第弐拾壱話 伍
紅蓮荘の扉を開け、中に入ると、見知らぬ和服男性が、笹団子を手に、外に出ようとしていた。
シキとは違う、灰色の着物で、ショートカットのグレーの髪。誰だろう。
『華鈴か。笹団子食うか?』
「この声。もしかしてヒサギ!?」
『そんなに驚くことか? シキだって人間の姿になれるんだ。俺様だってなれるに決まってる』
「そうだけど。いきなり人間になられると、驚くよ」
『響希が、水の間で待っている。ほら、これでも食いながら、水の間で過ごせ』
私の分にと、結ばれている中から一つ取ってくれた。白牙も欲しがっていて、ヒサギに催促している始末。
『ヒサギ、ボクも食べたい!』
『ほらよ。味は、森中の妖たちのお墨付きだからな』
私たちの横を通り過ぎ、外へ出たヒサギ。あっという間に妖たちに囲まれ、一躍時の人。いや、時の妖。
私たちは水の間に向かい、響希君に様子を伺う。キノカサの姿がなく、近くにいないのか、妖気も感じない。
「おはよう。響希君。あれから、橘先生の様子は?」
「特に変わったことはない。キノカサも昨晩からいない」
「僚君は、今日は来れないの?」
「父親が帰ってきているからな。今日は無理だろ」
『響希は、この笹団子食べた?』
「いや。まだ食べてない。黒牙は食べたけどな」
『美味しいらしいよ。華鈴、そろそろ降ろして。人間の姿に替わるから』
床に降ろすと、白牙を白い煙が包み込み、すぐに白いパーカーの男の子が現れた。器用に笹を剥いていく。
『いっただきっまーす!』
「白牙、お茶がそこにあるからな」
『ふぇ? あ、これ? 僕飲んでいいの?』
「ああ。ぬるくなったかも、しれないけどな」
『大丈夫。まだ温かい』
美味しそうに、笹団子を食べている白牙。響希君と私は、橘先生の意識が戻ることを願うばかり。
昨夜の般若のことは、シキやキノカサ、妙月様がいるところで、話したい。
「華鈴? どうした?」
「えっ? 何が?」
「ボーッとしてたぞ?」
「あー、うん。ちょっと、寝不足なの」
『ボクたち、昨晩、般若を見たんだ。シキに話そうってことで、ここに来た。気になりすぎて、華鈴は眠れてないんだよ』
「般若? そうなのか? 華鈴」
「うん。それから、丑三つ時くらいに、玖琉様っていう妖を、探す声が聞こえたの」
響希君に、昨晩の出来事を、出来るだけ分かりやすく、簡潔に話す。般若のこと、不思議な声のこと。そして、玖琉様。
「それで、その般若が、玖琉様って妖を、探している可能性があるのか」
「まだ分からないけど。ただ、タイミングがよすぎる気がして」
『玖琉様がいなくなったなら、一大事なんだよ。シキに伝えなきゃ、妖だけじゃなく、人間にも影響が出ちゃう』
「シキは今朝早くに、何処かに出掛けた。帰ってくるのは、夕方くらいか」
「どうしよう。まだ、近くにいるかもしれないし」
シキに伝えなきゃいけないのに、いないなんて。
私たちが話している間も、眠ったままの橘先生。早く目を覚まして欲しい。
思うことがありすぎて、私は混沌の中にいるよう。




