表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロボと日記と終末世界  作者: 空戦型


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/36

九月十三~十五日 Another・S

 九月十三日 スズハラの個人的記録



 この世の中にはまだとんでもない馬鹿が潜んでいる。

 そのことを、自分は痛感させられたものである。


 本日、警戒網に一機のガイストが引っかかった。

 我らA-5部隊の警戒地域にガイストが入りこむのは珍しくないが、忌々しいシャングリアの尖兵ならざる者の来訪は珍しい。この終末世界の生存者たちが二極化する環境でまだ単独で動き回る根無し草がいたことに呆れる。


 ただ、流石に今の今まで生き残ってきただけあって、無駄に暴れず即座に降伏したのは賢い判断だった。我々もあの宗教屋共とは違う。話の分かる相手であれば、勧誘なりなんなりする用意はある。


 ただ、解放戦線にも建前がある。

 シャングリアの一部の賢しい人間がスパイを送り込んだ可能性もなくはないので、しっかり尋問はした。経典など隠し持っていようものなら一発で牢屋行きだったのだが、この男、もっととんでもないものを隠し持っていた。


 東京タワーの土産品である。


 聞けば、東京に直に向かって取ってきたと抜かす。

 我ら部隊、一同唖然である。

 思わず「今の東京に行ったのか」と問えば、「二度目は行きたくない」と苦い思い出のように返してきた。まさか知らず飛び込んで生きて帰ってくるとは、凄まじい強運の持ち主である。


 東京は嘗ての日本の首都、日本の象徴として真っ先にヤエヤマ解放戦線が解放しようとした地域だ。より正確には、その頃は解放戦線とすら呼べない愚連隊であったと聞いている。そして東京に偵察に向かった先遣隊十名とガイスト十機のうち、戻ってきたのは人一人に見覚えのないガイストであった。


 何を隠そうその人物こそが後の解放戦線のリーダーであるヤエヤマ総司令であり、彼が持ち帰ったものこそ最強のガイスト『ブレイヴァン』である。


 ヤエヤマ総司令は『ブレイヴァン』の力で愚連隊をヤエヤマ解放戦線という大義ある組織に作り替えた。そして、司令は解放戦線の面々に『東京への侵入を禁じ、東京周辺の監視を行う』と決定した。


 行けば、死ぬからと。

 あそこは人間の常識を超越していると。

 己が生き延びたのは、運が良かったからだと。

 それは明確な警告であり、しかし人の好奇心は度し難い。警告を破って、真実を確かめるとかブレイヴァンのような強力なガイストが欲しいだとかの理由で単身東京へ向かった者たちは必然のように現れ、そして殆どが帰ってこなかった。帰還した者も、入ってすぐにまずいと思って引き返した者だけだ。


 つまり、東京の深層に行って帰ってきたのは、我らの知る限りではヤエヤマ司令とこの男だけなのだ。この男の持つ日記にも言葉少ないながら東京で感じた異常と警告が書かれていていた。


 部下達はこれをあっさり信じたようであった。

 確かに彼の来た方角や持ち物、そして土産物と日記を見ればそう判断出来る。

 自分は正直、極めて込んだ虚言ではないかと少し疑った。

 しかし、彼の言葉からは真実味を感じ、なによりこの過酷な環境でそこまで込んだ嘘を仕込むのは難しいのではないかと判断した。彼が解放戦線に見つかった日と別部隊の接敵記録も符合している。


 あのヤエヤマ司令しか生き残れなかった東京に突っ込んで生きて帰ってきた――その事実はまるで武勇伝のようであり、いつしか部下達はこの男に尊敬のまなざしさえ向けるようになっていた。当人はその辺りがよく分かっていないのか怪訝そうだったのがおかしかった。


 自分はこの男に好奇心を抱き始めている。

 筆を取ってつらつら文字を書きながら、そう確信した。





 九月十四日



 自分なりに、この男を試して見たくなった。


 本来、シャングリアとの戦いの為にガイストは一つでも多く必要であり、この男のガイスト『グレイホーク』は是非とも接収したい貴重な戦力だ。しかし部下達はそのことに僅かな引っかかりを覚えている。


 ヤエヤマ解放戦線は、所詮は元軍属でも何でもない連中の寄せ集めだ。

 気に入った相手に酷い仕打ちをするのは、当然気が引ける。

 だから、自分は考えた。


 翌日行われる超大型ターミネイター、コードネーム『スーパーホエール』の無力化作戦に貢献したら返してやる、と、条件を突きつけてみた。無論、参加しないならガイストは返さないが、手荷物はある程度返してやる気でいた。


