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七月三十一日 Another ユダンタイテキ

 パイソンの増設ブースターがけたたましい唸り声を上げ、巨体を持ち上げる。

 周囲を吹き飛ばすような推進力が放出され、周囲の草木や土が舞い上がる。

 ドウッ、と空気を貫く音を立て、パイソンは山を越える。


「使いにくいっちゃ使いにくいけど、やっぱ急ぎの時にブースターは有り難ぇな」


 増設ブースターはガイスト背部に装着し、機体に高い推進力を与えるものだ。

 ただし、これは大雑把に言えばロケットを背中に背負っているようなもので、基本的に直進と減速くらいしか出来ない。いつぞやのグレイホークのように華麗な空中戦をする能力は皆無だ。余り長期間飛びすぎると着地が大変なことになるのもあり、斜め上に飛び上がっては着地してといった動作を何度も繰り返すことになる。


 それなら歩いた方早いのでは、と思うかも知れないが、これの真価は山越えなどの際に発揮される。森は木々が邪魔で思うように進めず、しかも傾斜がきつくてガイストでも足を滑らせる可能性がある。ところが増設ブースターならそんな木々も傾斜もある程度無視できる。結果、山越えの速度は数倍にまで早まるのだ。


 最大の欠点は推進力の光と音が派手なことだが、このパイソンはHSタイプ、つまり通常機より敏捷性が高く偵察能力も少し上なので、上手く敵の注目を避ける動きが出来ている。


 いくつかの山を越え、気付けば日没を迎えていた。

 文明があった頃は街灯だらけで暗さの程度が知れていた生活を送っていたが、終末化した世界ではその暗さは顕著になる。いや、元来山の中ならこれくらいの暗さは当たり前。人は人の支配した狭い土地の中で威張っていたんだな、と感傷的になる。


 勿論、ガイストのセンサーを用いれば視界は昼も夜も殆ど変わらない。

 故にこそ、気付く。

 自分の拠点に、灯りが灯っていることを。


「……? 電気消し忘れた……っけ?」 


 一瞬、呆けた。

 次の瞬間、その明かり付近から敵性反応と高速の熱源が確認され、咄嗟にスラスターとブースターを同時に噴射してその場を緊急離脱する。

 直後、先ほどまで自分がいた場所が轟音と共に爆煙に呑まれた。


 呼吸ができなくなるかと思うほどの驚愕だった。

 今のは恐らくミサイルか、バズーカで発射された無誘導弾だ。

 つまり、あの明かりは――敵だ。


「まさか、そんな……ターミネイターにバレたのか!? いや、でもそれはおかしい……ティーゲルは休止状態で置いてきた以上、他の何に気付いてもティーゲルには気付かない筈……」


 まさか、と背筋が凍る。


 ティーゲル内部の資源が空になった理由に、唐突に思い当たる。

 ガイストによる量子ハックとデータ吸引だ。

 現実を認めたくないと思ったが、思ったところで現実は変わらない。


 再度、高速の熱源を確認。

 今度はブースターを逆噴射させて地面に叩き付けるように機体を下降させる。

 こちらを狙い澄ました砲撃が空振り、山肌に紅蓮の爆煙と轟音が響き渡った。


「信管があれば……ッ、山に命中する前に爆発したはず……づあッ!?」


 パイソンが転がるように山の斜面に落ちるが、多関節構造の柔軟さが功を奏して機体ダメージを最小限に抑えながら転げ落ち、即座に体制を立て直した。


「やられた……やられたよ。ブギートラップないもんなぁ。気付けないんだよなぁ……生存者に泥棒に入られても!!」


 答えは出た。

 パイソンのレーダーが敵の機影を捉える。

 恐らくは『ハウンド』か、B級の『ホワイトリンクス』――いや、武装の配置からしてやはり『ハウンド』だと判断する。直後、パイソン周囲にアサルトライフルらしき武装による掃射が降り注ぐ。


「ッあああああああああッ!!」


 両腕を盾にして斜線の通らない傾斜に滑り込む。

 銃数発は被弾したが、幸い開いていた距離と森の木々、そしてパイソンの装甲の厚さに助けられたらしく、損傷は軽微だ。右腕の装甲を再生させていなかったら危なかったかもしれない、と、弾痕が残るパイソンの右手を見つめる。


