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紅蓮荘奇譚 弐  作者: 天城なぎさ
第弐拾捌話 父と子
81/95

第弐拾捌話 伍

 真鯛のカルパッチョの後、メインは県産和牛のステーキ。

 食欲は無くなってて、ステーキを食べる気力もない。

 だけど、これだけは聞いておかなければ、僕はこれからの人生を、ずっと後悔したままだろう。


「死因は、死因は、何だったんですか?」

「乳ガンだったらしい。数年前に発症して、一度は完治したと思ったんだけど、再発していて。それで」

「そうですか」


 もう帰りたいと願っても、多分無理なんだ。

 これ以上、ここにいたって、時間が戻る訳でも、何かが変わる訳でもない。


「明日、東京に行く前に、夏穂の実家に行こうと思う。お墓にも行かなきゃだし。(つかさ)も来るかい?」

「行きたいです。晩年の、お母さんの姿は知らないけど、それでも、僕はお母さんの息子なので」

「分かった。竹中に伝えておくよ」

「はい」


 父と目線を合わせたくない一心で、ステーキにナイフを入れる。

 ミディアムレアに焼かれた、和牛のステーキ。フルーティーなソースが掛けられ、付け合わせの野菜は、色とりどり。


「入学金と、入学時に掛かる諸経費は、全てこちらで用意するよ。その後にも掛かる費用も全て」

「無力な自分が、嫌になります。これからも、貴方のお金を使わなければいけない。それなら、使い果たしてしまいたい」

「夏穂と(つかさ)への、贖罪(しょくざい)になってしまうかもだけど、開店資金は出したいと思う。僕のせいで、壊れた夢と家庭を、(つかさ)に託したいんだ。キミなら、良い方向に創り替えてくれる」

「はい」


 お母さんがなし得なかった、夢と円満な家庭。それを僕が、両親の意志を継ぐ。


 だけど、僕には誰にも言っていない、僕だけの秘密が……。

 父には話さなければ、期待が大きくなっていくだろう。


「あの。言っておかなければ、いけない事があります」

「何だい?」

「僕は、僕は、僕は」

「うん」

「僕は、誰に対しても、恋愛感情を抱けません。異性も、同性も」

「そう。誰も……」

「なので、僕には家庭を築けません」

「そっか。そういう人たちは、世界中に一定数いる。(つかさ)が、その中の一人だとしても、何も不思議じゃないよ」


 言えた。


(つかさ)の人生、(つかさ)が生きたいように、生きて欲しい。父親らしい事、何もしてやれないけれど、(つかさ)の決めた人生を、貫いて欲しい」


 咎められると思っていたけれど、何も言われず。

 多様性の時代で、良かった。


「僕と夏穂の間に、生まれてきてくれて、ありがとう。(つかさ)

「こちらこそ。貴方がお母さんと結婚してくれなかったら、僕はここにはいませんでした」

「グラス、もう一つ頼もうか。夏穂と三人で乾杯しよう」

「そうですね。物心ついて、初めての家族三人ですし」


 近くにいたウェイターさんを呼び、ワイングラスを一つ頼んだ父。


「お待たせ致しました」


 すぐ持ってきてくれたワイングラスに、父がワインを注いだら、お互いグラスを手にし、テーブルに置かれたグラスに向かって。


「初めての家族三人。夏穂に」

「お母さんに」


乾杯。

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