七月十九日 Another ジャイアントキル
ターミネイターは、幸いにしてあの映画に出てくるアレほど強くしつこくはない。
数十体の集団でうろうろしていることもあれば、全く統率される様子もなくうろついていることもある。
まるでゾンビのようだと思ったことがあるが、すぐに考えるのをやめた。もしもターミネイターの正体が改造された地球人だったら、などと縁起も胸糞も悪いことを想像してしまったからだ。どうせ正体の手がかりもないのだから、考えるのは辞めた。
奴らの正体は、考える余裕のある人が考えれば良い。
この世の中に存在するターミネイターの殆どが人間より少々大きい程度だ。たまに4メートル級や10メートル級もいて生身で出くわすと絶望を味わう羽目に陥るが、慎重に行動すればそう簡単には見つからない。
問題は、それに慣れるまでに死ぬこと。
慣れた頃に油断して死ぬこと。
歩兵用武器を手に入れて調子に乗り、自ら戦いを挑んで死ぬこと。
そうした過ちを犯して死んだ、ないし死んだと思しき遺体を今まで何度も見てきた。そのたびに胸の奥が締め付けられるような痛みに苛まれ、血の気が引き、自分はあんな無惨な死に方はしたくないと思ってきた。
誰の手も借りずに一人で今日まで生き延びて来れたのは奇蹟だ。
それは謙遜でも何でもない。
何度だって飢死しかけたくせに虫を食べるのに抵抗がなくなるまで三ヶ月かかった。索敵時は小学生の横断歩道での左右確認くらい念入りに確認しろと何度も自分に言い聞かせたのに、確認が甘くてターミネイターに撃ち殺されそうになった事も何度もあった。パニックに陥ってガイストを所有しているのにワープし忘れて小一時間逃げ惑った挙げ句にやっと気づき、八つ当たり気味に周囲のターミネイターを殲滅し、無駄弾を使い過ぎて後で苦しむ羽目に陥ったこともあった。
「レーダーに反応無し。目視かくにーーーん……ヨシッ」
まだ文明があった頃にネットで流行った謎の猫の真似をしてびしっと指を差してみる。あれはなんという猫だったか思い出せない。ネットが破壊された為に調べることも出来ない。
「電力供給が停止して充電の見込みがないスマホを二週間も後生大事に持っていた俺が通りますよーっと」
不思議な事に、スマホの充電も家電量販店の充電バッテリーも、電池までもが終末世界では完全に放電されて動かなくなっていた。自家発電機は燃料があれば動くので電気自体がどうにかなった訳ではないのだろうが、ここで困ったことが一つ。
原理は全く不明だが、電化製品を動かすとターミネイター共が寄ってくるのだ。
発電機を用いて快適なアジトを作る計画がぶち壊されたのは、今も忘れられない苦い思い出だ。ただ、ガイストを通して電化製品を起動させると何故か問題は起きない。もしかしたらガイストのエネルギーは電気と互換性があるのかもしれない。
「それにしても、この辺は随分破壊が進んでるな。誰かがドンパチをしたせいか……?」
『ティーゲル』を操り町を移動しながら、首をかしげる。
この終末世界では食糧は廃墟を漁って得るかサバイバルが基本になるが、やはり人間出来るだけ楽して美味しいものが食べたいので、村や町があると食料を漁るのが基本だ。しかし、世界が滅んだ後の世界では何故か時間以上に物が劣化しており、保存の利く食べ物も時間が経つにつれて失われていく一方だ。
しかも生存者は当然保存食を根こそぎコンビニやスーパーなどから持って行くため、自分のようなうだつの上がらない生存者は民家からせこせこ窃盗を働く他に生きる道がない。
廃墟から資源を得る以上、破壊された町では得られるものも少なくなる。
「生存者……ねぇ……」
生存者と呼ばれる人の数は、極端に少ない。
日本の総人口約一億に対して、不自然すぎる程に。
そして生存者の誰も、残りの人間がどうなったか知らない。
「俺が寝てる間に地球脱出船で逃げましたって方がまだ夢があるな」
瓦礫を避けながら、相も変わらず独り言を漏らす。
ティーゲルの足が瓦礫を蹴って喧しい音を立てた。
