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八月の日記 一~七日

 八月一日



 悪夢のような失敗から一日が経過した。

 夜通し移動してなんとか今日の分の食料を確保したかったが、ターミネイターから奪った食料しか残っていなかった。俺を襲ったあのハウンド使いが一通り荒らし終わった後なのかもしれない。ひたすらに口惜しい。


 水の備蓄が不安になり川の水を煮沸するが、これが意外と時間がかかって敵に見つからないかと気が抜けない。この真夏日に水の不足は致命的だ。幾らガイストのコクピット内が快適だからといっても、水分は少しずつ、確実に失われていく。


 飲料水を用意するまでの時間、暇なので昨日の出来事を整理する。


 一年間この世界を生きてきた俺でさえ初めて見る装備、量子コンピューターウィルス。原理はさっぱり分からないが、おしゃべりな相手のおかげでおおよその特徴は掴めた。どうやら無線式の端末を相手に撃ち込むことでウィルスに感染させ、ストレージ内を根こそぎ奪ってしまうらしい。


 本来なら恐らく一時的に行動不能にもなるのだろうが、それが早く解除出来たのは俺のパイソンがHSタイプタイプだったのか関係していると推察する。Sタイプは索敵能力が高い――つまり、ハード的な処理能力も高いのかも知れない。だからSタイプはウィルスに通常より早く対応出来るのだろう。


 この情報を生きて持ち帰れたことだけは幸運だ。

 何も分からないまま人が死んでいくのを俺は見てきた。

 だからこそ、トカゲのように身を切って生き延びてきた俺には、人より少しだけ知識が多い。そんな俺より更に知識の多いあいつは今頃何をしているのだろう。あいつのことだから今も生き延びてこの世界のことを調べているのだろう。


 俺は選ばれし存在にはなれない。

 あいつのような人間が、きっと謎を解き明かすのだろう。


 ふと、ハウンド使いの男を思い出す。

 暴発覚悟で俺に嫌がらせするために砲撃をかました彼は、選ばれし者なのか。

 この厳しい世界で長生き出来るタイプではないが、創作ではそうした人間に限ってしぶとく他人を蹴落として生き延びたりもする。少なくとも、俺は二度と出会いたくはない。


 残存食料ゼロ。

 水、三日分。

 ハンドガン残弾十二発。

 Cランクのキーグローブ、二つ所持。




 八月二日



 野菜を見つけた。

 ただし、種の状態でだ。

 種屋なんて縁が遠すぎて考えたこともなかったが、種子を売っていた店らしい。

 建物の状態は良好で、種もきちんと育てれば芽吹きそうだ。

 流石に鞄に詰めるとキリがないので、育成が簡単らしい野菜の種を少しばかり失敬して場所を記録した。


 食料がないのでどうにか虫を食べて凌ぐが、美味しい虫がいなくて辛い。

 せめて山ならヘビ、カエル、魚介類の何かしらもいたのだが。


 ターミネイターの拠点を攻めて不味くてもいいから食料を得たいのだが、あのハウンドとの戦いでパイソンはかなり装甲にガタが来ている。小規模拠点ならともかく中規模拠点を攻めるには少々無謀だ。だというのに、武装やマテリウム結晶は中規模拠点の方が手に入る確率が断然高い。そしてこの周囲には中規模拠点しかない。

 攻めるには装備や結晶が欲しいが、手に入れるには攻める必要がある。堂々巡りだ。


 せめて狙撃銃があれば相当やりやすくなるのだが。


 残存食料、ゼロ。

 水、二日分。

 ハンドガン残弾十二発。

 Cランクのキーグローブ、二つ所持。


 思い切って海を目指そうか。




 八月三日



 海は魚介類を獲るのに有利な場所だ。

 しかし、一つ大きなリスクもある。

 海には30メートル級のターミネイターがうじゃうじゃ出現するのだ。


 海のターミネイターは地上と違って生身の人間に興味を示さないが、武装の射程範囲にガイストが入ると即座に反応して攻撃を仕掛けてくるためガイストによる強引な漁が出来ない。魚を獲る方法は釣りや素潜りだ。キーグローブの補助があるので生身よりやりやすくはあるのが救いだろう。


 リスクとしては体力の消耗が激しいこと、海にいる間は地上の状況を全く把握出来ないこと、そしてガイストまでの移動が全部徒歩になることだ。あと、魚を捌くのが下手くそな俺の料理能力にも問題がある。


 夏と言えば海で海水浴――そんな気分にはさせてくれない。


 今日は運が悪いのか食べるものが手に入らなかった。

 しかも地図上は存在する筈の川が干上がっていた。

 仕方ないので汚い水を汲み、手作りろ過装置をセットする。

 早めに寝て体力を温存し、明日一気に海に抜ける。


 残存食料、ゼロ。

 水、一日分少し。

 ハンドガン残弾十二発。

 Cランクのキーグローブ、二つ所持。




 八月四日



 終末世界にも魚はいる。ならば当然動物もいる。

 しかし、動物を狩るのは容易ではない。

 まず見つからない。

 次に、見つかっても逃げられる。

 更に、仮に仕留めたとしてもその後の処理が難しい。


 血抜きだの内蔵抜きだのといった技術がない俺の処理では、肉は硬くて臭くてとてもじゃないが美味しいと素直に言えるものではなかった。そして俺は結果が手間に見合わないと判断し、動物狩りを一旦断念した。


