十月七日 Another カジョウカリョク
十月七日 Another
集音マイクが拾ったのは、轟音と怪物の唸り声だった。
怪物――そう、怪物としか言いようのない、野生動物や人間ではあり得ないものだった。
全身の血液が逆流するような悪寒。
まだ見ぬ超大型ターミネイターを否応なく連想させた。
「どうする……どうする……」
何度も自問する。
迂闊に近づけばやぶ蛇で自分の命が危ないが、この世界に於いてそれ以上に危ないのが『知らない』ことを放置することだ。知らなかった、想定していなかった、忘れていた――そんな日常ではありふれている筈の些細なミスが死に直結するこの世界において、ただ単に危険から遠ざかり続けることは必ずしも正解ではない。
考えた末、グレイホークの高度を下げて木々の隙間になんとか隠し、単身外に出る。
ガイストで直接偵察すれば否応なしに戦闘になる可能性があるが、生身であれば危機が迫った瞬間にパイロット転送でグレイホークに戻ることが出来る。最低限の荷物と護身用に一発も撃ったことのないお守りの拳銃を携え、グレイホークが拾ったデータを手がかりに音の場所へ向かう。
ガイストならあっという間の距離も、生身では三時間もかかった。
こういうとき、切実に自転車やバイクのような文明の利器が欲しい。
移動する間にも怪獣の唸り声は消えず、逆にもうもうと立ち上る白い煙のようなものが見えた。
ある程度近づくと、ガイストが数機いるのが見えた。
幸いこちらにはまだ気付いていないようだ。
いくらガイストのセンサでも生身の人間を探すには操縦者がそのように設定する必要があるし、感知範囲も広くない。とはいえ視界に映って気付かれる可能性もあるので、草むらや木々を利用してギリギリまで近づく。
(このガイストたち、戦闘もしてなけりゃ動く素振りもないな。見張りか?)
見た感じ、数は十機以上。
統一感のない機種と武器の割に等間隔を保って警戒している辺り、ヤエヤマ解放戦線と思われる。多数のガイストは小さな盆地状の地形を囲うように配置されていた。
これ以上はリスクが高いと感じ、手軽な木を登って双眼鏡で先の様子を窺う。
「――」
絶句。
目の前の余りにも現実感のない光景に、しばし言葉どころか思考すらままならなかった。
ぱき、と、踏みしめていた足が小枝を折った音で漸く思考能力を取り戻した俺は、周囲を確認して誰にも補足されていないのを確認するとすぐにもう一度『それ』を見た。
それは、地上の戦艦だった。
そう、正しく戦艦だ。地面に接触する底部の形は海に浮かぶ船のそれに似ており、上部の平らになったスペースに数多の武装らしいものが装備されている。対空、対地どちらも対応出来そうな無数の機銃――ガイストのアサルトライフルを改造したものにも見える――に、無数の光学兵器と思しき装置。ミサイルやフレアチャフが発射出来そうなコンテナもあちこちにあり、戦艦大和よろしく主砲と思しきものもある。
(あの形状、まるでガイスト用の荷電粒子砲をそのままデカくしたみたいな……)
ガイスト用の装備として荷電粒子砲を見たことがあるが、発射口や銃口がよく似ている。本物の荷電粒子砲はあんなに巨大ではなかったが、それでもガイストが取り回すには余りにも不便な程度には大型だったことを覚えている。
代わりに威力はお墨付きで、ガイスト相手には過剰なまでの火力があった。
欠点はチャージ時間の長さと、過剰火力で余りにも目立つこと。
しかし、戦艦に括り付ければ確かにガイストが持ち歩くより実用的かも知れない。
問題は、あの地上戦艦をヤエヤマ解放戦線所属と思われるガイストが護衛していることである。
ということは、あれはヤエヤマの所有する兵器ということになる。
そんな馬鹿な、この終末世界であんな巨大な兵器を作り上げる技術力も資源も人類にはない筈だ。そもそも戦艦が海沿いでもない盆地にぽつんとあるのもおかしい。あんな巨大な物体を――そう考えたところで、脳裏にあるものが過った。
(スーパーホエール……あれ、倒したあとに運び出されてたよな)
嘗てヤエヤマに捕縛させられた時に、超大型ターミネイター『スーパーホエール』の拿捕を手伝う代わりに解放されたあの一件を思い出す。戦艦のサイズは丁度あのスーパーホエールを半分に切って上に手を加えたような形状に見える。
船にやたら装備された光学兵器も、あのスーパーホエールのそれと位置や規格が似ていた。
(いやいやおかしいだろ。スーパーホエールを改造した? いったいどうやって? そもそもあれは座礁したんだ。地上では動けない筈。こんなもの作っても時間の無駄な筈――)
思考は、鋼鉄の獣の咆哮に遮られる。
スーパーホエールが後部から水蒸気のような白い煙を発し、軋むような轟音を上げたのである。同時に耳を劈く様な甲高い異音が響き、キーグローブの保護機能が音を弱めた。それをしなかったら鼓膜がいかれていたかもしれないと思うほどの音だ。
