九月三十日 Another ジェミニ・後編
ガイストと昆虫を混ぜたような、硬質的でありながら有機的な肢体。
戦闘意欲に満ちた、闘争を求める意思が生み出すカタチ。
血管のように真っ赤な筋を光らせた二つの怪物は、同時にその場を駆け出した。
一体はヤエヤマ解放戦線へ、もう一体はシャングリアへと。
俺は咄嗟にヤエヤマ解放戦線へ向かったシャングリアにアサルトライフルを発射した。全機が空戦機のシャングリアよりヤエヤマ解放戦線の方が危ういと感じたからだ。撃ったあとになって「今のうちに逃げれば良かった」と少しだけ後悔したが、幸いにして横合いからの射撃を受けたターミネイトD――右から出たのでライトD、もう片方はレフトDと呼ぼう――は姿勢を僅かに崩し、それがヤエヤマ解放戦線の遅れを取り戻した。
『か、各員一斉放火! 黒い人型を近づけるな!!』
彼らの火器が一斉に火を吹いてライトDを襲う。
ライトDは最初こそ凄まじい速度の疾走で掻い潜っていたが、ヤエヤマのうちの一機がショットガンを取りだして連続発砲したことで躱しきれずに吹き飛ばされる。
一方、シャングリアの方はヤエヤマより速く迎撃に移る。
『シャイタンめ、神の意を汲む我らの前に滅べ! トリカゴの陣!』
複数機の数の利と空戦能力を活かして円を描きながら砲撃を加えていく。
この上なくわかりやすい包囲、殲滅方法だ。
だが、俺は知っている。
そう簡単に終わる相手なら、俺自身がDを警戒しないということを。
「気をつけろ! こいつらは戦闘中に学習して自分の姿を変える!!」
『援護射撃は感謝するが、ヤエヤマの勇士を低く見積もるな!』
『邪悪はどのような形であれ滅ぼす!!』
「そう願いたいが、変化はもう始まってるぞ!!」
ライトDとレフトDに同時に異変が起きる。
紫電を纏った二機は共鳴するように戦場への対応を始めた。
ライトDの腕が割れて四つになり、前方二つが巨大でフレキシブルな盾に、後方二つがバレルの短い大型の可動砲台と化す。
一方のレフトDは背部に異変が起こり、めきめきと音を立ててグレイホークのそれに酷似した翼が生まれる。グレイホークのそれより推進部分もパーツも多い。
ライトDの目がぎょろりと光り、直後、足場が弾け飛ぶ程の速度で盾を構えて猛然と突進を始めた。俺も援護射撃をするが、ライトDは盾だけではなく装甲そのものも強化されているのか、下手な射撃では表面を傷つけるだけで終わってしまう。直線の加速力も相まって弾幕で足を止められない。
『なんてやつだ! 散開して背後を突け!!』
『『『イエス、サー!!』』』
ヤエヤマが隊列を崩して散開するが、その瞬間にライトDの後腕の砲台がそれぞれバラバラに散開したヤエヤマのガイストを向いて高出力のエネルギー弾を次々に発射する。予想外の攻撃に面食らったヤエヤマの一機、パイソンがバランスを崩した。
『な、嘘だろ――うわぁぁぁぁぁッ!!』
『シムラ!? 脱出しろシムラ!!』
エネルギー弾が一発、二発と連続で命中してあっという間に装甲がひしゃげたパイソンは、続くエネルギー弾の連射をまともに浴びてバラバラに吹き飛ばされた。断末魔は途中で雑音に変わり、パイロットの生命反応が途絶えた。通信から別のパイロットの悲痛な叫びが響く。
一撃の威力がありながら連射も可能。
数を打てば当たるというヤエヤマのやり方を応用したのだろうが、厄介極まりない。
一方のシャングリアは、突如として黒いエネルギーを推進剤として噴射したレフトDの加速に対応しきれない。機敏かつ迅速にミサイルを躱したレフトDは腕部を先端の鋭利な大型ブレードへと変化させ、必死に弾幕を張っていたグレイホーク一機の腹部を貫いた。
コクピットを串刺しだ。
パイロットは悲鳴の一つもあげられなかっただろう。
レフトDはそのまま刃を収縮させて即座にグレイホークから剣を抜くと、操縦者を失ったグレイホークが力なく地面に落下して土砂を巻き上げる。レフトDは次の獲物を探すように加速すると、空中をジグザグに加速してシャングリアの陣形を滅茶苦茶にしていく。
『馬鹿な、ミヤサカ!! このようなところで!?』
『なんという速さだ! それに……こいつ、我々の装備を知っていて剣を使っているのか!?』
「なにしてるんだお前ら! シールドか実体の近接武器を使って凌げ! あの速度じゃ銃は役に立たん!」
『……』
シャングリアは返答をせず、実体の近接武器も使わないままレフトDに翻弄される。一瞬何をしているのかと怒りが湧いたが、やがて不自然な対応と返答がないことの意味を考えて一つの推論が浮かぶ。
(こいつら、そうか……碌な近接装備を持っていないのか!? だから『装備を知っていて剣を使っているのか』なんて言ってたんだ!)
