第弐拾壱話 結
目を開けると、見慣れた天井が視界に拡がる。心配そうに、響希君と白牙が私の顔を覗いていた。
そっか。私、倒れて……。
「華鈴!! 大丈夫か? もしかして、妖念感か?」
「うん。般若の妖の名前が分かったよ」
『急に倒れたから、びっくりしたよ。お茶飲む?』
「ありがとう。白牙」
床に倒れたから、肩と頭が痛い。立ち上がると、響希君が椅子を差し出してくれた。
「雪村さんは、妖念感があるんだね。珍しい」
「そうなんです。いつもは、関わった妖の念を感じているのに、今は、関わっていない妖の念を、感じてしまって」
「妖念感は、恐怖心や疑念からも、感じることがあるらしい。気をつけた方が良い」
「忠告、ありがとうございます。橘先生はどうですか?」
「まだ立てそうにないし、上体も起こせない。今日は部活を休みにして正解だったよ」
「ゆっくり休んでください。キノカサは出掛けているみたいなので」
昨晩から、キノカサは出掛けているらしいし、橘先生にはゆっくり休んでもらえるはず。
『ごめんください』
玄関から、聞き覚えのあるテノールボイスが聞こえた。もしかしたら、ツグノハという名の妖かもしれない。
「依頼人か」
「響希君はここにいて。私が対応する。白牙もここにいてね」
玄関に向かうと、そこには般若の面を着けた妖が、錫杖を手に立っていた。
『霞ヶ森の紅蓮荘とは、ここで間違いありませぬか?』
「はい。紅蓮荘とはここです」
『妖の住む森だと聞きましたが、汝は人間。汝が頼みを聞いてくださるのですか?』
「ええ。お聞きしますよ」
水の間は使っているから、空いている木の間を使おう。
ドアを開け、中へ促して。円卓のテーブルに向かい合って座る。
「ご依頼をお聞きします」
『アタシの師匠。清浄の妖、玖琉様を探して頂きたいのです』
「もしかして、あなたの名前は、ツグノハさん?」
『何故、アタシの名前を? 汝とは今、会ったばかりだというのに』
「私には、妖念感があります。昨晩、あなたを見かけました。あなたが発していた念を、ずっと感じていましたよ」
椅子に慣れていないからか、ぎこちない様子で、座るツグノハ。
『妖念感のある人間には、かつて一度だけ、会ったことがあります』
「玖琉様は、清浄の妖だそうですね。はぐれたんですか?」
『卯月の始めに、共に越後国へ。しばらくは共にいたのですが、玖琉様がお姿を消してしまわれた』
「それは、いつ頃ですか?」
『十六夜の月が、空で輝いていた頃。信濃国から流れる川で、浄めを行ったその日に。一刻も早く見つけて頂きたいのです。早く浄めなければ、妖だけではなく、人間にも影響が出てくるのです』
十六夜の月が出ていた日を調べて、信濃川の流域で妖探し。ゴールデンウィーク期間中で良かった。
「信濃川流域全てか。ゴールデンウィーク中だからな。簡単だろ」
「響希君!?」
『ボクもいるよ』
水の間にいたはずの、響希君と白牙が、いつの間にか木の間で聞いていたらしい。
『どうか。玖琉様を、見つけ出して下さいませ。この国の穢れを祓えるのは、玖琉様しかいないのですから』




