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七月二十五日 Another ヒミツキチ

 果たして、この浅はかな知恵が成功するかどうか。

 期待と不安をない交ぜにして、行動を開始する。


 まず、破損したティーゲルから全物資を吸い出して失敗時の保険とする。

 同時に格納したマテリウム結晶を機体の再構成に当てる。


 人間は肉体を欠損したら二度と再生することはないが、ガイストはどうやら機体の設計図的なデータがコクピットに記録されているらしい。普通は設計図があっても材料がなければ話にならないが、その穴を埋めるのがマテリウム結晶だ。


 原子変換技術なのか、それともマテリウムを別の性質を持った素材に変異させているのか、いやそもそも根本的にガイストそのものがマテリウムで出来ているのか――たかだか高校生に過ぎない自分には決して暴くことの出来ない真実ではあるが、ともかく結晶さえあれば3Dプリンターの如く破損、欠損した部分が再生される。


「トレース・オン……なんちて」


 実際にはコクピットのモニタには『Re-Materialize』という表示と、エネルギーの割り振りについての設定が表示されている。今回は作業が前提なので腕を再生しつつ、全再生にはエネルギーが足りないため構造を覆う装甲をトタン並に薄くする。


 存在しない筈のパイソンの右腕が光り、人間で言う骨、血管、筋肉といった腕を構成する機械部品が淡い光と共に組み上がっていく。装甲がペラペラなので左手より若干小さく見える右手が完成した。


 戦闘するには不安だが、作業するのに問題はない。

 パイソンの両腕はイメージ通りになめらかに動き、そして、ティーゲルの殆どぶら下がっているだけの腕を捥いだ。肩部装甲を強引に剥がし、胴体の引き抜けるパーツを大雑把に剥がし、邪魔な装甲を剥がしていく。


 血迷った訳でも八つ当たりでもない。

 秘密基地の計画を建てた際にきちんと考えた結果だ。

 やがて、これ以上破壊するとコクピットに害が及びそうなほどに質量が削がれたティーゲルのコクピットを抱え、パイソンは立ち上がる。


 向かう先は、パイソンを発見する道すがらで発見したとある山奥の建物だ。


 詳しいいきさつは分からないが、ぱっと見たイメージではバブル時代に調子に乗って作ったはいいものの交通の便が悪く管理も面倒なので放置された別荘に見える。今回、登場していたパイソンが索敵に優れていたためにたまたま発見できたが、周囲に木が生い茂ったせいで別荘に向かう道が猛烈に見づらい。


 今まで探索してきた生存者としての経験則から言うと、こういった建物は『ハズレ』だ。日常的に人が住んでいないので、まず間違いなく備蓄がない。道からの往復に無駄にも時間が無駄にかかるので、時間を無駄にしないためには市町村など纏まって建物がある場所を狙うのが定石である。


 つまり、この建物は基本的に誰も気付かれないし、気付いても来ない。

 秘密基地にはもってこいの場所だ。


 パイソン特有の柔軟さでコクピットを手に抱えたまま移動を続け、やっと辿り着く。

 建物は蔓草に覆われているが、グリーンカーテンだと思うことにしよう。


 一度ガイストを降り、侵入出来そうな場所を探る。

 民家なら玄関、裏口、駄目なら窓の順番だが、試しに窓をハンマーで叩いてみると強化ガラスなのか簡単に破れそうになかった。それに秘密基地にする以上は無駄に破壊したくない。かといって、幾ら荒廃した世界にいると言ってもピッキングなんて高度な真似は出来ない。


 懐に仕舞ったハンドガンに反射的に手が伸びる。

 ドラマの如く蝶番を吹き飛ばして侵入するか、という思いだ。

 しかし、銃撃訓練もしたことがない銃器で、しかもなけなしの弾を使って万一失敗したらと思うと気が引ける。随分前にイミテイターの遺体と共に落ちていたこのハンドガンは、こんな具合に一度も使ったことがない。そもそも未だに口径の合う弾も同型銃も見つからない。本当に最後の最後に縋るためのものだ。


 結局、トイレの窓をパイソンの指でぶち抜いて侵入した。

 水道が止まっている今、水洗トイレは何の役にも立たない。

 後でどうにか塞ごうと思いつつ、口元をスカーフで覆って別荘に侵入する。予想通り、長期間放置したことによって汚れが酷い。だが人が住めないほど劣化もしていない。玄関には向かわず、家の中で最も大きな大窓を中から開ける。


