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紅蓮荘奇譚 弐  作者: 天城なぎさ
第弐拾捌話 父と子
79/95

第弐拾捌話 参

「グッドイブニング、(つかさ)!」

「こんばんは。もう既に、ほろ酔いですか?」

「まだ大丈夫。理性は保ててるよ」


 油断してた。エレベーターを降りてすぐに、不意打ちされるとは。


「先生。ここでの立ち話はなんですし、レストランに向かわれては?」

「そうだね。他の人もいるし、お邪魔になるわけには、いかないよね」


 レストランはエレベーターホールから少し離れた場所に位置していて、落ち着いたオレンジ照明に照らされた、薄暗い廊下を渡って行く。


「前に会った時より、背伸びたね」

「まぁ。成長期ですし、当然だと思いますけど」

「そうだよね。良いねぇ。成長期」

「何が言いたいんですか?」

「いやいや。親として、子どもの成長が嬉しいよ」


 何が《親として》だ。自分の行ってきたこと全て、省みて欲しい。

 レストランに着くまで、僕は黙っていることにしよう。


「お待ちしておりました。花里様」

篠塚(しのづか)さん。ご無沙汰しています。今回も、お世話になります」

「お元気そうで。雑誌やテレビで、ご活躍を拝見させて頂いています」

「いえいえ、活躍などしていませんよ」


 数十メートルは、短すぎる。あっという間に着いてしまった。

 しかも入り口には、ベテランウェイターの篠塚さん。紳士(ジェントルマン)とは、この人のことを言うんだと、僕は思っていたりもする。


(つかさ)君も、こんばんは」

「こんばんは、篠塚さん。お世話になります」

「大きくなられましたね。今は、高校生くらいですか」

「はい。高二になりました」


 他愛のない会話をそこそこに、僕たちは、景色の良く見える、窓際のテーブルへと案内された。

 篠塚さんが離れると、ソムリエさんが、すぐに僕たちの元へ。


「お飲み物は、如何いたしましょうか」

食前酒(アペリティフ)の代わりに、梅ソーダを。その後は、ピノ・ノワールでお願いします。息子は……」

「僕も梅ソーダでお願いします。その後は、ミネラルウォーターで」

「かしこまりました」


 ソムリエさんが離れ、僕たち二人だけになってしまった。何か話したいこともないし、中々に気まずい。


「学校は楽しい?」

「充実した学生生活を、送っています」

「それは良かった。一人暮らしは、もう慣れた?」

「慣れすぎて、誰かと暮らすとかは、もう無理です」

「そっかそっか」


 僕の返事の前に、ウェイターさんが食前酒(アペリティフ)代わりの梅ソーダと、日本で言うお通しを、持ってきてくれた。

 会話は、一時中断。これから、フルコースが運ばれてくるから、その都度中断されるのは、ありがたい。


「カードは、自由に使ってくれて構わないよ。今まで通りにね」

「分かっています。ご心配なく」

「寂しくない?」

「全く。そんなこと感じませんけど」

「もしかして、反抗期?」

「この年になれば、そのくらいでしょう」

「そうだよね。もう高校生だしね。進路とかどうするの?」


 避けては通れない話が、こんなにも早く来てしまった。家にいない父に、話す必要があるのか、それだけは疑問が残る。

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