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16.してみたいこと、欲しいもの

 出発前に、シルヴィオさんがお屋敷を案内してくれたけど。

 「軽く」案内する、と彼がわざわざ言った意味がわかった。

 「しっかり」案内してもらうとしたら、数時間はかかってしまいそうなくらい、リーンフェルト邸は広いのだ。


 居室だけでなく、ゲストルームや大小のサロン、それに立派な書庫。


 とりわけ印象的だったのは、花園だった。

 通り抜けるだけでかなりの時間を要するほど広く、噴水や薔薇のアーチ、花々を眺めながらお茶を楽しむためのテーブルセットなども設けられている。


「花園が気に入ったか?」


 うっとりしているわたしに気づいて、シルヴィオさんが尋ねる。


「はい。とっても素敵な花園……めずらしいお花もありますね」


「そうらしい。好きなときに入って寛いでくれ。見る者がないと花も可哀想だ」


 シルヴィオさんは嬉しそうだったけど、その言い方は少し不思議な気もした。


 見事な花園は、彼の意思で造り上げられたものではないのかもしれない。

 過去にこの家で暮らした人の中に、お花が好きな方がいたのかしら。

 

 菜園には料理人のユストさんの姿があった。活き活きとした瞳で食用野菜のチェックをしていた。

 どの場所も美しく整えられ、使用人たちは礼儀正しい。


「部屋の位置なんかは、暮らしてくうちに覚えていけばいい」


 シルヴィオさんは事もなげに言う。


(暮らしていくうちにって……いつまでわたしを置いてくれるつもりなんだろう)


 ぐるりとお屋敷を見てまわってから、シルヴィオさんとふたり、馬車に乗った。

 街の中心部という場所で馬車を降りたときには、雲は去り、すっきりとした青空が広がっていた。


「見て見て、虹だよ!」

「ほんとだ、すごーい!」


 子供たちが大声をあげながら走っていく。

 彼らの指さす方向には、七色の大きな虹が架かっていた。


「きれい……!」


 思わず声が出る。

 そんなわたしを見て、シルヴィオさんはすぐそばのカフェに誘った。


「この店にしよう。テラス席なら虹が見える」


「はい」


 わたしたちが入っていくと、お客さんが一斉に振り返る。


 無理もない。シルヴィオさん、私服姿もすごく素敵なんだもの。

 非番とはいえ、腰には魔法騎士だけが所持を許される長剣を身に着けているから、更に注目を集めてしまう。


 慣れた仕草でウェイトレスに注文を伝えるシルヴィオさん。

 評判の品だというハーブティーを頼んでくれた。

 すべての仕草に淀みがなくて、彼がとても大人に見える。


「疲れているだろうが、街を見ておいたほうがいいだろうと思ってね。俺はきみを屋敷に閉じ込めておくつもりはないから」


 運ばれてきたハーブティーをひと口飲んで、シルヴィオさんが言った。


(メイヤー夫人やエイダさんに言われたこと、やっぱり気にしてるのかも)


 大人だと思ったすぐあとに、少年みたいな部分が垣間見えた気がする。

 それがなんだか可笑しくて、くすっと笑いが漏れそうになった。


「疲れてなんかいません。ユストさんの朝食、とっても美味しくて元気がでました」


「そうか。あれは変人だが腕は確かだ。アリッサは王都は初めて?」


「はい。ブレストン、良い街ですね」


 馬車の窓から眺めた街には、大きな建物が並び、商店や劇場も見えた。

 人々の身なりといい、豊かだった故国ダルトアと同程度の文化が育っているみたい。


 市場の前の人出も多かった。

 天候不順が続いているとエイダさんは言っていたけれど、国家としては持ちこたえている方だろう。


 ……ただ、道行く人のなかに怪我人の姿がちらほら見えるのが気になる。


「先月、郊外で魔獣が出現したんだ。住人だけでなく多数の騎士や兵士も負傷した。治療中の者も多いはずだ」


 わたしの懸念に気づいたのか、シルヴィオさんが教えてくれた。


「魔獣が……」


 昨夜、わたしたちも森で魔獣に襲われた。

 王都からの距離を思えば、なかなか由々しき事態といえる。


「街にまで魔獣が現れることは滅多にない。何より俺が一緒だ」


「はい」


 安心させてくれるような言葉に感謝すると同時に、胸が痛んだ。


 ――プレスターナには、聖女がいない。

 リズラインの祈りの力も、この国までは及ばないのだ。


(もしもここに妹がいたら、癒しの祈りを授けてあげてって頼むのに……)