「こういうとこだと『ハウンド』の方が移動が楽なんだけどなぁ」
無い物ねだりと分かっていても、ついつ考えてしまう。
『ハウンド』は四足歩行を前提にしているために、歩行時の設置面が小さく細かな障害物を避けやすい。歩行速度、効率、快適性という点では『ティーゲル』は『ハウンド』に遠く及ばない。かといって『ハウンド』には『ティーゲル』ほどのパワーと装甲はない。
このジレンマから解放される為には、Cランクより上のキーグローブを発見して、より高度なガイストに乗り換えるしかない。
暫く進むと、薙ぎ倒されたビルが道を塞いでいた。
このような廃墟は最悪だ。崩落してるから内部調査で実りがないし、邪魔だし、無事な建物まで衝撃でたたき壊したり塵と破片塗れにしていることがある。少し腹が立ち、『ティーゲル』を跳躍させる。
脚部が駆動音を上げて人間のようにバネをきかせた跳躍を見せ、同時に脚部、腰部、背部に細かく設置されたスラスタが推進力を噴出させて姿勢を補助する。『ティーゲル』はそのまま横倒しのビルの上に着地した。
ガイスト全般には何か重力を制御する装置が搭載されているらしく、歩くだけで道路が砕け地面が陥没するようなことはない。なのでビルはこの程度で崩れ落ちたりしない。イライラした子供が道端の石を蹴飛ばすように、踏んづけてみたくなったのだ。
しかし、直後異変が起きた。
「なんだ、揺れが……地震? 違う、ビルの下に動体反応だとッ!?」
レーダーがけたたましい音を立てて敵の位置とサイズを知らせる。
しかし、サイズなど想定するまでもなく、ビルを揺らす程の重量だということは確定だ。まさかこんな場所にレーダーに映らない形で休止している敵がいるとは想像だにしなかった。感情にまかせて行動するといつも後悔する、と肩を落とす。
運が悪いとは言え、これは避けられた筈の戦いだった。
それ以上の悔恨は後に回して機体出力をムーヴからコンバットに切り替え、大地を蹴ってビルから飛び降りる。
直後、轟音を立ててビルの中腹をへし折り、30メートルを超える巨体がのそりと大地に影を落とす。
ターミネイターの中でも滅多にお目にかかれる存在ではなく、しかもガイストをも破壊する火力を有し、生身では逃げる事さえ叶わない。見つけたら絶対に近寄ってはならない敵性存在。
「ツチグモ……!!」
長大な四本の足を動かしてゆっくりと立ち上がる巨体に、体が竦む。
無数の瞳のようなレンズが妖しい輝きを放ち『ティーゲル』を見下ろす様は、捕食者が餌を見つけたそれを連想させる。
ツチグモと仮称しているそれは、四本足の蜘蛛のような形状をしている。
最大の特徴は蜘蛛に似た敏捷性を持つにも拘わらず、装甲が堅牢であることだ。全高の殆どは脚部であり、四本の足が中心のユニットを支えるような形になっている。
ツチグモの瞳が一際強く輝き、同時に高エネルギー反応の警告が出る。
「まずっ、死ぬッ!!」
はっと我に返り、全てのスラスターとブースターを全開にしてその場から退避すると同時に、先ほどまでいた場所に計八発の目も眩むレーザーが直撃して大地が瞬時に融解した。
更にツチグモの四本足が支える中心ユニットの側面装甲が開き、内部から小型ミサイルが姿を見せた。これは避けられないと悟り、少しでも命中精度を下げる為になるだけ高い建物を遮蔽物に利用して必死に逃げる。
移動した側から至近距離にミサイルの絨毯爆撃とレーザーが至近距離に飛来。
爆風が機体を強かに揺るがすのを、歯を食いしばって耐える。
これこそがツチグモというターミネイターの厄介さだ。
たんまり積載された小型ミサイル、どんな障害物をも貫くレーザー、そして四本の足は敏捷で迂闊に接近すれば格闘戦で叩き潰される。移動速度も速く、空中の敵への備えも十分。弱点がない訳ではないが、かなり珍しい装備が必要になる。
だが、以前の『グレイホーク』との戦いとは違い、こちらには武器がある。
それにツチグモとの交戦経験は数度あり、弱点も知っている。
「見てろよ、こいつ……!!」