シャングリアの戦闘は数えるほどしか見たことがないが、今まで見た限り纏まった数の部隊は全て機種も装備も統一されていた。必ず空戦機で、一方的に有利な場所から砲撃して殲滅するスタイルだ。そのような戦略を取れば、接近装備は無用の長物になる。
今回、それがレフトDに弱点を突かれる原因になったのだろう。
ヤエヤマ解放戦線は地上戦機故にライトDのシンプルに手強い攻撃に柔軟に対応出来ない。
シャングリアは装備の脆弱性を的確に突いてきたレフトD相手に有効打がない。
だったら、チェンジだ。
「ヤエヤマ、シャングリア両組織に提案がある。一方的に喋るから聞き終わったら返事をしてくれ」
後になって思えば、俺は意地を張っていたのだろう。
二体のターミネイトDは俺を優先ターゲットにしていなかったのだから、逃げればよかっただけだ。
それでもその提案をしたのは、人類がこんな時まで足を引っ張り合うほど愚かで救いようのない存在だと思いたくなかったからなのかもしれない。
俺の提案に、双方から返答があった。
『信用できん!! 宗教屋共が肝心なときに裏切るに決まってる!!』
『我々からすればメレッドもシャイタンも等しく敵だと言った筈だ!!』
予想通りの、がっかりする回答だった。
俺は衝動的にそのまま「じゃあな」と逃げたくなった。
しかし、意地になっていた俺は不思議と悪知恵が働いた。
「考え方を変えるんだ。自分が相手にしたくない敵を別の敵に押しつけ、よりリスクの低い敵を相手にするんだ。あんたらが損する要素はどこにある? 仮に片方が裏切ったとして、残った方が二体のDを相手にするんだからどっちにしろ全滅だぞ?」
『しかし……』
『だが……』
「ああもう、じれったいな! お前ら組織の人間だったら生きて帰って仲間にDの情報を伝える義務がある筈だろ!! 仲間を助けるのか、助けないのか!! どっちだ!?」
『……ヤエヤマ解放戦線は、仲間を見捨てない!!』
『我々はまだ殉教するには十分な敵を倒してない……いいだろう。ただしこれは我々が自主的に決めただけのことだ!!』
「それでいい。じゃあ始めるか!! 全機、着いてこい!!」
俺、シャングリア、ヤエヤマ解放戦線の勢力がDたちに弾幕を張りながら一カ所に集まる。
ライトDとレフトDは一瞬止まった。バラバラに行動していたライトとレフトはターゲットが被ったことで判断を変える必要が出来たのだろう。この後の二機の動き次第でこちらも対応を変える必要がある。
二機のDは、砲撃可能なライトDが砲台を増設して援護射撃を加え、レフトDが先に突っ込むという戦法に変えたようだ。ライトDの砲撃が降り注ぎ、レフトDが両手を大きな刃に変形させてジグザグの高速移動をしながら迫る。
「ミサイル撃ち方はじめ!!」
号令とともに、ヤエヤマ、シャングリア、俺の全員のミサイルが火を吹いた。
全てのミサイルは迫るレフトDとその奥から砲撃を加えるライトDに向けて飛来していく。レフトDは幾度も推進力を噴射して回避するが、ライトDは砲撃に徹していたことと装備の重さが災いし、ミサイルを盾でまともに受けて防ぐ羽目に陥った。そしてこの瞬間、ライトDの砲撃が止まった。
更に、広範囲にばら撒かれたミサイルには意図的に回避が容易なポイントを定めており、レフトDはまんまとその隙間に入りこむ。
「今だ、一斉射!!」
全機の重火器が一斉に火を吹き、外から内へ閉じるようにレフトDに砲撃を収束させていく。今までは包囲陣系を組むシャングリアを機動力で乱していたレフトDだが、密集陣形からの一斉射撃では回避しきれない。
