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紅蓮荘奇譚 弐  作者: 天城なぎさ
第弐拾壱話 鬼(き)になる妖
25/95

第弐拾壱話 参

「おはよう。ふぁあ……」

「夜更かし? 夜中も何だか騒がしかったみたいだけど」

「ちょっと、眠れなくて。ふぁあ」

「休みだからって、夜更かししてないで。ほら、早く食べちゃって」

「はーい」


 朝、一階のダイニングキッチンに向かうと、スウェット姿のお母さんが、既に、朝食を用意し終わっていた。と、言うより、目玉焼きをトーストに乗せ、食べながら、新聞を読んでいる。


「夜遅くまで、仕事してたんでしょ」

「締め切り間近で、忙しいの。コーヒー、まだ(あった)かいから。ドレッシング無くなるから、全部かけちゃって」

「はいはい。今日もまた、一日遊んでくるね」

「高校生はいいねぇ。一日中遊べて」

「今しかないんだから、いいでしょ」

「華鈴が遊びに行っている間に、お母さんは仕事に集中出来るから、いいけどね」


 私のお母さんは、かつて有名出版社で、翻訳家として働いていた。私を妊娠して出産した後は、実家に帰省して、在宅で翻訳の仕事をしている。


「今は何の翻訳をしてるの?」

「児童文学。フランスが舞台になってる」

「それから?」

「それ以上は、まだ秘密。教えられるわけないでしょ」


 二枚のトーストのうち、一枚にマーガリンを塗って、パクり。食べている間は、気になっていることを、忘れられる。


「そう言えば。克己(かつき)が、華鈴に会いたがってた。まったく。単身赴任中に、娘に会いたいとは」

「もう、二年くらい会ってないね」

「熊本にいるなら、からし蓮根くらい送って欲しいけど」

「からし蓮根って、熊本だっけ?」

「それがダメなら、チキン南蛮」


 電子機器メーカーに勤めているお父さんは、二年くらい前から、熊本県に単身赴任中。

 かれこれ二年は会っていないことを、思い知らされる。


「あ、ヤバい。編集部に送らなきゃ」

「洗っとくね。その方が良いでしょ?」

「よろしく。じゃ、お母さんは部屋に籠るから」


 食器をそのままに、部屋へ戻っていったお母さん。

 時計の針は、九時を示していて、私もそろそろ出掛けなきゃ。

 橘先生に関しては、あれ以降の連絡はない。まだ意識はもどらないのだろう。今日の男バレの部活がないことが、唯一の幸運。


「そうだ。華鈴、冷蔵庫にプリンが入っているから、食べな」

「帰ってきてからにする。名前書いておくから、食べないでよ」


 部屋にいったと思ったら、ダイニングキッチンに戻ってきた。急いでいるなら、後でも良かったのに。


 二人分の食器をシンクに持っていき、洗い物をして、冷蔵庫のプリンの蓋に名前を書く。

 これでよし。紅蓮荘に行こう。

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