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ロボと日記と終末世界  作者: 空戦型


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九月六日 Another コミュニティ・後編

 九月六日 Another


 ガイスト操縦者のリーダー的役割を果たすサカベは、三〇代も後半に差し掛かったいい大人だった。他のガイスト操縦者も似たり寄ったりで、内心かなり意外に思った。自分やマサキ、クラマなど知っているパイロットが皆若年層だったから偏見を抱いていたのかもしれない、と思い直した。


『オープン回線と個人回線……そんなものが』

「知らなかったことの方がびっくりですけどね」

『恥ずかしい事に、こんなもの子供の頃に見ていたアニメでしか馴染みがないもんでね』


 恥ずかしそうに笑うサカベは、こちらがまだ学生ほどの年齢であることを知ったときには大層驚いていた。本当にガイストの事には疎いらしく、この調子では格納容量や転送機能なども知らないのではないかと疑っているくらいだ。


 サカベは予想通り、元はシャングリアの人間だった。


『シャングリアは聖書をベースにしているが、その内容はなんちゃって新興宗教だ。彼らは独自の社会システムを作り、教祖と天使の代行者、そして彼らの率いるナイツを中心に生存者たちを集めて統治している。当人達は統治という言い方は好まないかもしれないけどな』


 シャングリアは教祖のいる聖地バベルを中心に教えを広めており、嘆きの塔の事は『ガーデン』と呼び、これを解放することでターミネイターの侵入を防ぐ城壁都市にしているそうだ。なお、バベルは最初の『ガーデン』であり、セラフィムのいた場所でもあるという。

 そして城壁内部は『コロニー』と呼ばれる食料生産や生活の拠点となっており、いわゆる働き盛りではない人が優先的に送られているという。生活は清貧が基本だが、サバイバル能力が皆無な都会育ち都会生まれにとってはそれでも縋るしかない。少なくとも多少の医療知識を持つ人はおり、サカベの知る限り死者は滅多にいないという。少なくとも自分よりは安定した生活を送っていそうだ。


 そして、これが理解に苦しむことなのだが、シャングリアの経典ではガーデン内とは神の領域であり、神の手を煩わせる前にナイツはガイストを駆って敵を倒さなければならないのだそうだ。


(いわゆる『解放』をされた『嘆きの塔』は自動迎撃機能を失う……? だから迎撃させてるのか?)


 信仰を持たないためか、戦う理由を邪推してしまう。

 以前のマサトからの通信でははっきりしなかった部分に一つの判断材料が加わるが、早とちりは禁物だと一旦そちらの思考は中断する。もしかしたらヤエヤマ解放戦線との決戦を見据えてガイスト操縦者の練度を上げたいだけかもしれない。


 そんな中で、サカベたちは『ガーデン』を追放された人々の一人だという。


『教祖を中心とした教徒と言えば聞こえは良いが、シャングリア内は階級社会で上が絶対なんだ。経典が柔軟性に欠けたり理不尽な内容でも反論は許されない。若い奴は禁固刑。年を取っているとあっさり姥捨て山よろしく追放。経典や神の否定や反乱の扇動の場合は公開処刑だ。私たちはそこで追放されたり、公開処刑の残虐さに嫌気が差して自ら追放扱いにされた人間の集まりさ』

「公開処刑って……文明が退行しちゃってないですか?」

『或いは歴史は繰り返すというやつかもな。処刑の撤廃が世界的に叫ばれてたのに、世界がダメになったらすぐこれだもの』


 或いはそこが彼らにとっての決定打だったのだろう。

 以降、彼ら追放者たちは独自に集まって村を形成しているという。


 話を聞かせてくれたお礼に、俺もターミネイターの話やガイストの知識を披露する。突然集団から身一つで逃げ出した彼らには意外なほどそれらの知識が欠けていたらしく、むしろどうしてそこまで知っているのかと感心されてしまった。


「いきなりこんな世界に放り出されて一人で生き延びてきましたからね……」

『君くらいの子が……辛かったな』

「まぁ、信頼できる友達くらいはいますよ」

『それでもだよ。もちろん友達がいるのはいいことだがね』


 サカベはどこまでもこちらへの尊敬の念を隠さない。


『我々は世界が終わってから比較的早くシャングリアの庇護下に入り、彼らに従って生きてきた。サバイバル期間が半年以下で、それぞれ欠片のような知識を出し合ってなんとか暮らしていけている。それに引き換え自力で道を切り開いてきた君は偉いよ。本当に、偉い』


 何を上から目線で、とは思わなかった。

 むしろ、こんな世界になって初めて大人に褒められるというのは心地よいのだと認識し直したくらいだ。気分が軽くなって、もう少しこの世界で生存に役立つ情報を提供した。我ながら不用心だと心のどこかでは思いながら。


『ほら見えた。あれが村だ』

「おお……すげぇ……」


 実際にはガイストの望遠機能で見ているので距離があるが、そこには確かに数十人の人々が生活する村があった。沢山の人間の共同生活というそれだけで、涙腺が潤むような感動的光景に見えてくる。


 畑、洗濯物、貯水樽、それを管理する人々。

 失って久しい、人工的な生活感がそこにはあった。


 驚いたことに、彼らはガイストや資源の入っているコンテナを利用して居住空間にしており、使い込まれた雰囲気から長くあれを使っているようだ。コンテナはガイストの攻撃力では破壊出来ないほど頑強に出来ているので防弾性能もばっちりだろう。よく考えたものだ。

 もう一つ、空のコンテナは何者かに回収されるが、中に何か入っている状態ではコンテナは消えないのかもしれないという仮説が一つ浮かんだ。こちらは調べる価値がありそうだ。


