第弐拾壱話 参
「おはよう。ふぁあ……」
「夜更かし? 夜中も何だか騒がしかったみたいだけど」
「ちょっと、眠れなくて。ふぁあ」
「休みだからって、夜更かししてないで。ほら、早く食べちゃって」
「はーい」
朝、一階のダイニングキッチンに向かうと、スウェット姿のお母さんが、既に、朝食を用意し終わっていた。と、言うより、目玉焼きをトーストに乗せ、食べながら、新聞を読んでいる。
「夜遅くまで、仕事してたんでしょ」
「締め切り間近で、忙しいの。コーヒー、まだ温かいから。ドレッシング無くなるから、全部かけちゃって」
「はいはい。今日もまた、一日遊んでくるね」
「高校生はいいねぇ。一日中遊べて」
「今しかないんだから、いいでしょ」
「華鈴が遊びに行っている間に、お母さんは仕事に集中出来るから、いいけどね」
私のお母さんは、かつて有名出版社で、翻訳家として働いていた。私を妊娠して出産した後は、実家に帰省して、在宅で翻訳の仕事をしている。
「今は何の翻訳をしてるの?」
「児童文学。フランスが舞台になってる」
「それから?」
「それ以上は、まだ秘密。教えられるわけないでしょ」
二枚のトーストのうち、一枚にマーガリンを塗って、パクり。食べている間は、気になっていることを、忘れられる。
「そう言えば。克己が、華鈴に会いたがってた。まったく。単身赴任中に、娘に会いたいとは」
「もう、二年くらい会ってないね」
「熊本にいるなら、からし蓮根くらい送って欲しいけど」
「からし蓮根って、熊本だっけ?」
「それがダメなら、チキン南蛮」
電子機器メーカーに勤めているお父さんは、二年くらい前から、熊本県に単身赴任中。
かれこれ二年は会っていないことを、思い知らされる。
「あ、ヤバい。編集部に送らなきゃ」
「洗っとくね。その方が良いでしょ?」
「よろしく。じゃ、お母さんは部屋に籠るから」
食器をそのままに、部屋へ戻っていったお母さん。
時計の針は、九時を示していて、私もそろそろ出掛けなきゃ。
橘先生に関しては、あれ以降の連絡はない。まだ意識はもどらないのだろう。今日の男バレの部活がないことが、唯一の幸運。
「そうだ。華鈴、冷蔵庫にプリンが入っているから、食べな」
「帰ってきてからにする。名前書いておくから、食べないでよ」
部屋にいったと思ったら、ダイニングキッチンに戻ってきた。急いでいるなら、後でも良かったのに。
二人分の食器をシンクに持っていき、洗い物をして、冷蔵庫のプリンの蓋に名前を書く。
これでよし。紅蓮荘に行こう。




