第拾捌話 結
「ごめんね。お待たせ」
僚君が戻ってきたのは、すぐのこと。
こんなに早く済む用事があったんだろうけど、少し落ち込んでいるようにも見える。
「僚君。用事は済んだ?」
「済んだよ。すぐに済む用だったからね」
「何かあったの? 出ていく前より落ち込んでる」
「ちょっとね。大したことじゃないんだ」
「そっか。私はもう終わったよ。手伝うね」
「ありがとう。りんちゃん」
棚に視線を向けた僚君の横顔は、少し暗さを帯びていた。
これ以上、なんて声を掛けて良いのか分からず、掃除を続ける僚君を、見守るしかない。
「りんちゃん、斑牙と話す? その方が良いでしょ」
「僚君だけで大丈夫?」
「僕を誰だと思ってるの? 小学校を卒業してから、かれこれ数年。ほぼ一人暮らしの僕だよ?」
「えっ、あ、そんなに前からだったんだね」
「そうそう。僕のことは良いから、話してきなよ」
***
そんなこんなで。私用の部屋に向かい、僚君が呼び出してくれた、僚君の式神、斑牙とお話し。
『こうして二人で話すのは、初めてですね。華鈴殿』
「そうだね。初めてだね」
『わたくしに、何のご用でしょう?』
急に切り出されると、身構えてしまう。落ち着け、私。
「人間に恋をしたことある?」
一息だったけれど、何とか言えた。斑牙が人間の姿だったら、完全に恋バナだ。
『ありますよ。妖犬になってすぐのことです』
「でも人間と妖の恋は、成就しないでしょ?」
『成就せずとも、恋慕う気持ちに、嘘偽りはありません。華鈴殿もそうではありませんか?』
「そうだね」
『叶わぬと知ってからは、恋慕いながらも、相手の幸せを願いました。諦めなければならぬことでしたし。わたくしは、それだけで充分でした』
斑牙の目には涙が溢れ、みるみるうちに、人間の姿に変わっていく。
朱色の着物を着た、長い斑毛の美しい女性。
『わたくしは、この姿で人間に近づきました。騙そうと思ったのです。騙せば、妖として生きていく意味が、見つかると思っていました。しかし、一人の男は違った』
「違った? 何があったの?」
『男は、わたくしを愛してくれたのです。共に生きていきたいと、言ってくれました』
昔を思い出し、懐かしむ斑牙。
こんなことを聞いて良かったのかは、未だに分からないけれど、聞けて良かったと思える。
「この前来た妖のことなんだけど。あの妖も恋してるのかな」
『恋をしているかは、本人にしか分かりません。恋ではなく、友として抱く感情もありますしね』
「友として抱く感情……。その感情は、私も考えた。だけど、何かあるんじゃないかって、考えてしまって」
『人間の悪いところですよ。恋仲にせずとも、当人たちの関係性が保たれれば良いのです。他人である我々が、でしゃばる事ではないのです』
私が深く考えてしまっていたのだろう。
全てを恋心だと思い込んで、友情を見逃していた。妖のことは、人間である私には、分からないことだらけ。
でしゃばる事ではないのだ。