武装のバズーカは厳密には四連リボルバー式の無誘導のロケットランチャーであり、携行兵器として使うほか、背部のハードポイントに装着して発砲することも出来る。発射機構が上を向くよう設定してバズーカを『ティーゲル』に装着させ、舌なめずりする。
動きの鈍い機体を操り、敵の位置、距離、地形データをそれぞれ照らし合わせながら、『ティーゲル』を少しでも有利な場所に誘導し、勝負に出る。
ガイストの出力調整には休止状態であるスリープ、移動や作業に合わせたムーヴ、そして戦闘状態であるコンバットがある。普段はその三つしか使わないが、実際には出力設定はもう一つある。
機体の負荷ををある程度度外視した瞬間的な出力上昇――オーバーモードを発動させる。
「一瞬で決めてやるよッ!!」
『ティーゲル』の全身が咆哮のような唸り声を上げ、機体の全冷却装置がフル回転を始める。ツチグモの猛攻の一瞬の隙を突いて開けた場所に躍り出た『ティーゲル』が陸上選手のようなクラウチングポーズを決め、そして、解き放たれた矢の如く加速した。
「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」
先ほどまでとは比べものにならない推進力が機体背部のブースターから吐き出され、『ティーゲル』が凄まじい速度でツチグモに迫る。『ティーゲル』は空戦能力は皆無だが、代わりに真正面の敵に突っ込む為のブースターがある。これとオーバーモードを組み合わせて使うことで、『ティーゲル』はほんの十数秒だけB級ガイストに匹敵する戦闘能力を得る。
ツチグモは接近を許すまいとミサイルを放ってくる。それに対し、『ティーゲル』は両腕とナックラーをシールド代わりにガードを固め、前傾姿勢で突っ込んだ。まるでボクサーが敵の懐に飛び込むような姿勢だ。
数発のミサイルが着弾し、至近距離での爆発も起きるが、『ティーゲル』の速度が幸いして大半の攻撃を掻い潜り、残りも装甲で耐えることが出来た。
ツチグモが焦るように四本足のうちの二本を振り翳す。
ここがツチグモ攻略の最大のポイントだ。
集中力が極限まで研ぎ澄まされ、僅かな時間が引き延されていく。
駆動する機体、上下するシリンダー、重心の傾きとそれを修正するオートバランサーの微かな動き、その全てを観察する。
これは集中力が凄まじいのではなく、いわゆる『ゾーン』のような精神状態をガイストが無理矢理呼び覚ましているのだ。意識と機体が直結した万マシーンインターフェイスならではの機能だろう。
ギリギリまで引きつけた末、右の足の方が速く振り下ろされると悟り、機体の右足で地面を擦って機体を急転回させる。直後、機体すれすれを巨大な足が通り抜け、大地を蹴り砕いた。
「さぁ、土手っ腹に風穴開けてくたばりな!!」
足を躱した『ティーゲル』が入ったのはツチグモの真下。
そして『ティーゲル』の背中には砲身が上を向いたバズーカがある。
地面に足を突き立てて無理矢理速度を殺すと同時に、トリガー。
背部ハードポイントに装着されたバズーカに信号が走り、真上に向けて四連発の火球が撃ち上げられる。白熱した炎を推進力に獲物を求めて殺到した四つの炸薬は、ツチグモの構造上最も脆い四本足の接合部分に直撃した。
ツチグモの中心ユニットが震え、誘爆し、足諸共がたがたと振動したのち、爆散。
怪獣が悲鳴を上げるかのような音を立て、自重を支えられず全身が崩れていく。
残骸を避けて跳躍し、オーバーモード解除につき冷却の煙をもうもうと立ち上らせる『ティーゲル』の姿は雄々しかった。
「おっしゃあああああ!! ナイス!! ナイス俺!! 今のは格好良かった!!」
作戦が完全に想定通りに上手くいったことに舞い上がり、コクピット内でガッツポーズを決める。
しかし、余韻が冷めてみると、自分は余計な事をして眠れる獅子を起こしたという純然たる事実が立ちはだかり、改めて浅はかな行動を控えようと反省せざるを得ないのであった。
この世界では、格好つけたがりは早死にする。