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紅蓮荘奇譚 弐  作者: 天城なぎさ
第弐拾捌話 父と子
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第弐拾捌話 肆

 フルコースの一品目。前菜は、季節野菜のテリーヌ。

 このレストランは、季節に応じて、テリーヌの内容が変わる。

 ソースも季節によって変わるから、何度食べても飽きることがない。


 すぐに食べ終えてしまうと、次に運ばれて来たのは、コンソメスープ。自分で作るコンソメスープとは違う、一流の味。

 落ち着く、懐かしい感じの、そんな味だった。


「で、どうなの?」

「進学したいです。調理師の専門学校に」

「料理人かぁ。キミの母と、同じ道だね」

「お母さんが叶えられなかった夢を、僕が叶えたいです」

「意志は受け継がれたんだね」


 何でそんな返事が出来るのか、僕には理解出来ない。

 家にいなかったから、知らないだろうけど、僕はお母さんを、ずっと……。


「誰のせいで、いなくなったと、思って、いるんですか?」

「それに関しては、本当にすまないと、思っているよ」

「お母さんは、あの家で、あの家の一階部分で、弁当屋をしようとしていたんです! もう少しでお店がオープン出来る時に、貴方は!」


 貴方は、何も分かっていない。


「あの時の僕は、人気もあって。至る所から仕事を貰えて、家に帰ることが難しくなっててね」

「そんな言い訳、僕は聞きたくない」

「言い訳になってしまうのは、僕だって分かってる。ただ、ずっと、二人に会いたかった。だけど、海外に行くことになってね」

「海外に行くことになったから、二人には会えないと? 貴方は人気デザイナーで、お母さんは小さな弁当屋。格差がありすぎると?」

「違う。そうじゃない」


 何が、違うんだ。違うなら、証明して欲しい。お母さんが納得出来る、そんな証明を。


「ずっと家を空けてしまった。夏穂(なつほ)。あー。キミの母であり、僕の元妻の夏穂が、身体的にも精神的にも、壊れかけていたことは、僕も知っていたよ」

「それなら、どうして!?」

「一刻も早く帰りたかった。そうしないと、夏穂がいなくなってしまうと思ったから」

「でも、貴方は間に合わなかった。貴方が帰って来た時には、お母さんは蒸発していたんですから」


 涙が視界をボヤけさせてて、今の父がどんな表情でいるのか、僕には分からない。


「あの日、テーブルに置かれたままの、離婚届を見た時、僕が犯した罪の大きさを感じたよ。夏穂にも、(つかさ)にもね。だから、その……」

「何ですか?」


 口ごもる父の姿が、ボヤける視界からでも分かってくる。

 口達者な父でも口ごもるのかと、僕は知らない一面を目の当たりにした。


「その……。君たちを、愛しているよ。今でも。本当だ。信じてもらえなくても構わない。でも、僕の気持ちは、真実なんだ」

「それなら、一緒に来た女性は、誰なんですか?」

「そうだね。話すよ。まだバーにいると思うけど、一緒に来た女性は、ヴィクトリア・トゥーダー。女優兼デザイナーでね。和服に興味があるらしくて、一緒に来たいと、半ば強引に、ついて来たんだ」


 涙を拭いて、見据える父の顔は、涙目で顔が赤い。

 手も少し震えている。


「夏穂の現在。それを伝えるよ」

「何処で暮らしているんですか?」

「先月。イギリスに手紙が届いた。お義姉さんから、毎月送られてくるんだけど、その手紙を、最後にしたいと書かれていたよ」

「それで?」

「夏穂が、亡くなったらしい。五月の末日に。(つかさ)には、伝えないで欲しいと、亡くなる前に夏穂が言っていたそうだよ」


 お母さんが亡くなった。父には伝えられていて、僕には伝えられていない、大事な話。


 聞かなきゃ。それなのに、分かっているはずなのに、言葉が出てこない。

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