『嫌よ。わたしに命令しないで』


 つんと横を向くリズラインの顔が目に浮かぶ。


 そうね。

 わたしの頼みを聞き入れてくれるわけがない。


 第一、わたしは表向き死んだのだ。以前の自分を知る人たちには二度と会えない。

 すぐにリズラインのことを考えるのは、いい加減やめなくちゃ。


 ポシェットに入れて連れてきたポンポンは、顔だけ出して周りの匂いを嗅いでいる。

 お茶に添えられていた香草を鼻先にもっていくと、嬉しそうにパクッと咥えた。


「なんでも食べるんだな、そいつは」


 興味深そうにシルヴィオさんが言う。


「ええ、おかげでお世話がとっても楽なんです」


「長いこと一緒にいるのか?」


「わたしが子供のころからです。もう十年以上になります」


「十年以上? 不思議だな、ハリネズミはそんなに長生きしない」


「実はわたしにも、はっきりとはわからなくて……みんなには気味が悪いって言われてました」


「そうか。人間は二種類いるそうだ。未知なる存在を怖れる者と、知ろうとする者。きみの周りには前者が多かったんだろう」


「シルヴィオさんは、その……ポンポンのこと嫌じゃないですか?」


 わたしの問いに、シルヴィオさんは苦笑を浮かべた。


「おかしな生き物だとは思うかな。でも、愛嬌があるよ」


「愛嬌……?」


「ああ。目なんかきみによく似てる」


「似てる? わたしとポンポンがですか?」


 膝の上では、ポンポンが赤ちゃんみたいなあどけなさでこちらを見上げている。

 

「ほら、その顔」


 よほど面白かったのか、シルヴィオさんはくすくすと笑った。


(か……からかわれてるのかな、もしかして……)


 恥ずかしくなって下を向いたけど。

 嬉しい、と思ったのも事実だった。


 シルヴィオさんは、見慣れない生き物のポンポンを受け入れてくれてる。

 未知を怖れない彼だからこそ、わたしにも優しいんだ。


「さて、と。アリッサ、これからどこに行きたい?」


「え?」


「ここは王都だ。女性が好むものはひと通り揃っている。劇場もあるし、王立図書館や美術館もある。宮殿に行ってみるのもいいな。案内するよ。さあ、何がしたい?」


 すぐには言葉が出なかった。

 急に言われても、思いつかなかったから。

 

(こんなことを尋ねてくれる人、今までいなかった……)


 故郷にいた頃。

 わたしに希望を尋ねる人など誰もいなかった。

 妹はもちろん、両親、それに婚約者だったウィルヘルム殿下も。


 わたしはあくまで妹の――リズラインの付属物。

 妹に付き従い、補佐するだけの存在で、彼女の意思を補填するために生きていた。


 自我なんて必要なくて。

 むしろ邪魔だったから。


 いつからかわたしは、自分の意思というものに対して鈍感になってしまっていたみたいだ。


 わたしが欲しいもの。してみたいことって、なんだろう?


 シルヴィオさんの提案は、どれも魅力的だった。

 劇場で舞踏や演劇を観るのも素敵。

 本も大好きだし、美術館でプレスターナの芸術に触れることを想像したら、それだけでわくわくする。


 でも、いちばんの望みは何かと考えたら――。


「わたし、お仕事を探したいです」


 きっぱり言うと、テーブルの向こうでシルヴィオさんは驚いた顔をした。




 

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