 だが、安堵には早すぎる。

 敵のハウンドが動き出した。


 遮蔽物が多く足場が安定しない山や森は、四足歩行で跳躍力も高いハウンドにとって有利な場所だ。しかもこのハウンドは背部にアサルトライフルと、恐らくバズーカを装備している。タイプによっては近接装備もあるかもしれない。


 対して、こちらの武装はレーザーとプラズマフューザーのみ。


 レーザーはパイソン頭部に搭載されている内蔵武器だが、雑魚狩りはともかく対ガイスト戦では余りにも火力不足な代物だ。よって戦うならプラズマフューザーのみになる。

 刃渡りの長い近接武器であるプラズマフューザーはプラズマの刃によって相手を溶断する武器で、近接武器の中ではかなり破壊力がある方だ。しかし、足が速く飛び道具を所持した相手に近接装備で正面から挑めば、スピードに翻弄されて確実に負ける。


「逃げるしかないか……!!」


 生存者との戦いで得をすることはまずない。

 他人はそうは思わないようだが、自分はそう思っている。


 増設ブースターの出力を最大に高めれば、多少の被弾を覚悟すればここから離脱出来る。装備の性質上着地時に大変なことになるだろうが、不利ない相手と戦うくらいなら損傷覚悟で逃げた方がマシだ。なにせ、命が懸かっているのだから。


 たった数日とはいえ安心して人間らしい生活を過ごした秘密基地での思い出が頭を巡り、置いていくなと心を引きずろうとする。しかし、この未練を断ち切れなければ生存に不利になるだけだ。だからどれだけ口惜しいとしても、この思いは断ち切らなければならない。


 が、脱出しようとした瞬間、レーダーが微細な物体の射出を確認した。

 それらは今まさにパイソンが通るべき脱出ルートに撒かれるように飛び、そして丁度邪魔な虚空で停止した。その装備に見覚えがある。あれは――。


「空中機雷……いや、ソリッドネットか!」


 ガイストによる空中設置型トラップ、ソリッドネット。

 通常のネットは蜘蛛の巣や投網のように一面だが、ソリッドネットはセンサーが内蔵されており、センサー範囲内に何かが入ると一瞬で立体的にネットを展開して自ら対象に絡みつく。しかもこのネットはコア部分を破壊しない限り延々と絡みついてくるので、武器で切り裂いてもすぐには振りほどけない。特に飛行能力を持つガイストにとっては天敵だ。

 付け加えるなら、恐ろしく珍しい武器でもある。

 今、この状況と地形で相手に最も持っていて欲しくない代物だ。


(レーザーで撃ち落とすか? いや、ソリッドネットのおかわりが飛んでくる! 落ち着け、安直に動くな……!)


 ソリッドネットは拘束力が強力な反面、欠点も多い。

 まず、同時に八つまでしか設置できない。

 次に、一度設置すると既に設置された分が無力化されるまで再設置できない。

 他、別の空間固定トラップを併用すると誤作動を起こす。

 更にもう一つ、およそ二分で効果を失って機能が停止する。


 敵は馬鹿正直に八つのソリッドネットをばら撒いたため、打ち落とさない限り至近距離で拘束される可能性はない。更に、実弾と併用すると流れ弾や爆風でソリッドネットを破壊してしまうので、決して『相手が持っていたら一巻の終わり』ではない。


 問題は、相手がバズーカを持っていることだ。

 あの火力と射程は一撃で戦闘不能にされかねない。


 もし増設ブースターでネットの設置場所を突っ切れば姿勢制御を失い地面に落下し、ハウンドからも逃げ切れない。反対方向から離脱しようにも既にハウンドが回り込んでいるし、次はブースターの特性を読まれて着地狩りされるだろう。正面から打ち合っても敗北は必至。

