11.お披露目式の記憶
食事を終える頃には、瞼が重たくなっていた。
(つ、疲れた……)
満腹感とともに、安心と眠気が急激に襲ってくる。
「もう夜も遅い。エイダ、アリッサを部屋に案内してやってくれ」
わたしの様子を察したように、シルヴィオさんが席を立った。
「じゃあな、アリッサ。ゆっくり休むといい」
「は、はい、おやすみなさい」
そっけないほどあっさりと言い、執事のブルーノさんを伴って、シルヴィオさんは食堂を出ていった。
シルヴィオさんの背中を見送りながら、少しだけ安心している自分がいた。
信じて手を取ったけれど、どこかでまだ怯えてもいたのだ――彼だって男性だから。
「寝室へご案内いたしますわね、アリッサ様」
「はい、ありがとうございます」
エイダさんに促されて立ち上がると、ポンポンがぴょんと跳ね、わたしの肩に飛び乗ってくる。
椅子の上に残った銀の小皿を見て、急に腑に落ちた。
(……シルヴィオさんがしてくれてることって、エイダさんがポンポンにパンをくれたのと同じなのね、きっと)
がっかりしたという意味じゃない。おかしな期待を抱いていたわけでもない。
怖い目に遭ったあとだからこそ、シルヴィオさんの瞳の奥の感情を探ってしまう自分がいる。
彼がわたしを、たんなる「可哀想な娘」として認識しているなら、かえって安心できる気がした。
彼は、わたしに「同情」してくれてる。
この優しさは、そういうことだ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
移動する途中の廊下には、何枚もの肖像画が飾られていた。
額縁の中の女性たちは、みな美しいドレスを纏い、男性は軍服を着ている人が多い。
大人の姿だけでなく、子供や赤ちゃんの絵も。
何代にも渡るリーンフェルト家の人々の歴史を描いた絵画のようだ。
(……?)
たくさんの肖像画が綺麗に並べられた壁。
でも、端のほうに行くにつれ、ところどころに不自然な間隔が空いている。
(この隙間、何だろう? 飾ってあった絵を外した跡かしら)
いちばん新しく見えた一枚には、シルヴィオさん自身が描かれていた。
通り過ぎながら、額縁の文字に目を走らせる。
『リーンフェルト侯爵家十八代当主 シルヴィオ』。
(やっぱり、シルヴィオさんは貴族なのね)
しかも侯爵家だなんて。このプレスターナ王国において、かなり由緒ある家柄のようだ。
「……あ」
「どうなさいました、アリッサ様?」
前を行くエイダさんが振り向く。
「な、なんでも、ありません」
あわててごまかしながらも、心臓はドキドキと早鐘を打っている。
家名を聞いたとき、記憶にある響きだと思ったけれど。
(思い出した……!)
シルヴィオ・リーンフェルト侯爵。
その名前は、隣国ダルトアにまで届いていた。
プレスターナが誇る最強の魔法騎士として、だ。
それだけじゃない。
ダルトア王国の女性たちの間で、ときに彼の名前は興奮を交えて語られていたものだ。
(――あれは確か、リズラインのお披露目式のとき……)
リズラインの聖女教育が修了し、正式に聖女として認定された四年前。
ダルトアの宮廷は、お披露目式の来賓として訪れたプレスターナの王太子の護衛としてやってきたシルヴィオさんの話題で持ちきりだった。
付き人のわたしは彼の姿を見ることはできなくて、みんなの話を聞いているだけだったけれど。
『リーンフェルト侯爵って、すごい美男子!』
『あんなに綺麗な殿方、今までお会いしたことがないわ……』
『お若いのに、騎士団の中でも特別の地位に就かれたんですってね。彼と結婚できるならプレスターナに行ってもいい!』
たしかに彼より綺麗な男性なんて、そうそうお目にかかれない。
最強の魔法騎士、しかもあの美貌の持ち主となれば、隣国にまで評判が及ぶのも頷ける。噂話というものは意外と簡単に国境を越えるのだ。
そこまで考えて、ひやりと背中が冷えた。
(もしかしたら、わたしのことも……?)
一度はダルトアの王子と婚約を交わした聖女の姉が、妹を殺害しようとして修道院送りになった騒動は、隣国にも届いているだろうか。
おそらくダルトアは、国家の醜聞として隠蔽しているはず。でも醜聞ほど、どこかから必ず漏れる。
だとしても。
(……きっと、彼は気づいてない。わたしの正体に)
シルヴィオさんの表情を思い出してみる。彼の振舞い、その言葉のひとつひとつを。
(やっぱり噂は、この国までは届いていないんだわ)
そうとしか思えなかった。
シルヴィオさんがわたしの正体に気づいていたら、こんなに優しくしてくれるはずがない。
今のわたしは逃亡中の異国の罪人。しかも聖女を殺そうとした女、なんだから。
――ちくり、と胸が痛んだ。
この痛みは、良心の呵責?
わたしは嘘をついている。過去を隠してる。
(でも……生きたいの)
冤罪を受け入れて死ぬなんて、絶対に嫌だ。
自分の人生を生きてみたい。今ならそれができるかも。この国で、新しい名前で。
この機会は、シルヴィオさんがくれた奇跡だ。
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