第拾捌話 弐
紅蓮荘の中へ戻ってみると、水の間の扉が開いていて、妙月様の声と透き通った綺麗な声が聞こえてきた。
私たちは足を止め、その声に聞き入る。
「綺麗な声だね。僕、惚れ惚れしちゃうかも」
「ソプラノ歌手とかかな?」
「『アメージンググレイス』とか、大きいホールで歌って欲しい!」
「私、何故か『エーデルワイス』が思い浮かんだ」
そんな会話をしていると、水の間から妙月様が出てきて、私たちの前で立ち止まった。
『依頼主だそうだ。我はシキ殿の元へ戻る』
「ありがとう。妙月様。後は私たちが引き受けます」
妙月様と入れ替わるようにして中へ入ってみると、綺麗な空色の着物を着た女妖が。
「こんにちは。僕たちに依頼ですよね」
『あ、えっ。にん、人間ですか?』
「そうですよ。僕たちは人間です」
『すみません。ここには妖のみが暮らしていると、聞いたもので』
「お気になさらず。早速ですが、ご依頼をお聞きしますよ」
私たちが人間だからだろうか。女妖は口を閉じ、下を向いてしまった。私たちは、女妖が口を開くのを待つしかない。
『とある人間を、探して欲しいのです』
口を開いたのは、しばらくしてから。人探しなら、早くに終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。
「人探しですね。どんな人物ですか?」
『いつも座っているので、背丈は分かりません。ですが、その人間は男です。桜の木がたくさん植わっている広場に、その男は……』
急に話さなくなった女妖。
「どうしました?」
『すみません。すみません。やはり、自分で探します。見つからなかった時は、お願いに来ます。ありがとうございました。失礼します』
口早に言い残すと、そそくさと出ていってしまった。
何が起きたのか分からない私たちは、ただ呆然とするしかない。
「何だったんだろうね。僕たち、何もしてない」
「キノカサと妙月様の勘違いだった。とか?」
「それしかないかもね。戻ってシキの手伝いしよう」
「響希君、待ってるだろうしね」
依頼がなくなってしまったから、何もやることがないわけで。外に出て、シキの手伝いをしよう。
「あのさ、りんちゃん」
「何? 何かあった?」
「あの女妖、前にどこかで見たことあるかも」
「どこかって、どこ? 僚君の知ってる妖なの?」
「いた時に気づけば良かった。確か、丘松公園にいるんだよ。桜が満開になる頃、よく見かける。響希も知ってるはずだよ」
桜の名所として県内外で有名な丘松公園に、あの女妖はいる。
人間の男性を探しているようだけれど、依頼は無くなってしまった。
「僚君。お花見したいね。桃麻と須崎さんと、吾妻さんを誘って皆で行こうよ。そして、あの妖を探そう。何か気になるから!」
「りんちゃん、今回は食いつくね。今年の開花予想は例年より早いらしいし、行こっか。響希、誘っとくね」