「サイズはギリギリ大丈夫……な筈だよな」


 指で枠を作って窓とティーゲルのコクピットを比べるが、自信がない。


 秘密基地計画は、この大窓の中にティーゲルのコクピットが入るかどうかに懸かっている。戦闘時並みの集中力で慎重にコクピットを大窓の中にねじ込んでいく。アニメのロボットが人体を模して五本指なのは合理性に欠けるという話を思い出したが、そんなことを言っていた輩には馬鹿野郎と言いたい。指が五本なければ数秒前にコクピットが窓枠を破壊して床のフローリングを抉っているところだ。


 緊張の余り汗ばみながら、なんとかティーゲルのコクピットを別荘内部に完全に収める。最後まで油断するなと自分に言い聞かせながらパイソンの手をゆっくり建物の外に取り出した。


「はっ……はっ……ふぅー……」


 緊張から解き放たれてコクピット内でぐったりする。

 しかし、ゆっくりしてはいられない。

 立ち上がってティーゲルに転送し、ティーゲル内部から町で回収した家電を取り出す。コンセント式の掃除機だ。ティーゲルのコクピット内部からコードを取り出してコンセントに近づけると、コードの先端が勝手に変形してコンセント挿入口と同じ形になる。


 コンセントを差し込み、掃除機を握り、スイッチを押し込む。

 すると、唸り声を上げて掃除機の先端が部屋の埃を吸い込みだした。


「よしよしよし!!」


 昔は面倒臭くてやりたくないと思っていた掃除機の喧しさが今は真逆だ。まるで一年前に戻ったような気分で、部屋の埃を吸い取る。家全体をやる暇はないので大窓から入れるリビングらしい場所だけではあるが、数十分かけて埃を吸い取り尽くした。


「こんな単純なこと、何でもっと早く気付けなかったんだよバカ!」


 秘密基地計画、それはコクピットのみになったガイストをエネルギー源として使うことで家電類を動かせるようにするという至極単純なものだった。


 今までそれをしなかった理由はいくつかある。


 まず、思いつかなかったという致命的なもの。

 次に、二機のガイストを同時に所持したことがなかったこと。

 他、ガイストから電源を引けることは知っていたが、日常的に家電を使う為には建物の外に巨大なガイストを放置しなければいけないので目立ってしょうがないこと。


 しかし、コクピットだけになったガイストであればギリギリのサイズだが建物内に直接置けるし、外から見て目立つという欠点も発生しない。しかもガイストがあれば家電をターミネイターに悟られず動かすことが出来る。


 掃除を終え、高揚した気分のまま町に移動して使える家電、資材、食料を思いつく限りパイソンに量子格納して持ち帰り、ティーゲルのコクピットに転送し、ティーゲル内部から他の家電を取り出してティーゲルのコードと繋げていく。

 家電達を丁度いい場所に移動させながら、口元をにやけさせる。


「家賃ゼロ、光熱費ゼロ、元手ゼロ!! 今日からここが俺の家だ!」


 一通り作業を終えて疲労したため、町で頂いてきた折りたたみベッドを取り出して横になる。普段愛用する寝袋とも、ガイストのコクピットとも違う寝心地、微かに軋む音、布の香り。残念な事にガイストの方が寝心地がいいことに気付いてショックを受けたが、それでも気楽に寝転がれるベッドの存在にどうしようもなく惹かれてしまう。


 終末によって失った筈のものを、ほんの少しだけ取り戻せた。

 その事実を噛み締めていると、喉の奥が熱くなり、涙が零れた。

 懐かしいから泣いてるのか、嬉しいから泣いているのか、それとも――もう戻ってこないことを知っているから泣いているのか、自分では判別がつかない。


 暫く寝転がっているとお腹が減っている事に気付き、食事の準備にケトルでお湯を用意する。贅沢な使い方だが、別荘の近くに小川があるので水は暫く気にしなくていい。


 とっくに賞味期限が切れた避難食のライスと味噌汁、サバ缶を用意し、テーブルに並べて食べる。きっと一年前なら不味いと言い切ったり、魚は嫌いだと言ったり、パンでいいじゃないかと文句を言っていた味。


 それが、どうしようもなく体に染みる。

 久々の味噌汁は、しょっぱいのに美味しかった。


 一通り泣くと、すこし気分がすっきりした。

 ただ、今日ここで流した涙は日記には書かないでおく。


 だって、いつか誰かがこの日記を見たときにそんなことを書いてあったら、格好悪いじゃないか。

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