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22.小さな翼

 目覚めたとき、部屋は静寂に包まれていた。


 目の前のベッドには、ルティとカティが身を寄せて寝息をたてている。ふたりの枕元にはポンポンも、お腹を上にして眠っていた。


 眠気が薄れ、だんだん頭がはっきりしてくる。


(診療所で眠っちゃったんだ、わたし……)


 昨夜。

 戦闘が終わっても訪れる怪我人は途切れず、夜中すぎまで診療は続いた。


 夢中でお手伝いをしながら、気づいたことがある。

 診療所に集まった人の多くが、あまり豊かではなさそうだということ。


 「先生、いつもすまないね」

 「薬代は今度ちゃんと払うから……」


 口々にそう言いながら、デニス先生を頼ってやって来る。

 デニス先生は嫌な顔ひとつせず、全員の手当をした。


 魔物と騎士団との戦闘は一時間あまりで終息をみていた。

 シルヴィオさんは無事なんだろうか。

 彼の安否が気になっても、わたしに確かめる術はなかった。


 押し寄せる怪我人、どこからか集まってくる子供たち、目のまわる慌ただしさ。

 その中で、窓の外が少しずつ白んできたところまでは記憶にあった。 


 部屋に並べられたベッドには、ルティたち姉妹の他にも何人かの子供たちが眠っている。


『この子たちには親がいないんだ。ここくらいしか逃げ場がないのさ』


 デニス先生の言葉を思い出す。

 

 病気や事故で親を失くし、大人に混じって仕事をしながら命を紡いでいる子。

 貧しさを補うため、遠い土地へ出稼ぎに行った家族を待っている子。

 誰にも守ってもらえない背景をもつ子供たちにとって、この診療所は普段から拠り所になっているらしい。


『ここで見放したら、この子たちは死んでしまうかもしれない。いちど関わっておいて、そんな無責任なことはできないよ』


 ――シルヴィオさんがわたしに言った言葉に似てる。

 たぶん、デニス先生も優しい人なんだ。


 怪我をした子供たちの中には、痛みを訴えてなかなか寝付けない子もいた。

 わたしは医療行為なんて何もできない。

 それでも傍で声をかけたり、手を握ったりするだけで安心するのか、子供たちは眠りに入っていく。


 そんな中、ルティとカティが眠るベッドに寄りかかって、いつのまにかわたしも寝てしまっていたらしい。


(デニス先生、どこかしら……)


 古い建物には、早朝特有の冷えた空気が満ちている。

 朝の冷気から守るように、わたしの背中には厚手の毛布が掛けられていた。


(先生が貸してくれたのかな)


 子供たちの眠りを邪魔しないように、そっと体を起こす。

 ポンポンが目を覚まして、寝ぼけまなこのまま肩に登ってきた。


 音を立てないように廊下に出る。

 どこからか、いい匂いがただよってきた。


 鼻をぴくぴく動かしていたポンポンが急に、わたしの肩を蹴って空中に飛び上がった。


「え!? ポンポ……!」


 思わず大きな声を出しそうになって自分の手で自分の口を押さえる。

 え、嘘でしょ!?


(ポンポンの背中に、翼が生えてる!!)


 小さな翼を羽ばたかせてポンポンは宙を飛び、器用に廊下の角を曲がる。


「待ってったら!」


 追いかけた先には狭い厨房があった。

 一直線に入って行こうとするポンポンを捕まえたところで、中から声をかけられた。


「あ。おはよう、アリッサ」


 湯気の漂う部屋に、白衣姿のまま鍋を火にかけているデニス先生の姿がある。

 彼の手もとでは、建物に負けず劣らず古びた鍋がぐつぐつと音をたてていた。

 美味しい匂いの正体は、これだったんだ。


「早いね。って言っても、あの姿勢じゃ熟睡はできないか」


「あの……毛布はデニス先生が?」


「うん。ごめんね、ベッドに運んであげられなくて。僕のベッドも患者さんに譲ってしまったもんだから」


「先生、もしかして寝てないんですか!?」


「まあ、昨夜は仕方ないよ」


 事もなげに言って鍋を火からおろす。


「なにを作ってるんですか?」


「薬草のリゾット。みんなに食べさせようと思ってね」


 長い指が玉子の殻を割る。

 うすい緑色の散ったリゾットの上に、黄色と白がふんわりと渦を巻いた。


 きゅー、くるる。


(……ん?)


 ポンポンの鳴き声かと思ったら、わたしのお腹が鳴る音だった。


「あはは、いい音だね、アリッサ。健康の証だよ」


「は、はあ……」


 恥ずかしさに縮こまる。

 考えてみたら、きのうは昼食も夕食も口にしていないんだった。もちろんデニス先生だって何も食べてないはず。


「よし、いい感じに仕上がったな」


 満足そうに呟いて、先生が木のスプーンでリゾットをひと匙すくう。

 そして熱をとばすように片手で仰いだあと、そのままスプーンをこちらに向けた。


「どうぞ」


「え?」


「食べてみて。見かけより結構いけるんだよ」


 笑顔のまま、意外な強引さでデニス先生はぐいぐいとスプーンを近づけてくる。

 条件反射で開けた口に、ほどよい温度になったリゾットが滑り込んできた。


 最初に感じるのは、とろとろになった玉子のまろやかな感触。

 あとからほんのり薬草の風味と、穀物の甘みが追いかけてくる。


「どう?」


「美味しい、です……」


「だろ? これなら子供たちや食欲の落ちてる患者さんも食べられると思ってさ」


(……やっぱり)


 突飛な行動に驚かされたけど、この人の頭の中は子供たちと患者さんのことでいっぱいだ。


 それはそれとして、デニス先生お手製の薬草と玉子のリゾットは本当に美味しかった。


 ユストさんのスープを食べたときと、同じことを思った。

 誰かが誰かを想ってつくった料理は、心まで温かくしてくれるんだって。





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