 まさに獲物を追い詰める猟犬のようなバトルメイクだ。


 こういう状況に陥ったとき、いつも何かを犠牲に生き残ってきた。

 惜しい物を切り捨てても、命が残れば少なくとも明日を迎えられる。

 どんなに苦しくても、どんなに惨めでも、たとえ希望がなくてもだ。


 コクピット内のマンマシンインターフェースが、頭の中に思い描く作戦を遂行するために膨大なデータを瞬時に処理していく。パイソンをゆっくり動かし、じりじり逃げるふりをしつつ移動する。

 ハウンドの走破能力がパイソンの射角を取るのはあっという間だった。

 夜の闇を切り裂き、血に飢えた機械仕掛けの猛犬が唸る。


 だが、その位置は――自分がハウンドのパイロットであったならばそこに陣取ると予想した場所だった。そして、予想は見事に的中した。


「ドンピシャッ!!」


 父親の口癖だった、由来も知らない言葉を叫ぶ。

 知っているのは、それがジャストミートに類するものであること。

 ハウンドが躍り出ると同時に、パイソン背部のハードポイントから切り離された増設ブースターが爆発的な推進力を吐き出す。眩い閃光の尾を引いて、ブースターは狩る者へと突進する。相手が照準を合わせるより一瞬早く解き放ったそれは、パイソンの最大の武器となる。システムを書き換えて行う即席ミサイルだ。


 対して、ハウンドがやったのは跳躍だった。

 この反射的な行動の早さこそハウンドの自慢だ。

 ただし、このハウンド使いは恐らく増設ブースターに詳しくない。

 増設ブースターはエネルギー消費が激しいという性質上、内部に予めエネルギーを充填しておける仕組みになっている。しかもブースターは予めコーティングを解除した上で、避けることを見越してやや斜め上に軌道を変えるようセッティングしてある。長距離ならばともかく、この短距離であれば安定性の低いブースターを上手く操作できるのだ。


 そして、耐久力が下がりたっぷりエネルギーが充填されたブースターをもしもレーザーで打ち抜いたら、果たしてどうなるだろうか。パイソンのレーザーが予め予想していたポイントを通過するブースターを正確に撃ち抜いたことで、答えは出る。


 直後、ミサイル級の爆風と轟音が山中に響き渡った。


「おおおおおッ!!」


 閃光と衝撃を少しでも和らげたいかのように叫ぶ。

 激しい爆発の奔流と砂埃が荒れ狂う中、パイソンはその身を転がしながらも何とか少ない損傷で耐え忍んでいた。通常のガイストより関節が多いパイソンは、その分衝撃を和らげやすい。奇妙なほどスムーズに姿勢を修正したパイソンが、量子展開したプラズマフューザーを抜く。


「覚悟ぉぉぉーーーーッ!!」


 レーダーに映るハウンドは、跳躍したせいで逆に真下から爆風を浴びてパイソン以上に吹き飛ばされていた。しかも爆風で間接に大きなダメージが入ったらしく、オートバランスで体勢を立て直して着地した瞬間、脚部が異音を立てて膝を曲げる。


 その隙は見逃さない。

 プラズマフューザーを一閃すると、ハウンドの背部に装着されていたアサルトライフルとバズーカの先端が切断、融解される。もしこの状態で重火器を無理に発射すれば暴発して己の背中を抉ることになるだろう。


 更に、パイソンの多関節な腕によって刃が通常のガイストでは出来ない軌道を描き、ハウンドの前足二本を斬る。左前足は辛うじてコーティングによって耐えたようだが、右前足が着地時の損傷とダメージが重なったことで切断され、ハウンドの体ががくりと落ちた。


 飛び道具も機動力も失ったハウンドなど怖くもない。

 バルカンも装備されていないタイプのようだ。

 すかさずオープン回線を開き、叫ぶ。


「これでもう戦えないだろ!! 追わないから大人しく帰れ――なにッ!?」


 これ以上戦うはずがない――そんな一瞬の慢心が出てしまったのだろう。

 次の瞬間、ハウンドの腹部から何かが撃ち込まれた。

 それはパイソンを損傷させることはなかったが、コクピット内でけたたましい警告音が響く。その内容は――量子コンピューターウィルスによるハッキングだ。機体内部で何らかの処理が施され、一瞬硬直したが機体が問題なく動く旨を伝えられる。


