、言い直した。


「家族は、いません」


「そう、なの? ……でも、心配してる人はいるんじゃない? きみの帰りを待ってる人が」


「……それは」


「せ、先生! ちょっと来て!」


 廊下のほうから、子供たちの叫び声が聞こえた。

 数人の男の子たちが興奮した様子で診察室に転がりこんでくる。


「どうした、みんな!?」


「きっ、きし、きしきし!」


「き……なんだって?」


「騎士団! 外に騎士団の人がいる! デニス先生に会いたいって」


「騎士団? 一体どうしてそんなものがうちの診療所に」


 デニス先生が腰を浮かせた。


(騎士団って……まさか?)


 先に出て行ったデニス先生を追いかける。

 玄関で誰かが先生に話しかけている声が聞こえた。


「ご多忙のところ申し訳ありません、王立騎士団特別隊の者です。昨夜こちらに多数の負傷者が運び込まれたと聞きました。その中に我々の尋ね人がいないか確認させていただきたく……」


(ハンスさんの声!?)


 デニス先生の背中ごし、赤毛の若者がこちらを見る。やっぱりハンスさんだ。

 彼の隣に、長身の男性が立っているのが見えた。


 心臓が、どきんと大きく脈を打つ。


(シルヴィオさん……!)


 シルヴィオさんが、いた。

 軍服に身を包み、腰には剣を携えた姿で。


 わたしを認めた彼が、驚いたように目を見開いた。

 整った顔が、一瞬ゆがむ。

 怒りにも、悲しみの表情にも似たそれが、安堵ゆえだとわかったときには、


「アリッサ!!」


 駆け寄って来た彼の腕のなかで、わたしは抱きしめられていた。



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