やがて機動力に力を回していたのが災いし、レフトDの翼部に被弾。
空力バランスを崩したレフトDが慌てて大地に着地する。
その瞬間を――ヤエヤマ解放戦線の機体の一機、ティーゲル-AAは見逃さなかった。
砲撃前に増設ブースターを展開し、腕に無骨なパイルスマッシャーを装備したティーゲルは、ブースターの推進力を爆発させて一瞬のうちに加速し、地に足をついたレフトD目がけて腕を振りかぶる。
『ぶち抜けぇぇぇーーーッッ!!』
気合一撃。
咆哮と共に放ったパイルスマッシャー先端の杭部分がレフトDに突き刺さり、続く炸薬の爆発によって杭から内部を破壊する衝撃が叩き込まれる。凄まじい衝撃に大地が震え、攻撃を放ったティーゲル自身も機体が震える。レフトDは機動力重視で装甲が薄かったのか、内部破壊の修復が間に合っていない。
その瞬間、ヤエヤマ解放戦線はレフトDへ近接装備を持って殺到し、シャングリアは後方で怯んでいるライトDへと群がるように迫った。
『全機、カシマの突撃に続けッ!! 二度と飛ばせるなッ!!』
『全機、盾のシャイタンを仕留めにかかれ!!』
作戦は至ってシンプル。
レフトDを地上に引きずり下ろしてヤエヤマが片付け、地上で多数の機体を相手にすることに特化したライトDはシャングリアに任せる。変幻自在の軌道を見せるレフトDをどうやって地上に引きずり下ろすかだけが大きな問題だったが、やはり戦いは数だ。
レフトDはパイルスマッシャーの一撃で動けない隙に他の機体に袋叩きにされ、翼をもがれる。
ライトDも砲撃と盾で凌ごうとするが、シャングリアの縦横無尽な角度からの砲撃に対応が間に合わず、やがてミサイルの衝撃でシールドを支える腕部が破壊されたのをきっかけに降り注ぐ弾丸の嵐に飲み込まれていった。
俺はというと、ライトDの方が時間がかかりそうだったのでそちらの援護射撃に参加した。
「徹底的に壊すんだ! ターミネイトDは生命力が半端じゃない! 半壊程度じゃ止まらず自己再生するし、取りつかれると機体のエネルギーを吸い取られるし、両断されれば分裂もする! 反応が完全に消えるまで油断するな!」
俺の言葉にヤエヤマの指揮官が呆れの声をあげる。
『なんだそりゃ!! 何でもアリかよ!!』
「だからオベリスクを壊せって言ったんだよ! 寄せ集まって塔を形成してる間に片した方がよっぽど安全だ!」
『……仲間を一人失った今となっちゃ、言い返せないか』
やがて、ライトDもレフトDも完膚なきにまで破壊されてエネルギー反応が消失した。
その頃には、ヤエヤマもシャングリアも機体のエネルギーと弾薬を消耗して、もう戦いの雰囲気ではなかった。俺は念のため、二勢力に語りかける。
「Dの情報をお前らの上司に伝えるのを優先すべきだ。あいつは戦いの中で進化していく。もし奴らを早期に倒し損ねて手に負えない強さになったら人類全体が危ない。この情報は共有すべきだろ?」
『……』
『……』
互いに素直に引く気はないという態度の両勢力だったが、それはあくまで面子の問題だったようだ。
『……帰投する。仲間の死と引き換えに得られた情報を共有しなければならん』
『戦いで弾薬を消耗した。補給の為に戦略的撤退だ』
幸い、俺を攻撃することもなく二勢力はそれぞれの帰路に就く。
直接的な言葉はなかったが、両勢力がこれ以上の戦いを望まなかったのは確かだ。
その選択にこそ価値があると俺は思う。
戦わないという選択肢を人類が選べることには、価値がある。
この世界はあらゆる不幸と災厄がぶちまけられた世界だ。
だが、パンドラの箱には希望が残った。
俺は自分が希望を見たいから、希望を信じたいだけだ。




