第弐拾壱話 陸
心の中を、モヤモヤした何かが支配していて、その方モヤモヤに、飲み込まれてしまいそう。
「あれ? ここは?」
「橘先生。大丈夫ですか?」
「月島君。それに、雪村さんも」
橘先生が目を覚ましたのは、お昼の少し前。ベッドに横たわったまま、首だけを動かし、話せている。だけど私は、見ていることしか出来ず、響希君が対応してくれた。
「体中に力が入らない。俺は、どれ程眠っていたのかも、分からない」
「一晩は眠っていました。ここは、霞ヶ森の奥にある、紅蓮荘です」
「紅蓮荘。そうか。噂で聞いていたのは、この場所だったのか」
「噂?」
「妖たちが話していた。ここに来れば、妖の頼みを聴いてくれると」
「この場所は、人間には秘密の場所です。霞ヶ森も同様に。ここは、立ち入ってはいけない場所なので」
そう。ここは、立ち入ってはいけない場所。この地域に住む人なら、絶対に知らないわけがない。
「キノカサは、どうしてる?」
「何処かへ、出掛けて行きました。いつもと変わらない様子で」
「そうか。それならいい。俺が犯した罪は、かなり重いものだから」
橘先生の意識が戻ったことは、嬉しいこと。なのに、今度は、混沌が私の意識を飲み込んだ。
バタンッ。
「華鈴!?」
「雪村さん、どうした?!」
『華鈴、どうしたの!?』
響希君と橘先生の声は、意識の遥か彼方に。白牙の声も聞こえたような気がする。
***
深い眠りについたような、そんな感覚に陥り、目を開けた時に見えた景色は、自然豊かな森の中。生い茂る木々の間に、妖が二人、座っている。
ここは、どこ? それに、誰だろう。聴き心地の良いテノールボイス。
――玖琉様。何卒、お願い申し上げます。どうか、貴方様の弟子として、お側に――
――名は? 何処から来られたのです?――
――アタシの名はツグノハ。紀伊国から、貴方様を追って参りました――
――紀伊国ですか。ここは越後国。長旅でしたね、ツグノハ。しかし、申し訳ありませんが、弟子はとらぬのです――
――そこを何卒。アタシは、貴方様を敬っております。アタシは、玖琉様のお力に惚れたのです――
――ツグノハ。汝はこの職を全う出来ますか? 妖のため、人間のために、清浄の職を全う出来ますか?――
――構いません。アタシは、誰かのために生きたことのない、己のために生きてきた、しがない妖。玖琉様のお力を目の当たりにし、誰かのために生きたいと思ったのです――
――分かりました。これからは共に参りましょう。ツグノハ――
――感謝申し上げます。玖琉様。貴方のお力になれるよう、精進いたします――
狩衣を着て、白い布の面をしている妖と、般若の面を着けた着物姿の妖。
般若の妖が何度も頭を下げていたから、おそらくツグノハ。そして狩衣の妖が、玖琉様。
急に不思議な力に引っ張られ、見ていた景色から引き離された。




