第弐拾漆話 参
「お、いたいた」
不意に声が聞こえて、思わず辺りを見渡す。すると、階段から、響希が降りてきた。
「おは」
まだ眠たそうな様子なのは、いつものこと。朝早くに訪ねて来るのは、何か用があるのだろう。
「おはよう、響希。何か用?」
「母から、おすそわけ。キュウリの一本漬けだけど」
「ありがとう! 響希のお母さん、上手に漬けるよね」
「夏はキュウリのオンパレードだから、まだまだ持ってくる」
「やった! いつも貰ってばかりで、申し訳ない」
家が近いおかげで、響希の家から色々とおすそわけを貰っている。
月島家が無かったら、僕は今頃、飢え死にしていると言っても、過言ではない。
『僚殿の、おやつ代わりになりますね』
「夏のおやつは、キュウリの一本漬けでしょ?」
洗い物を終えた斑牙が、僕たちの所にやって来た。剪定バサミを持って、麦わら帽子を被っている。
「僚が食べ過ぎないように、斑牙、見張っててくれないか?」
『そうですね。お腹をこわしてしまいますし』
「大丈夫だよ!?」
夏のおやつは、アイスよりもキュウリの一本漬け!
最後の晩餐にも、これだけは絶対に食べたい。
「何か作業するところだったか?」
「バラを、数本摘もうと思ってね。これから、ミサカの所に行こうと思っているんだ」
「そうだったのか。じゃあ、俺はこれで」
「ありがとね。お礼、今度するから」
響希を見送って、貰ったキュウリの一本漬けを、冷蔵庫にしまう。また降りて、一階の裏口から出るとすぐ。斑牙と一緒に造った、広めの花壇がある。
「今、何時だっけ?」
『そろそろ、九時になる頃ですよ』
「じゃあ、早く摘んで、九時半の電車で行こう」
『電車とやらには、乗ってみたいのです。人間の造り出した、文明の利器。面白そうです』
「いつもミサカの所に行く時は、斑牙を呼んでないからね。でも、休日の電車は混み合うよ。妖が見えない人たちが大勢いて、斑牙が潰されちゃう」
『どどど、どうしましょう!』
斑牙は、昔から人間に興味があるらしい。妖犬になる前には、人間に恋をしていたとか、そんなことを聞いた。
『人間に、生まれたかった。僚殿と暮らして、そう思うのです』
「人間は大変なだけだよ。時間に縛られて、やらなきゃいけない事も、沢山あるし」
『そうなのですか? 私が思うに、人間も楽しそうなのです』
「そうかな? 僕は妖の方が良かったよ。自由だし、時間がゆっくりだし」
しばらく斑牙は、黙ってしまった。どうしたのかと斑牙を見やると、斑牙はこちらを向いて一言。
『お互い、生まれた種族を、間違えましたね』
この一言に返す言葉は、存在するのだろうか。
僕は人間で、斑牙は野犬からの妖。
でも、斑牙の言葉を、理解出来る。
「そうかもね」
ただ、一言。