 そうすれば、彼は路頭に迷って最終的には生き残る為にヤエヤマ解放戦線に参加するかもしれないという打算があったことは否定しない。しかし男は東京から生き延びただけあり、戦うことを選んだ。


 それにしても、「自分の人を見る目を久々に信用してみる」、とは。


 一人で生き延びてきた者にしか分からない苦い経験がその言葉を生み出したのだろう。情と言い知れないリアリティの籠った、なんとも言えない科白だ。遠回しに約束を反故にするなよと言いたいのだろう。


 自分にもプライドはある。

 そこまで落ちぶれた人間になる気はない。

 だから、この地獄の一年を経て東京まで生き延びたお前の悪運を、少し部下に分けてみろ。それで生き残るなら本物だと認めてやる。

 『エクシードシルエット計画』の意義は理解しているつもりだ。

 それでも、部下の命は気になる。


 ふと思う。

 『スーパーホエール』とは、今更ながら馬鹿馬鹿しい名前だ。

 反捕鯨団体が作り上げた架空の生物、スーパーホエール。

 全高約300m、光学兵器に包まれたあんな機械仕掛けの殺人クジラを崇めるやつは、さぞいかれているのだろう。


 上は何も言わないが、恐らくあれの座礁はシャングリアの仕業だろう。

 あの自称『聖女』はそういうタイプに思えないし、『教祖』の差し金だと見ていい。もし神がいるのなら、あの忌々しい俗物を生き残らせたことが貴方の過ちだと言ってやりたい。





 九月十五日



 『スーパーホエール』無力化作戦の成功と部下の全員生存を聞いたとき、自分は思わず安堵のため息をついて机にもたれかかった。あの男も当然、しっかり生存したという。


 全体を見れば作戦では死傷者も出ていたが、あれはA-5部隊以外も参加した大がかりな作戦だ。戦死した部隊の者たちの死は悼むべきだが、見知った顔が死ぬと堪えるのは人の情である。


 後で部下達から聞いた所によると、あの男の働きぶりは大したものであったらしい。

 ただ、ログを見るとそれは過大評価であるように感じた。

 彼の動きは模範的であり、エースと呼ばれる一握りの存在が持つ特異な何かを感じることは出来なかった。ただ、何度か見返すうちに、彼は行動に迷いが見られないことに気付いた。


 幾ら光学兵器対策を施していたとはいえ、それでも運が悪ければ超高熱の光に焼き切られて消し炭にされる可能性のあった戦場である。そんな中にあって、彼は待つべきを待ち、行くべき時に行った。もし自分が現場にいたとして、ここまでためらいなく進めたかと言われると、難しかったかも知れない。


 その自信満々にも見える行動に、部下達は励まされたのだろう。

 彼は砲撃で死ぬこともなく帰ってきた。

 その結果を以てして、彼の運を『本物』と認めることとする。


 本人曰く、「死ぬことを考えていたらキリがないから生き残る方に頭を使えばいいだけ」だそうだ。ジンクスとして参考にすることとする。


 先が見えない世界だ。

 見えない何かを信じたい気持ちは誰にでもある。

 無論、神を信じる連中には言いたいこともあるが。


 話を戻す。

 あの男はすっかり周囲に気に入られ、このままヤエヤマ解放戦線に残らないかと誘われていた。自分もそれは願ってもないことだし、すけべ心があったことは否定できない。しかし、彼は「友達を探してるから」と言って断った。


 あれは、切ない言葉だった。


 終末世界となった今、ヤエヤマ解放戦線に所属する誰もが家族や友人との再会という希望を諦めている。一年、ヤエヤマ解放戦線も大きな組織になって一年、それでも家族や隣人と再会できたという希望ある話を自分は聞いたことがない。

 或いはシャングリラの庇護下にいるかもしれないが、そうなれば主義主張の隔たれた敵同士だ。いないと信じた方が気持ちが楽だし、自分も部下にそう言ってきた。


 自分たちは、見えない可能性を諦めた存在だ。

 彼はまだ、信じていた。

 それが余りにも純粋で、眩しく、そして、切なかった。

 彼を哀れんだのか、己の掠れた感性を哀れんだのか、それは判然としない。

 ただただ、切なかった。


 彼には出来るだけの助言を行った。

 彼はそれに頷き、「奢ってもらった漁師飯、美味かった」と礼を言い、去って行った。

 律儀な男だ。たった三日の付き合いだが、それを彼らしいと感じた。


 風と共に去りぬ。

 ふとそんな言葉が脳裏を過る。

 今となっては読んだことのない小説、観たことのない名作映画だ。

 もしこの世界に平和と呼べるものが出来た暁には、探し出してみよう。

 その未来を終戦まで覚えていればの話だが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