第弐拾漆話 陸
乗り換えて三駅。ようやく到着した、片浜の地。
山から吹く風が気持ちよく、波の音が涼しさを運んでくれている。
「ミサカ、元気かな?」
『そうですね。お一人ですし……。今日はやけに、人間が多いですね』
そう。電車を降りたのは、僕たちだけじゃない。
海に行く人たち、登山やらキャンプをするであろう人たちで、電車内は混んでいた。
大半の人たちが、片浜の駅で降りたので、辺りは賑やか。
僕たちは駅を出ると、人気のない、山の奥へと進んで行く。
静かで、風と波の音しか聞こえない。
『僚様! 斑牙様も!』
ミサカの祠まであと少しの所で、ミサカは桑の実を採って食べていた。
「やあ。元気かい?」
『ごきげんよう。ミサカ殿。こちら、ミサカ殿に。バラの花です』
『ありがとうございます。早速、祠に』
「桑の実食べてたの? まだ赤いでしょ?」
『酸っぱいのが、好きなので。お二人もどうですか?』
『もちろん、頂きます。桑の実、何年ぶりでしょう』
「僕は、紫になったやつが良いな。甘くて美味しいよ」
桑の木は、この辺りに自生していて、桑の実なんて、ほぼ食べ放題。
幾つか採って、食べてみる。
『この頃、海や山に、人間が多く訪れるのです。毎年、海には大勢来るのですが、近頃は山にも大勢訪れています』
「今ね、人間の間では、自然の中で一時的に生活する、キャンプが流行っているんだ。ここなら静かで海もあるし、人気スポットだと思うよ」
『そうでしたか。賑やかは大好きです』
ひとりぼっちのミサカ。小さな山神は、いつも孤独で、寂しい思いをしているのだろう。
「約束してた虹、また見れなかったよ」
『私もです。何か条件があるのでしょうか』
「妖の世界でしか、みれないとか?」
『フフフ。それでは、僚様は見れませんね』
「それだったら、妖は良いなぁ」
祠に到着すると、緑色の綺麗な瓶が一本置かれていて、そこにはヒメジョオンの花が、一輪挿しとなっていた。
生き生きとした様子を見ると、つい最近、飾ったのだろう。
『この時期ですと、ヒメジョオンですか。お綺麗ですね』
『ありがとうございます。お二人から頂いたこのバラも、とても綺麗です』
「僕と斑牙で、交代で管理してるんだよ。気に入ってもらえて、良かった」
ヒメジョオンと同じ瓶に、僕たちからの白いバラも飾られた。瓶の口の大きさから考えると、少し窮屈そう。
「他の瓶はある? これだと、花たちが窮屈そうだね」
『数日前の大雨で、割れてしまいました。今は、探している最中です』
「そっか。僕たちも探すよ。電車まで時間はたくさんあるし、ミサカと過ごせて楽しい」
『海辺には、多くの瓶が流れ着くと、聞きます。私たちもいます。新たな瓶を探しましょう』




