第弐拾陸話 結
海の綺麗な場所に、キョウカ様は居るらしい。
良いなぁ。海、俺も行きたい。
『響希が受け取れ。キョウカ殿の一件は、響希が受けた依頼だったんだろ?』
「少しだけ、受け取るよ。後は小さき友人たちに、渡してほしい」
『分かった。欲しい貝殻を選べ。残りは、小さき者たちに渡す』
巻き貝、二枚貝に、これは何だ? 白くて、木の枝の先端みたいなヤツ?
「キノカサ。これ、何か分かるか?」
『珊瑚だな。待て。キョウカ殿、まさか琉球の地に!?』
「琉球って、沖縄だろ!? えっ、こんな短期間に、沖縄!?」
『凄まじいな。キョウカ殿』
確かに、沖縄の海は美しく綺麗らしい。美穂さんの受け売りでしか、情報が無い事が、なんだか悔やまれる。
「キノカサは、行ったことあるか?」
『琉球には、王朝が栄えていた頃にな』
「どうだった?」
『賑やかな印象だ。大陸からの生地、食物までもが、人々を活気づけていた』
「異国情緒ある場所か」
『妖も人々に混じって、どんちゃん騒ぎだ。キジムナーと呼ばれる妖がいるんだ。守り神として、人々から崇められている』
修学旅行前に、教えてくれない情報が聞けるのは、ありがたい。
妖と交流があるからこそ聞ける話は、貴重だ。
「俺たち、冬に沖縄に行くんだ」
『ほほぅ。何だ? 旅にでも行くのか?』
「そうだな。学校の旅行さ」
『キョウカ殿に、会えるかもしれんな』
「あ、そうか。沖縄に滞在しているなら、キョウカ様に会えるのか!」
大事な事じゃん! 沖縄に滞在したままなら、キョウカ様に会える!
「僚と華鈴には、内緒にしようか」
『キョウカ殿が、琉球にいるとは限らない。奄美以北の可能性もある。ただ立ち寄っただけとかな』
「どちらにせよ、内緒にしてた方が、落ち込ませないか」
***
霞ヶ森を抜け、国道を歩いていると、何処からかコーヒーの香りが漂ってきた。
帰ってコーヒーブレイクでもしよう。
「あれ? 響希じゃん。今日は早いね」
「ん? 日向か。お前こそ早くね?」
背後から声を掛けられ、振り返ると、弟の日向も下校中。こんなこと滅多にないから、話ながら帰る。
「受験生舐めないで。土曜日に何があるか、知ってるでしょ?」
「あー、あれか。学力テスト!」
「そう。面倒だけど、受けないといけないヤツ」
「英語のさ、Ms.キャシー元気?」
「葛西先生なら、先月から産休に入ったよ」
「えっ!? 結婚したん!?」
「去年の夏休み前にね。大学生の頃から付き合ってたらしいよ」
中学時代の先生の結婚とおめでたを、まさか弟から聞くことになるとは、思わなかった。
「ショックだわ……」
「響希にだって、彼女いるんでしょ。落ち込む必要ないじゃん」
「Ms.キャシーだぞ。美人で若くて、俺の初恋だと言うのに!」
「年上好きなの?」
「否定も肯定もしない。ただ。俺の初恋を、見ず知らずの、何処の馬の骨とも分からない、男に取られたのかと思うと」
「はいはい。分かったから」
うるさい兄貴は仕事でいないし、帰ったら優雅にコーヒーブレイクタイムが待っている。
「コーヒーブレイクするけど、日向はどうする?」
「飲みたい。新しい豆買ってたよね」
「少し拝借するか」
「サイフォンで淹れたやつ、飲みたいな。いつもドリップばかりで、飽きた」
「変わらないだろ。同じ豆なんだから、味なんて」
「そうかもだけど、気持ちは変わるでしょ」
「それは確かに」
まだ太陽が高い、夏の日。この後の予定なんて何もない日には、コーヒーで一息つく。




