第弐拾陸話 伍
今の俺たちは、人生の岐路に立たされている。あと一年なんて、そんな悠長なこと、言っていられないんだ。
「吾妻さんは、短大。桃麻は、専門学校。それなのに私は……」
「落ち込まないで、りんちゃん。小さい頃の夢は、何だった?」
「小さい頃は、パン屋さんに憧れてた」
「可愛いな。華鈴」
「中学生の時に、色々調べてみたけど、かなりお金が掛かるし、資格もいくつか取らなきゃで、諦めたの」
「りんちゃんは、高卒にするの? それとも進学して、大学とか短大とか、もしくは専門学校?」
「高卒にしたい。この辺りで就職になるのかな」
この辺りの求人が、どれ程なのかは、俺は知らない。
高卒向けの求人を、どれだけの企業が出しているんだろう。
「そういえば。姉貴と兄貴が貰って来てた、求人票の中に、イナリ書店の求人あったな」
「それって、正社員?」
「そうだったはず。いや、そうだな。正社員のモノしか貰ってなかった」
「書店員かぁ。書店の空気? あれ、好きなの。そっか。書店員ね」
お、これは道が拓けたか? 華鈴の悩みが軽くなったなら、それで良い。
「来年の求人に、イナリ書店があると良いね」
「うん。なんか、スッキリした。ありがとう。二人とも」
「いえいえ~。お役にたてて、光栄です」
「もしだったら、去年の求人票、持ってくる。まだあるはずだから」
「ありがとう。響希君」
紅蓮荘の玄関の方が、騒がしくなってきた。シキが帰って来たんだろう。
『シキ殿。この荷物は、何処へ?』
『その荷物は、台所にお願いします。床下に、そのまま入れて下さい』
『まったく。何で俺様まで、買い出しなんだ』
『決めたでしょう。ボクと一緒に、宴の買い出し担当なのですよ』
妙月様の声も聞こえたから、何処かで遭遇したんだろうな。
「帰って来たみたいだね。ヒサギ、見つかって良かった」
「何処に行ってたんだろう。短時間で帰って来たから、近くにいたんだろうね。響希、くずきり食べないの? 食べて良い?」
「これから食べる。渡すわけないだろ」
僚から、くずきりの皿を死守する。まだ食べていないだけで、渡すわけにはいかない。
「うぅ。響希のケチ!」
「誰がケチだ? 俺の分は俺のモノだろ」
「何処かのガキ大将じゃん!」
「うるせー。僚は、もう食べたんだろうが!」
「仲良しだね。二人は」
「僕たちは、ただの腐れ縁だからね? 英語で言うとラスティネイルだからね?」
「そうだぞ、華鈴。俺たちは、ラスティネイルだ。ん? ラスティネイル?」
ラスティネイル? 日本語に訳すと、えーと、ラスティネイル? ネイルは爪だろ? ラスティの意味は、何だ?
「響希君、どうしたの?」
「いや、何でもない。ないけど、ラスティネイルの意味が分からない」
「響希君は聞いたことないの? ラスティネイルはね、『錆びた釘』って意味だよ」
「錆びた釘は、取ることが難しいでしょ。そこから、離れられないとか、腐れ縁みたいな意味があるんだよ。まさか、響希が知らなかったとは」
ラスティネイルなんて、有名な曲としか知らない。まさかそんな意味があったなんて、誰が想像していただろう。




