第弐拾話 伍
橘先生から折り返しの電話がきてすぐに、私たちは霞ヶ森の入り口で橘先生を待っていた。
「傘、持ってきて正解だったね」
「まさか本降りになるとはね。響希は、天気予報見てなかったの?」
「うるせぇ。忘れただけだ。ハックション!」
僚君の傘に入り、響希君は大きなくしゃみを一つ。
新緑よりも深い緑に、雨が降る。
『風流だな。そう思わぬか、妙月殿』
『気持ちの良い雨だ。青笹も雨に濡れ、美しい』
入り口付近の笹薮の中から、妙月様とヒサギの声がした。
竹籠を背負い、笹を採っているようで、何をするつもりなのか、私たちはまだ知らない。
「ヒサギ、妙月様。何してるの? 笹舟でも作るつもり?」
『笹舟も良いな。僚もどうだ? 妙月殿とともに、団子を作ろうと思っているのだが』
「笹団子か。そうだ、シキが花豆を使ったおはぎを作ったぞ。ヒサギと妙月様の分が残っているらしい」
『響希。シキが作ったのか? シキの作る食い物など、食えたものではない!』
「それが、今回はとにかく美味いおはぎだ。ヒサギがいらないのであれば、俺たちが食うからな」
『誰がいらぬと言った。笹を採り終えたら、食うに決まっている』
笹団子かぁ。ばあちゃんが毎年作ってくれてるし、桃麻の家から、よく貰ってる。
あんこが入ったヨモギ団子が、笹に包まれている、新潟県の定番お菓子。この時期にしか食べれないから、季節限定お菓子でもある。
『何の話をしているんだい?』
ヒサギと妙月様と話していると、橘先生の声が聞こえた。やって来た橘先生は、傘をささずに、妖の姿。
両目は前髪で隠れ、青藍色の着物を着ている。
『この妖気、半妖か』
『キノカサと似ている妖気。同種族の者のようだな』
「俺たちの知り合いだ。気にせず、笹採りしててくれ」
ヒサギも妙月様も、半妖の橘先生に興味があるらしい。キノカサと同種族の妖気ならば、気になるその気持ち、分かる。
『この姿では、はじめまして。橘和彦です。妖名は、ミノアサ』
「本当に半妖だったんですね。黒い翼、キノカサに似てる」
『ここが、霞ヶ森なんだね? 俺は立ち入ることは、君たちと契りを交わしている。キノカサはどこ?』
「今、呼んできます」
キノカサは紅蓮荘の中だ。響希君は傘がないし、僚君は、響希君がいるから無理。それなら私が。
踵を返した途端、向かい風が急に吹いた。
上空を見ると、木々の上を颯爽と飛んでいたのは、キノカサ。私たちの前に降り立つと、橘先生を睨むような視線を送っている。
『俺はここだ。馴染みのある妖気を感じ来てみれば、お前、カレササの血筋だな。何しに来た』
『殺鬼の件で。謝罪に来ました。妖名を、ミノアサと申します』
『話はこの三人から聞いている。謝罪など不要。お前がやったことは、赦される事ではない』
『我が先祖、カレササに免じて……』
『あれだけの事をして、赦せだと!! カレササも泣いて呆れるわ! 半妖であるならば、自らの妖力を使い、払いのければ良いではないか! 二度とこの場に来るでない。二度とお前など、見たくもないわ!』
はじめて見た。キノカサがこんなに怒っている。殺鬼によって傷ついた妖は多くいる。霞ヶ森に避難してきた妖も、数多くいたのだから。
『ミノアサ、黒羽の妖として、我が種族の、裁きを受けるがいい。羽を一枚、俺によこせ』
『はい』
橘先生は羽を一枚取ると、キノカサに渡した。裁きとは、なんだろう。
橘先生の羽を持ったキノカサは、橘先生を見据えながら、何か唱え始めた。
『罪深き者、黒羽を持つ者の名は、ミノアサ。陽光の下、汝の罪に裁きを下す。制裁者、キノカサ』
キノカサの言葉に反応したかのように、雨が上がり、雲の隙間から太陽の光が射し込んでいる。
羽を持つキノカサの手が射し込むと、その羽は青い炎に飲み込まれ、燃えていく。
『うわぁぁぁ! あぁ!』
頭を抱え、倒れ込んでいく橘先生。よく見てみると、手の甲に何やら、不思議な紋様が浮かび上がった。
『黒羽の妖は、如何なる理由であろうと、故意に傷つけてはならぬ。ミノアサ。お前は掟を破ったのだ。その紋様は、罪を犯した黒羽の証。いずれ、紋様がお前を焼き尽くすだろう』




