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紅蓮荘奇譚 弐  作者: 天城なぎさ
第弐拾壱話 鬼(き)になる妖
28/95

第弐拾壱話 陸

 心の中を、モヤモヤした何かが支配していて、その方モヤモヤに、飲み込まれてしまいそう。


「あれ? ここは?」

「橘先生。大丈夫ですか?」

「月島君。それに、雪村さんも」


 橘先生が目を覚ましたのは、お昼の少し前。ベッドに横たわったまま、首だけを動かし、話せている。だけど私は、見ていることしか出来ず、響希君が対応してくれた。


「体中に力が入らない。俺は、どれ程眠っていたのかも、分からない」

「一晩は眠っていました。ここは、霞ヶ森の奥にある、紅蓮荘です」

「紅蓮荘。そうか。噂で聞いていたのは、この場所だったのか」

「噂?」

「妖たちが話していた。ここに来れば、妖の頼みを聴いてくれると」

「この場所は、人間には秘密の場所です。霞ヶ森も同様に。ここは、立ち入ってはいけない場所なので」


 そう。ここは、立ち入ってはいけない場所。この地域に住む人なら、絶対に知らないわけがない。


「キノカサは、どうしてる?」

「何処かへ、出掛けて行きました。いつもと変わらない様子で」

「そうか。それならいい。俺が犯した罪は、かなり重いものだから」


 橘先生の意識が戻ったことは、嬉しいこと。なのに、今度は、混沌が私の意識を飲み込んだ。


 バタンッ。


「華鈴!?」

「雪村さん、どうした?!」

『華鈴、どうしたの!?』


 響希君と橘先生の声は、意識の遥か彼方に。白牙の声も聞こえたような気がする。


***


 深い眠りについたような、そんな感覚に陥り、目を開けた時に見えた景色は、自然豊かな森の中。生い茂る木々の間に、妖が二人、座っている。


 ここは、どこ? それに、誰だろう。聴き心地の良いテノールボイス。


 ――玖琉様。何卒、お願い申し上げます。どうか、貴方様の弟子として、お側に――


 ――名は? 何処から来られたのです?――


 ――アタシの名はツグノハ。紀伊国から、貴方様を追って参りました――


 ――紀伊国ですか。ここは越後国。長旅でしたね、ツグノハ。しかし、申し訳ありませんが、弟子はとらぬのです――


 ――そこを何卒。アタシは、貴方様を敬っております。アタシは、玖琉様のお力に惚れたのです――


 ――ツグノハ。汝はこの職を全う出来ますか? 妖のため、人間のために、清浄の職を全う出来ますか?――


 ――構いません。アタシは、誰かのために生きたことのない、己のために生きてきた、しがない妖。玖琉様のお力を目の当たりにし、誰かのために生きたいと思ったのです――


 ――分かりました。これからは共に参りましょう。ツグノハ――


 ――感謝申し上げます。玖琉様。貴方のお力になれるよう、精進いたします――


 狩衣を着て、白い布の面をしている妖と、般若の面を着けた着物姿の妖。

 般若の妖が何度も頭を下げていたから、おそらくツグノハ。そして狩衣の妖が、玖琉様。


 急に不思議な力に引っ張られ、見ていた景色から引き離された。

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