第弐拾参話 壱
紫陽花が咲き乱れ、雨が降り続いている、六月中旬。期末テストが、もうじき始まるこの季節。
そんな土曜日の昼下がりに、私は、商店街にある、小さな喫茶店で、小中時代の同級生を待っていた。
アイスコーヒーに、ミルクと角砂糖を入れ、ストローで混ぜて。
ドアが開き、涼やかなベルの音が響く。私の待ち合わせの相手、紗奈が入ってきた。髪が乱れているのは、おそらく寝坊したからだろう。
「お待たせ。急に呼び出して、ごめんね」
「いいよ。連絡先は、桃麻から聞いたの?」
「うん。二人、付き合ってるんだってね」
「まぁ、そんなとこ」
小中時代の同級生たちとは、壁を感じていて、常に妖関連で、不本意ながら、怖がらせてしまっていた。
「それで、話って何?」
「あのさ、華鈴は今でも、幽霊とか見えるの?」
その言葉に、小中時代の記憶が一気に甦り、頭の中を支配していく。
***
初めて、人間とは違う何かを見たのは、小学生になる少し前だったと思う。その前から見えていたんだと思うけど、その時は、人間とそうでない者の理解ができていなかった。
「そこで、何してるの?」
『ただ、日暮れを待っているだけ。きみは、人間だね? ボクが見えるのかい?』
「見えるよ。何で?」
夕方間近の公園で、ベンチに座る、青い不思議な模様が施された、白っぽい着物を着た、白い髪の男の人に話しかけたことが、きっかけ。
「かりーん!何してんの?」
「桃麻、この人がね、日暮れを待ってるんだって」
「人? どこにいるんだ?」
男の人は、ベンチから離れてはいない。ずっと座ってる。私の見間違いじゃないはずなのに。
「ここにいるでしょ? 白い着物の男の人」
「どこに?」
「見え、ないの?」
「全く。ここにいるのは、俺たち二人だけ」
どうして? 私には見えるのに、どうして、桃麻には見えないの?
『ボクがあやかしだからさ。彼はボクを見ることは出来ない。でも、きみは違う。きみはボクを、その目に写す』
わけが分からない。私には見えて、桃麻には見えないなんて。幼心にはまだ、理解なんて出来そうもなかった。
小学生になって、図工の授業で、学校の裏山の絵を描く時間があった。カタクリの花が咲き誇る時期のこと。皆でカタクリの絵を描いていた。
「華鈴ちゃんはどこで描く?」
「ここにする。ここなら、お花と綺麗なお姉さんを、描けるから」
その言葉に、皆は首をかしげて、私に一言。
「綺麗なお姉さんって?」
「そんな人、どこにもいないよ?」
まただ。また、私にしか見えていない。カタクリの花の側で、座っている。それなのに、どうして。
「見えないの? 皆は」
「華鈴ちゃんは、何が見えるの? お化け?」
「そうじゃないと思う。あやかしだよ。皆は見えない?」
分かって欲しかった。私はあやかしが見える。その事を知って欲しかった。
だけど、それが全て間違い。




