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17.思いがけない提案 

「仕事を?」


 シルヴィオさんは、まじまじとこちらを見た。


「意外だな。失礼を承知で言わせてもらうと、君は……なんというか、労働階級の女性には見えないんだが」


 彼の視線がわたしの顔から手元へと滑る。

 ふと垣間見えた鋭さに肝が冷えた。

 

(勘のいいひと……)


 わたしの前職「聖女の付き人」というのは、宮廷でのお仕事。

 激務だったことは間違いないにしても、市井の労働者とは事情が違う。そのことをシルヴィオさんは見抜いているのだ。

 

 出来そこないのわたしに、妹の付き人以外の仕事が務まるの?――そんな考えも頭をよぎる。


「失礼いたします。お口直しのお水をどうぞ」


 テーブルの横に立ったウエイトレスが、冷たい水の入ったグラスを置き、笑顔で一礼して離れていった。

 

 わたしと同じ年格好の女の子だった。きびきびと働く姿が、なんだか眩しい。

 彼女の後ろ姿を見て、自分を奮い立たせる。


「働きたいんです。できれば住み込みで働かせてもらえるところを探したいと思っています。いつまでもお屋敷にお世話になるわけにもいきませんし」


「そんなことは気にしなくていい。昨夜知り合ったのも何かの縁だ。無理に仕事を探す必要も……いや」


 強くなりかけた言葉を、シルヴィオさんは途中で飲み込んだ。


「これではメイヤー夫人に言われた通りだな。きみを屋敷に閉じ込めておくような男になってしまう。……わかった、仕事探しに協力しよう。俺が身元保証人になる」


「本当ですか!?」


「もちろんだ。ただし条件がある」


「条件?」


 シルヴィオさんは頷いた。

 カップをお皿の上に戻し、真正面からこちらを見る。

 

「俺の婚約者になってほしい」


「……こん、やくしゃ!?」


 思わず大きな声が出た。

 ポシェットの中のポンポンも、つられて「キュッ?」と小さく鳴き声をあげる。


 婚約者?

 シルヴィオさんてば、なにを言い出すの!?


「……いま、婚約者って、おっしゃいました?」


「そう、婚約者」


 にっこり笑うシルヴィオさん。


 婚約? 

 婚約って?

 どうしてそうなるの!? 


「……で、でも……あの、まだ、お、お会いしたばかりですし……シルヴィオさんには、ご身分もおありですし……!」


 思わずしどろもどろになる。

 シルヴィオさんは苦笑しながら首を横に振った。


「そんなに構えないでくれ、仮の婚約でいいんだ。期間は……そうだな、一年。一年間だけ、俺の婚約者でいてほしい」


「仮の? 一年?」


 またまた声が裏返る。

 仮の婚約って何!?


「ああ。俺の屋敷で暮らして、シルヴィオ・リーンフェルトの婚約者だと名乗ってくれるだけでいい。社交行事にはつきあわなくていいし、外で働いてもかまわない。一年後にはきみを自由の身にすると約束する」


「……それは、どういう意味と理由があるんでしょう?」

 

「たいした意味も理由もないさ」


 シルヴィオさんは、すこし気まずそうに片目を細めた。


「俺は今年二十四になる。周りが身を固めろとうるさくなってきたが、あいにくまだその気がないんだ。何度ことわっても独り身でいるかぎり縁談が持ち込まれる。相手のご令嬢にも失礼だし、時間の無駄だ。婚約者が決まればそういったこともなくなるだろう。一年でいい。協力してくれないか」


「ええと……それはいわゆる、偽装婚約、ということですか?」


「ああ、いわゆる偽装婚約だ」


 シルヴィオさんの言うことの大半は理解できる、ような気がする。一部に引っかかりが残るのは否めないけれど。


 文句なしの美青年。しかも貴族。

 お仕事だって申し分ない。ブルーノさんはシルヴィオさんのことを「プレスターナいちの魔法騎士」と称していたけれど、あれは執事の欲目じゃないと思う。


 地位、財力、実力、そして美貌。

 シルヴィオさんは、すべてを持っている。

 そのうえ優しいから、宮廷でも人気があるはず。縁談には事欠かないだろう。


 だけど当人がまだ結婚する気になれないのなら、それらは鬱陶しいものでしかない……かも、しれない。


(でも、どうしてそこまで縁談を遠ざけたいのかしら)


 シルヴィオさんなら、上級貴族の令嬢や美しい女性と知り合う機会はたくさんあるはず。

 その中に一人くらい、彼の心を動かす女性はいないの?

 どんな相手の心も射落とすことができるのに、かりそめの婚約を装ってまで縁談を遠ざけたい理由って、なに?

 一年という期間には意味があるの?


 ――尋ねることは、できなかった。

 シルヴィオさんも、わたしの過去を詮索しないから。

 こちらだけが彼に説明を求めるのはフェアじゃない。そんな権利、ない。


(そもそも、あくまで「偽装婚約」だものね。本当に結婚するわけじゃないのよね)

 

 少し冷静になってくると、「婚約!?」と慌てた自分が恥ずかしくなってきた。

 赤面しそうになる顔を伏せて、必死で現実的な面に考えを巡らす。


 偽装婚約。

 思いがけないこの提案には、わたしにとって都合のいいことがたくさんあるように思えた。


 なによりの利点は、身元が保証されること。

 まっとうに仕事を探すなら、後見人がいる方が断然いい。

 身よりも住所もない小娘を雇ってくれるところだって、あるにはあるわよね。それは知ってる。だけどそういう界隈は出来るだけ避けたいし。


 少なくとも一年はシルヴィオさんのお屋敷に置いてもらえる。住所不定でなくなるのは、とってもありがたい。

 とにかく早く仕事をみつけて、一年の間にお金を貯める。

 偽装婚約の期間が満了するまでに独り立ちできるように頑張ればいいってことじゃない?


 頑張れそうな気がする。うん。


「どう、アリッサ?」

 

 シルヴィオさんが尋ねる。

 覚悟をきめて、わたしは頷いた。


「わかりました。よろしくお願いいたします!」



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