戦艦の下部がぐにゃりと陽炎のように歪んだかと思うと、信じられないことに巨体が前進を始める。足も車輪も推進装置も見当たらないのに、それは大地を押しのけ、障害物を破砕して前方に推進していた。推進速度は次第に上がっていき、一際大きな唸り声が上がった。
余りの巨体故にゆっくりに見えるが、咄嗟に目をこらして移動距離と時間を簡単に計算すると平均的なガイストの全力疾走よりスピードが出ている。
移動を開始したと同時、ガイストたちが一斉にスラスターを吹かして戦艦の甲板に移動し着艦する。
スペース的にギリギリだが全機が甲板に乗ると、戦艦はそのまま邁進を続ける。
向かう先に、それなりの規模のターミネイターの拠点があった。
心臓の音がうるさい。
息を整え、すぐにパイロット転送でグレイホークに戻るとそのまま戦艦の移動先へと先回りする。
戦艦の索敵能力を警戒して過剰に距離を取りながらグレイホークが望遠レンズで捉えた光景――それは、想像を絶するほどの破壊だった。
ターミネイターの基地は大規模なもので、中型から大型まで様々な敵性体が存在していた。
それを戦艦は機銃、光学兵器、ミサイルで次々に薙ぎ払っていく。
空を埋め尽くす赤い弾丸、ミサイル、砲弾の雨が降り注ぎ、着弾と同時に爆煙、粉塵、破壊されたターミネイター達の破片を天高く舞い上げる。巻き上げた粉塵さえも貫いて次々に着弾する弾が大地をビスケットのように破砕する。
圧倒的。
圧倒的な火力だった。
一体ガイストを何機かき集めればあれほどの破壊が行えるのかと考えるのも馬鹿らしくなる弾幕は、敵に接近を許さず蹂躙していく。
大型ターミネイターが抵抗するようにミサイルと大型レーザーを放つが、戦艦の周囲が半円状に歪むとレーザーは逸れ、ミサイルは歪みに阻まれて虚空で爆散していく。
咄嗟にあのガイスト――セラフィムの空間歪曲を思い出すが、ガイストの分析機能はあれを音波によって形成された障壁であると分析した。ただ、その強度はガイストが単独で突破することが困難なものらしい。地面を滑るように移動しているのも戦艦底部の特殊な震動推進機構のようだ。
最後に、主砲と思しき荷電粒子砲が光る。
もはやターミネイターに戦力は残っていないのに敢えて主砲を用いる理由は、恐らくは試射。
莫大なエネルギーが砲身内から溢れ出し、発射された。
閃光。直後、大爆発。
目の前に、SF映画やゲームでしか見たことのない巨大過ぎる爆炎が立ち上っていた。
充分離れていたにも拘わらず、爆風でグレイホークが大きくバランスを崩す。
町一つを消し飛ばすほどの破壊力というのは決して言い過ぎではなく、ターミネイターの大型拠点はもはや原形を留めずクレーターと化していた。
爆風の余りに周辺の木々や土砂が巻き上げられ、爆心地はガラス化して煌々とした光を未だに放っている。もしこれがシャングリアの精鋭だったとしても、砲撃が近くを通り抜けた余波でガイストの部隊は砕け散るだろう。
この終末世界に人間の業の結晶、『戦争』が新たな産声を上げた瞬間に思えた。
怖くなって、逃げ出した。
幸いレーダー設備はそれほど優れていなかったのか、それもと敢えて情報を漏らすために見逃されたのか、どちらにせよ追跡はなかった。あれに狙われて、しかも随伴のガイストが10機もいるのでは絶対に生きて帰れなかっただろう。
逃げて逃げて、砲撃による爆煙が果てしなく遠くに見える場所まで逃げて、そこでグレイホークの身を物陰に隠して休止状態にした。知らず、口から荒い息が漏れていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ――!」
考えてしまった。
あれは、ターミネイトDと戦うためのものではないだろう。
当然、単純にターミネイターを殲滅するにも過剰な火力だ。
では一体何と戦う為にヤエヤマはあれを用意したのか?
シャングリラだ。
シャングリラと全面戦争して敵を皆殺しにする為に作った決戦兵器としか考えられない。
そして、ヤエヤマには何らかの方法で鹵獲した超大型ターミネイターを元に改造し、自ら使える兵器にする技術がある。でなければあんなものを用意出来ると思えない。
「正気かよ……」
来年からシャングリアとヤエヤマの戦争が激化すると予想していたが、訂正する。
来年は、恐らく全面戦争になる。
無性に胸がつまり、涙が出てきて乱雑に拭った。
こんな世界になって、せっかく生き残って、もしかしたら棲み分けや話し合いも出来るかもしれないのに――。
「なんで戦争なんだよ! そんなに殺し合わなきゃいけないことか? おかしいだろ……」
この世界は、他ならぬ人間の手で最後のとどめを刺されるのかもしれない。
嵐の気配。
でも今回はここまで。




