第弐拾捌話 伍
真鯛のカルパッチョの後、メインは県産和牛のステーキ。
食欲は無くなってて、ステーキを食べる気力もない。
だけど、これだけは聞いておかなければ、僕はこれからの人生を、ずっと後悔したままだろう。
「死因は、死因は、何だったんですか?」
「乳ガンだったらしい。数年前に発症して、一度は完治したと思ったんだけど、再発していて。それで」
「そうですか」
もう帰りたいと願っても、多分無理なんだ。
これ以上、ここにいたって、時間が戻る訳でも、何かが変わる訳でもない。
「明日、東京に行く前に、夏穂の実家に行こうと思う。お墓にも行かなきゃだし。僚も来るかい?」
「行きたいです。晩年の、お母さんの姿は知らないけど、それでも、僕はお母さんの息子なので」
「分かった。竹中に伝えておくよ」
「はい」
父と目線を合わせたくない一心で、ステーキにナイフを入れる。
ミディアムレアに焼かれた、和牛のステーキ。フルーティーなソースが掛けられ、付け合わせの野菜は、色とりどり。
「入学金と、入学時に掛かる諸経費は、全てこちらで用意するよ。その後にも掛かる費用も全て」
「無力な自分が、嫌になります。これからも、貴方のお金を使わなければいけない。それなら、使い果たしてしまいたい」
「夏穂と僚への、贖罪になってしまうかもだけど、開店資金は出したいと思う。僕のせいで、壊れた夢と家庭を、僚に託したいんだ。キミなら、良い方向に創り替えてくれる」
「はい」
お母さんがなし得なかった、夢と円満な家庭。それを僕が、両親の意志を継ぐ。
だけど、僕には誰にも言っていない、僕だけの秘密が……。
父には話さなければ、期待が大きくなっていくだろう。
「あの。言っておかなければ、いけない事があります」
「何だい?」
「僕は、僕は、僕は」
「うん」
「僕は、誰に対しても、恋愛感情を抱けません。異性も、同性も」
「そう。誰も……」
「なので、僕には家庭を築けません」
「そっか。そういう人たちは、世界中に一定数いる。僚が、その中の一人だとしても、何も不思議じゃないよ」
言えた。
「僚の人生、僚が生きたいように、生きて欲しい。父親らしい事、何もしてやれないけれど、僚の決めた人生を、貫いて欲しい」
咎められると思っていたけれど、何も言われず。
多様性の時代で、良かった。
「僕と夏穂の間に、生まれてきてくれて、ありがとう。僚」
「こちらこそ。貴方がお母さんと結婚してくれなかったら、僕はここにはいませんでした」
「グラス、もう一つ頼もうか。夏穂と三人で乾杯しよう」
「そうですね。物心ついて、初めての家族三人ですし」
近くにいたウェイターさんを呼び、ワイングラスを一つ頼んだ父。
「お待たせ致しました」
すぐ持ってきてくれたワイングラスに、父がワインを注いだら、お互いグラスを手にし、テーブルに置かれたグラスに向かって。
「初めての家族三人。夏穂に」
「お母さんに」
乾杯。




