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12.異国で迎える朝 

 エイダさんの案内で螺旋階段を登り、二階の一室に通される。

 広々とした部屋には、天蓋付きのベッドと清潔な夜着が用意されていた。


「お花のひとつもなくて申し訳ございません。なにせ旦那様はめったにお客様をお招きにならなくなってしまわれたので、ご用意がなくて」


 ちょっと気まずそうなエイダさん。


「とんでもありません。とっても素敵なお部屋です」


 本当に、故郷のダルトア王国でわたしが暮らしていた部屋より、ずっと広くて綺麗な部屋だ。

 ベッド以外にもソファと楕円のテーブルがあり、装飾も洗練されている。

 クッションには繊細な刺繍が施され、ドレッサーの鏡はぴかぴかに磨き上げられていた。すばらしい細工のライティングデスクもある。


「お気に召していただけてよかったですわ。明日からはちゃんとお花を飾りますわね! おやすみなさいませ、アリッサ様」


「おやすみなさい……」


 ひとりになった寝室でポンポンを抱いたまま、しばしぼうっとしてしまう。

 つい数時間前まで、こんな展開、想像もしなかった。

 

『君は少し、人に頼ることを覚えたほうがいいな』


 シルヴィオさんに言われた言葉を思い出す。


 いまだけ。一晩だけ。

 あの言葉に甘えよう。


 記憶喪失なんて言葉まで出して、彼はわたしをお屋敷に招き入れてくれた。

 しばらくここに置いてくれるつもりみたいだけど……そんな迷惑、かけられない。赤の他人なんだもの。

 ひと晩ねむったら、明日はこの家を出て行く。また一人で。


 ベッドに入ると、ポンポンが毛布の中に潜り込んできた。寝ぼけまなこが可愛い。


「ポンポン、あなたは明日からも一緒にいてね」


 小さな頭を撫でてあげる。

 リラックスしているときのポンポンの毛は、柔らかくて気持ちがいい。

 心なしか、今夜は毛並みも艶々してみえる。久しぶりにご飯をいっぱい食べさせてもらったせいかしら。


 蜜蝋の甘い香りに包まれて、いつしかわたしも眠りに落ちていった。





  ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦





 ――コン、コン。


 誰かが部屋の扉を叩く音がする。

 それから、穏やかに呼びかける声。


「おはようございます、アリッサ様。エイダでございます。入ってもよろしいですか?」


「ん……、はい」


 頬に触れる、くすぐったい感触。ポンポンが鼻先をわたしの顔に押し当ててるのだ。

 目を開けると、周囲は明るく、外で小鳥の鳴く声が聞こえた。

 起き上がろうと思うのに、体がとても重たい。


「失礼いたします」


 扉が開く音がして、部屋に入って来たエイダさんと目が合う。


「アリッサ様、そろそろご朝食になさいませんか?」


「……朝食?」


 ベッドサイドのテーブルに置かれた時計に目をやる。

 時計の針は、朝というにはあまりにも遅い時間を指していた。


「え? ……えええええっ!? すすすみません、寝坊しました!」


 慌てて跳ね起きる。

 びっくりしたポンポンが抗議するように鼻を鳴らし、エイダさんがくすくす笑った。


「よろしいじゃありませんの、昨夜は遅いご到着だったんですから。ゆっくり寝かせてさしあげるようにと旦那様からも申しつかっておりました」


「あの……シルヴィオさんは今どちらに?」


「旦那様はお出かけになられました。今日はお仕事はお休みなのですが、行くところがあるとおっしゃって」


「そう、ですか……」


 家の主であるシルヴィオさんが出掛けるまで眠り込んでしまうなんて、我ながら図々しいことこの上ない。


(あ、いたた)


 思考が目覚めてくると同時に、体のあちこちが痛いことに気づく。

 だけど、そんなこと言っていられない。

 本当なら、朝いちばんで出て行かなくちゃいけなかったのに!


「あの、本当に申し訳ありませんでした。すぐにおいとましますので」


「まあまあ、何をおっしゃるんですの? まずは朝食を召し上がってくださいませ。せっかく準備したワッフルが無駄になったらユストが泣いて怒ります」


「泣いて怒る?」


「はい。まさかそんなひどい仕打ちはなさいませんよね、アリッサ様?」


 エイダさんは、にっこりと微笑んだ。


(え、笑顔に圧が……!)


 ――かくして数分後。


 部屋に運びこまれたのは、またしても大きなワゴン。

 まっ白なクロスの上には、ユストさん作のあつあつのワッフルが香ばしい香りを放ちながら鎮座している。

 それに加えて数種類のジャム、クリームチーズ、野菜を使ったディップにヨーグルトに果物……。


(お……美味しそう!)


 美しい茶器のセットで、エイダさんがモーニングティーを注いでくれる。


「ポンポンちゃんは、これをどうぞ」


 ワゴンの隅に置かれた銀皿に、小さな林檎が載せられた。


「きゅ!」


 膝の上にいたポンポンが、さっそくワゴンに飛び移る。


「お庭で採れた林檎です。喜んでくれたみたいですわね」


「このお屋敷には林檎の木まであるんですか?」


「ええ。本当なら、もっと大きな実をつけるはずの木なんですが……今年も雨が少ないでしょう?」


 エイダさんの瞳に、ほんの少しだけ影がさした。


「え? え、ええ」


 異国から来たわたしは、プレスターナの気候には詳しくない。

 返答の遅れに気づかなかったのか、それとも記憶喪失のせいと思ってくれたのか、エイダさんは続けた。


「お庭の植物も元気がないんです。ここ数年お天気も不安定ですし、どこの領地も苦労しているそうですわ。魔獣の出現もありますし……アリッサ様も恐ろしい思いをされたでしょうね。お命が助かって、本当によかったです」


 天候不良に不作、それに魔獣の脅威。

 ダルトア王国の昔話を聞いているみたい。聖女リズライン出現以前の話を。


 この国の騎士であるシルヴィオさんは、聖女の加護なしに魔獣に立ち向かっている。厳しい気候や領地の経営に心を砕きながら。

 

(わたしに祈りの力があればいいのに。リズラインみたいに……)


 こぼれかけた吐息を隠すように、窓の方へと顔を向けた。

 硝子窓の向こうには、晴天の景色が広がっている。


 青くて綺麗な空。

 でも、この国には雨が必要なのだ。

 そして、それは今日も叶いそうにない。




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