『この村には私たち三人がナイツの仕事ぶりを見て知った知識を当てに手に入れた三つのガイストしか防衛力が無い。ただ、この辺はまだシャングリアの支配地域内だし、連中も流石に私たちをわざわざ潰しには来ない。でも助けにも来ない。私たちはここで田畑を耕し、生き方を学びながらこの世界で生きていく……』


 自分から動き回らない限り、ガイストでも倒せないほどのターミネイターに出くわすことはない。経験不足とはいえたった三機のガイストでも守り通せたのだろう。


 月並みだが、凄いことだと思う。

 こんな世界で、誰かと争わずに生きていけるというのは。

 自分も、こんな欲のない生き方が出来れば――。


『なぁ、もし良ければ君もここに住まないか?』

「いえ……今は、やめておきます」

 

 自分で思っていたよりも遙かに明瞭に、迷いなく言葉は紡がれた。


『どうして……君はこの村の恩人だ。あの大量のターミネイターを倒すのを協力してくれたんだ! それに君は沢山の我々にない知恵がある! 一緒に助け合えば、我々はもっと生活を向上させられるし、君の放浪の疲れを癒やすことだって――!』

「いえ、でも、やっぱり急なのはよくないです。俺もこの村のことは知りたいし手を取り合いたいけど、この世界は急ぐと碌なことがありませんから」


 それは、まだ人のことを無条件に信じていたサバイバル初期の頃の数多の失敗で身についた処世術だった。相手が信頼できるにせよ出来ないにせよ、いきなり弱みを見せるといい結果に繋がらない。


 確執、上下関係、価値観の相違――なによりも、裏切りの可能性。


 サカベはいい人で、ある程度は信用出来ると思う。

 しかし、サカベと共に行動する二人のパイロットが操るガイストの足取りからは、言いようのない『何か』を感じ取れる。彼らはサカベの言うことは聞くが、サカベほどこちらを高く買っていない。


 あの村の人々もそうだ。ガイストを降りた途端に彼らが豹変して賊と化さない保証は、残念ながらない。見知らぬガイストが近くにいることで怯えた顔や警戒を見せる村人たちを、ネイビーキャットのカメラがはっきりと捉えていた。

 しかし、信じたいとも思っている。

 だから、ワンクッションを置く。


「サカベさん。もしそれでも俺を高く買ってくれるなら……関係を重ねましょう。俺が言うのもなんですが、たった一度の親切で相手を信用するのはこの世界では危ないことです」

『そんな……いや、そうか。君はそうした世界を生き抜いてきたのだな。つまりは……我々が甘いのだな』

「敢えて口にしますが、そうです。ですから、最初は物々交換でもしましょう。俺は村に必要そうなものを渡すので、村もそれに見合った……そうだな、食料や持て余した物資なんかを分けてください」


 サカベは大人であり、察する事の出来る人だった。

 心のどこかで、違う、甘えたい、と叫ぶ自分がいることを自覚しながらも、その声を封殺して何でも無いように話を進めた。


 こちらが提供したのは情報に加えて、持て余していたキーグローブ。C級ガイスト『トータス』が登録されたものだ。サカベからしたら心強い戦力になってくれる人に入村を断られたことへの失望感があるだろうから、これくらいサービスして良いと思った。

 それと、自分で持っているよりはと思い野菜の種も一部提供する。


 村側はこちらの提供したモノにとても喜んでくれた。

 そして村で作られた野菜の漬物や、彼らが用途が分からず放置していた物資を譲り受けた。食料はおよそ五日分。ガイストを提供した見返りとしては弱いが、そもそも彼らとて生活がギリギリの筈なので文句など言えはしない。


 それに、物資の方は悪くなかった。

 用途を理解しきれず放置していたソリッドネット五基、ジャマードローン三基、そしてフレアチャフ射出装置。どれも珍しい武装で、逃げるときに役立つ。一応全ては貰わずそれぞれの用途は軽く説明した。


『今の我々にはこれくらいしか出せないが……』

「見ず知らずの人に与えるには十分すぎるものですよ」

『君は……これからどうするんだね?』

「はぐれた友達と合流するために南西へ行くルートを模索します。それに俺があまり長居してもしもシャングリアの連中に見られたら妙な勘ぐりをされかねませんしね。この交流は忘れません。また会いましょう」


 敢えて話を深くせずに打ち切り、ネイビーキャットを走らせる。


 遠ざかっていく村とガイストたち。

 遠ざかっていく、信用出来る大人。

 後ろ髪を引かれ、何故か泣きたい気持ちになる。

 こんなにも人と一緒にいたいのに、こんなにも安心出来ない。


 孤独でいる間は人には決して裏切られない。そこに安心を見いだしている自分は、孤独の中毒者なのかもしれない。完全に村が見えなくなる前に、サカベが覚えたての個人回線を送ってくる。


『必ず生きて戻ってくるんだぞ!! 命を粗末にせず……辛かったら、いつでもここに……、……』


 通信範囲を超過し、音声はあっさり途絶した。


 別れは悲しかったが、今回のこれは今までのそれとは性質が違う。

 これは希望ある別れだ。世界が駄目になっても、人の心まで完全に駄目にはなっていない。そう再確認させられる、実に有意義な別れだ。自分に何度もそう言い聞かせ、後ろ髪を引かれる思いを断ち、また孤独のサバイバルに戻っていく。


 会えて良かった。

 これだけは嘘でも強がりでもない。

 だって、こんな時でもないと、嘗て親しい人々と共に生きていた自分と今の自分が連続していることを再確認できないのだから。

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