第弐拾捌話 参
「グッドイブニング、僚!」
「こんばんは。もう既に、ほろ酔いですか?」
「まだ大丈夫。理性は保ててるよ」
油断してた。エレベーターを降りてすぐに、不意打ちされるとは。
「先生。ここでの立ち話はなんですし、レストランに向かわれては?」
「そうだね。他の人もいるし、お邪魔になるわけには、いかないよね」
レストランはエレベーターホールから少し離れた場所に位置していて、落ち着いたオレンジ照明に照らされた、薄暗い廊下を渡って行く。
「前に会った時より、背伸びたね」
「まぁ。成長期ですし、当然だと思いますけど」
「そうだよね。良いねぇ。成長期」
「何が言いたいんですか?」
「いやいや。親として、子どもの成長が嬉しいよ」
何が《親として》だ。自分の行ってきたこと全て、省みて欲しい。
レストランに着くまで、僕は黙っていることにしよう。
「お待ちしておりました。花里様」
「篠塚さん。ご無沙汰しています。今回も、お世話になります」
「お元気そうで。雑誌やテレビで、ご活躍を拝見させて頂いています」
「いえいえ、活躍などしていませんよ」
数十メートルは、短すぎる。あっという間に着いてしまった。
しかも入り口には、ベテランウェイターの篠塚さん。紳士とは、この人のことを言うんだと、僕は思っていたりもする。
「僚君も、こんばんは」
「こんばんは、篠塚さん。お世話になります」
「大きくなられましたね。今は、高校生くらいですか」
「はい。高二になりました」
他愛のない会話をそこそこに、僕たちは、景色の良く見える、窓際のテーブルへと案内された。
篠塚さんが離れると、ソムリエさんが、すぐに僕たちの元へ。
「お飲み物は、如何いたしましょうか」
「食前酒の代わりに、梅ソーダを。その後は、ピノ・ノワールでお願いします。息子は……」
「僕も梅ソーダでお願いします。その後は、ミネラルウォーターで」
「かしこまりました」
ソムリエさんが離れ、僕たち二人だけになってしまった。何か話したいこともないし、中々に気まずい。
「学校は楽しい?」
「充実した学生生活を、送っています」
「それは良かった。一人暮らしは、もう慣れた?」
「慣れすぎて、誰かと暮らすとかは、もう無理です」
「そっかそっか」
僕の返事の前に、ウェイターさんが食前酒代わりの梅ソーダと、日本で言うお通しを、持ってきてくれた。
会話は、一時中断。これから、フルコースが運ばれてくるから、その都度中断されるのは、ありがたい。
「カードは、自由に使ってくれて構わないよ。今まで通りにね」
「分かっています。ご心配なく」
「寂しくない?」
「全く。そんなこと感じませんけど」
「もしかして、反抗期?」
「この年になれば、そのくらいでしょう」
「そうだよね。もう高校生だしね。進路とかどうするの?」
避けては通れない話が、こんなにも早く来てしまった。家にいない父に、話す必要があるのか、それだけは疑問が残る。