 いつかは覚えたい。

 でもそれは今じゃないと思ったのだ。

 重要な問題を後回しにした、と、この日記を読んだ人に鼻で笑われるかもしれない。


 ガイストで海に近づく際は海面からおよそ500メートルは離れないと安心出来ないため、500メートル離れた場所で待機させ、海に向かった。


 結果は散々。

 町で用意した銛はてんで当たらず、仕方なく貝やウニなどに狙いを変えた。しかし、それでも結果はいまいちだった。原因は多分、ここの海が痩せていることだ。海底に全く海藻が見当たらなかったので、テレビで見たことがある「磯焼け」というものだと思う。原因は気候変動か、それとも誰かがここでドンパチをやらかしたのか。


 そんな海で採れる貝やウニが肥えている筈もない。

 しかも、一部はキーグローブの保護機能が毒性を訴えてきた。

 労力に見合った食事の気がしない。


 唯一運が良かったのは、帰りがけ近くに川があるのを発見したことだ。

 ここを拠点に暫く水を確保しようと思う。

 夜なので今は確認出来ないが、この川に魚がいると嬉しい。


 残存食料、ゼロ。

 水、一日分(ろ過煮沸で補給中)。

 ハンドガン残弾十二発。

 Cランクのキーグローブ、二つ所持。



 

 八月五日



 近くの川には鯉が相応にいた。

 これ幸いとガイストの手で無理矢理河原に打ち上げる。

 技術力の無駄遣いと言うなかれ。

 パイロットが死んだらガイストも無用の長物だ。


 ただ、ここに鯉がいるなら昨日海に行く前に辿り着きたかったと地味な後悔を抱いた。泥抜きをしたいが、綺麗な水がすぐに手に入らないし腹が減っているので臭いは我慢して食べた。

 空腹に勝るスパイスはなしとは言うが、結構臭かった。

 人間がいない世界では川は綺麗になると思ったのだが、環境にもよるらしい。


 魚と言えば、サバイバル生活の初期は散々だった。

 鱗の剥ぎ方、三枚おろしの仕方、内蔵の抜き方などの調理法は勿論、俺は泥抜きという概念もまともに知らずに苦しんだものだ。散々苦労して調理した挙げ句、コケ臭かったり泥臭かったり、泥抜き中に魚が死んだこともあった。

 干物チャレンジもしたことがあったが、加工に時間がかかりすぎて断念した。


 腹も膨れて少し元気が出たので周囲を探索すると、ターミネイターの小規模拠点を発見したので襲撃する。微量だがマテリウム結晶と食料を手に入れた。


 前々から気になっていたのだが、ターミネイターは何を目的として拠点まで用意しているのだろうか。資源を回収しているようにも見えないし、偵察しているようにも見えない。生き残りの人間を殲滅しようとしているにしては索敵能力が疎かだし、ターミネイター同士で相互に連絡を取り合っているようにも見えない。


 言うならば、ただ突っ立ってるだけにしか見えない。

 自律意思のない無人兵器が、命令が来なくなって呆けているかのようだ。


 残存食料、一日分。

 水、一日分。

 ハンドガン残弾十二発。

 Cランクのキーグローブ、二つ所持。




 八月五日



 新たな「嘆きの塔」を見つけた。


 不思議なのだが、嘆きの塔は下手な山より高い超構造物なのに、俺は昨日までこれの存在に気付けなかった。位置的に探索中や料理中に見えていておかしくない場所なのにだ。この塔、一体どうやって出現しているのだろう。或いは何らかの光学迷彩で隠れていたのだろうか。


 もしそうだとしたらぞっとする。

 見えない場所から即死攻撃を放たれるなど冗談じゃない。


 データ収集の結果、この嘆きの塔はどうやら前に別の町で見かけた嘆きの塔と同じ構造とサイズをしているようだ。塔の周囲を望遠で覗いてみると、周囲でターミネイターだった物が見事に粉砕されて散らばっている。人にやられたのではなく嘆きの塔に破壊されたと見ていいだろう。


 暫く見ていると、野犬の群れが塔の周囲を歩いているのが見えた。

 もしあの塔が接近した対象を問答無用で殺す機能を持つなら、あの野犬は殺される筈だ。何らかの条件によって近づく者の扱いが違うのだろうか。


 色々と確かめてみたい所だが、俺の命は一つしかない。

 仕方なく、塔から十分距離を取って探索した。

 少しばかり資源を得られた。


 残存食料、三日分。

 水、二日分。

 ハンドガン残弾十二発。

 Cランクのキーグローブ、二つ所持。



 八月六日








 八月七日



 昨日一日で、何度死ぬかと思ったことだろう。

 俺は長くこの世界を一人で居すぎたのかもしれない。


 俺には仲間が必要だ。


 信頼とまではいかなくてもいいから、信用出来る仲間がいる。

 弱くてもいいし、失敗してもいい。

 何故なら俺自身が弱く、失敗してばかりだからだ。

 その上で同じ生存という目的のために動ける存在が必要だ。


 そんな人が見つかるだろうか。

 見つかったとして、受け入れてくれるだろうか。

 受け入れてくれたとして、俺自身が上手くやれるだろうか。

 不安は尽きない。しかしこの不安は、きっと世界が終末化するより以前から人間の心に潜在的に存在したものが形を変えただけなのかも知れない。


 残存食料、ゼロ。

 水、ゼロ。

 ハンドガン残弾十二発。

 キーグローブ全損。


 何もあてがなくなってしまったので、明日この周辺を探索する。

 流れ星が見えた。吉兆であって欲しいと強く願う。

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