「往生際が悪いッ!!」


 パイソンの腕を振りかぶり、ハウンドの腹部にあった何かの発射装置を全力で殴りつける。幸い耐久力のあるパーツではなかったのか、一撃で破壊することが出来た。


「まだやるのかお前ぇッ!!」   

『何でもう動けてんだ!! テメェまさかS型使ってんのか!? クソ対策チート野郎が!!』

「うるせぇ!! その有様でまだやるのかって聞いてんだよ!!」

『クソクソクソがッ!! せっかくいい隠れ家手に入れたってのに、何でよりにもよってガイスト持ったヤツが来るんだよ!! 何で俺の必殺コンボを凌いでんだ!! ふざけんなよ死ねよッ!!』


 ダメだ、会話にならない。

 終末世界で人と会わずに過ごしている生存者は、大体会話が下手になる。何を隠そう自分自身もそうだ。昔は人に対してこんなに怒鳴り散らすことはなかった。だが、どんなに相手が最低でも命までは取らない――それだけは、ずっと心に決めて生きてきた。


「死ねと言って死ぬほど繊細なヤツはもうこの世界に生き残ってねぇよ。そもそもあそこは俺の家だ。最後通告! まだ逃げないなら山の下までぶん投げる」

『ひひ、ひははははは!! 俺は負けてねぇ!! 負けてねぇ!! 負けてねぇんだぁぁぁぁッ!! 俺は生き残る、誰よりも長く生き残る!! だって俺は終末化した世界でも生き延びてきた価値がある人間なんだからぁぁぁぁッ!!』


 ハウンドはややおぼつかない足取りでこちらに背を向け、跳躍する。

 そしてジグザグに走りながら山を駆け上っていった。

 あれは背後から射撃されることを警戒した動きだ。

 別に撃つ気もないのに呆れたヤツだ――と思っていると、コクピット内に警告が表示される。


《ウィルスの完全排除に成功。しかしストレージ内に量子格納されていた資源の9割が流出。残存するものは――》

「……………」


 五日分の食料、鞄に詰めていなかったあらゆる資材、そして――浄水装置が、ストレージからなくなっていた。


 暫く、その現実が受け入れられずに茫然自失になっていると、山頂付近で爆発が起きる。丁度秘密基地を作った場所だ。反射的にそちらの方を確認すると、山を駆け上ったハウンドが破損したバズーカを発射したらしい。先端が融解した状態だったためにハウンド自身も誘爆で顔が半壊し、背の装甲がめくれ上がっていたが、発射した本人はオープン回線を開いたまま嬉しそうに喚いていた。


『俺は賢いんだ!! 幾らテメェの機体がS型だからって量子ウィルスの被害を完全には防ぎきれねぇ!! そして拠点も爆破したとなりゃ、お前は食料も禄に残ってねぇだろ!! なくなった資源と食料はウィルス元である俺のガイストのストレージに収まった!! はは、ははははは!! お前は飢え死に、俺は得るものを得た!! 餌を失った負け犬はお前だぁ!! あははははは!! あははははははははは!!』


 ハウンドは破損が激しく余計によたついた動きで、その場から去ろうとする。


 指が反射的に動き、ハウンドの破損部分をロックオンした。

 パイソンのレーザーを最大収束、最大出力に設定する。

 

 そして――レーザーは発射されず、結局ハウンドはそのまま死にかけの犬のようによたよたと逃げていった。コクピットの操作レバーから腕を放し、震える指先を見つめ、苛立ちをぶつけるようにコクピット内に拳を叩きつける。


 許せなかった。

 一瞬、確実に殺意が湧いた。

 今も心のどこかが納得していない。


 でも、人殺しにはならずに済んだ。


「これで良かったんだ。これで……これで……」


 もう何も残っていないと知りつつ、一度秘密基地に向かう。

 ティーゲルのコクピットも、家財も、トマトを植えた地面も、何もかもがぐちゃぐちゃで灰と土に塗れていた。余りにも酷すぎて涙すら出なかった。今度こそ上手くいくと思ったことも、全ては幻想だった。


 それでも、明日はやってくる。

 どんなに苦しくても、どんなに惨めでも、たとえ希望がなくても。

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