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ロボと日記と終末世界  作者: 空戦型


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九月二日 Another・K

 九月二日 クラマの見た世界



 パパとママは先に楽園に行ったから、君も良い子にしていれば楽園にいける。

 僕の目を「取らないと死んでしまう」と抉り出した大人は、熱と痛みにうなされる僕にそんなことを言った。


 僕は、はい、と頷いた。

 内心で、うそつきめ、と叫びながら。


 終末世界が訪れる前にいた人間は今もきっとどこかで生きていると僕は思っている。

 人は死んだら死体が残るけど、終末化で消えた人の死体はひとつたりとも見つかっていない。逆に死体が残らないほどの事が起きたのなら、僕たちが今生きているのはおかしい。


 だから僕は、パパとママは漫画に出てくる異世界みたいなおかしな場所に飛ばされてるから会えないだけで、死んでいないと思う。その話をしたらみんな「そうだといいな」とか「それが天国だよ」と僕を笑ったが、誰もそれを確かめることが出来てないのに決めつけている人の方が頭が悪い。


 でも、パパとママに再会するにはまず僕が生き延びなければならない。 

 だからうそつきの大人達の言うことによく頷くことにした。


 ――パパとママは僕をこんな場所に置き去りにして逃げたんじゃないか、という不安に自ら蓋をして。


 片方の目が見えないことは、ずっと辛かった。

 何をやっても他の人と同じだけの仕事が出来ない。

 ただ生活するだけでも、物にぶつかったり躓いたり、人より早く疲れたりした。

 同年代の子供もいなくて、いつも孤独だった。


 そんなときだった、ガイストを見つけたのは。


 山菜の採り方を教わっていた時に偶然見つけたキーグローブを使って初めてガイストに乗った時の感動は忘れられない。

 アニメの中でしか乗れないようなロボットを自分が動かせる感動は、ほんのひとときとはいえ全ての不安を忘れさせてくれた。それに、ロボットに乗っていて、自分の疲労感がいつもより少ない事に気付いた。ガイストは僕が中にいる間だけ、なくした左目を、方法は分からないけど補ってくれていた。


 ガイストの中でだけ、僕は人並み以上になれた。


 うそつきの大人は、僕をテンプルナイツに襲名させた。

 テンプルナイツはシャングリアのガーデン内でガイストの操縦と戦闘を任される人に与えられるものだ。ガーデンの守護とガイストを用いた雑用をやるのがテンプルナイツ。悪魔シャイタン咎人メレッドとの聖なる戦いを行うインペリアルナイツよりは格下だが、子供がテンプルナイツになるのは異例中の異例だという。僕も皆に褒められたので悪い気はしなかった。


 ただ、バベルで出会ったミノリお姉ちゃんだけは僕を見て辛そうな顔をした。何でかは分からないが、ミノリお姉ちゃんは僕には戦いに出て欲しくなかったみたいだった。すごく優しいお姉ちゃんだったから、僕もそう言われると少し辛くなった。


 でも、僕はシャイタンにもメレッドにも容赦はしなかった。

 生き残る為に、僕が出来る子だと見せつけなければならない。

 だから戦いには躊躇わなかった。

 ゲームをしていたおかげか、他の大人より僕は戦いに慣れるのが早かった。人より速く戦場を駆け、人より多く悪魔シャイタンを壊した。

 そうして僕は一目置かれるようになった。


 人より少し食事が多く、人より少し気遣われる。それは信徒は基本平等であるというシャングリアの中では心地の良いことだった。ただ、皆は僕を戦士として褒めてはくれたけれども、パパやママ、ミノリお姉ちゃんのような優しさをくれることはなくて、どこかよそよそしくて、それが少しだけ苦しかった。


 僕は戦う為だけの存在になってしまった。

 それでも、そうしていれば今はこの人達の力を借りられる。


 そうでなければ、僕はこの広い世界を彷徨って傷つき片目を失ったときのように、誰かに助けて貰わないと生き延びられない恐怖を再び味わうことになってしまう。一人ではすみかも食べ物も用出来ない僕は、シャングリアに依存するしかないのだ。


 ある日、僕のいたコロニーのテンプルナイツ全員がかりでも勝てない、信じられない強さのシャイタンが現れた。僕は皆と一緒に必死に戦ったが、気付けばテンプルナイツは僕と隊長しか生き残っていなかった。


 このシャイタンから逃げ出してしまいたかったが、テンプルナイツに逃走は許されない。逃げたテンプルナイツが殺されるのを見たことがある。不思議なことに、シャングリアの『代行者』は、シャングリアに所属する全てのガイストの記録をある程度見れるのだそうだ。だから、絶対に罪からは逃げられない。


 僕は隊長から、何としてでもシャイタンをガーデンから引き離せと命ぜられた。

 僕は命令に逆らった時の死を恐れる余り、目の前の死に愚かにも突撃した。

 信じていれば神が救ってくれるという隊長の言葉を無理矢理自分に信じ込ませて。



 ――ここに告白することがあるとしたら。


 ――これは悪い夢で、一度死んだらまたあの日常に戻れると、心のどこかで思っていたかったのだ。



 結果、僕は日常には戻れず、パパとママにも会えなかった。

 もちろん、神様も助けにこなかった。

 当たり前だ――僕は子供だけど、シャングリアに入るまでの間にこの世界の残酷な現実を見てきたんだ。だから、それくらいのことは知っていた。


 代わりに出会ったのは、変な男だ。


 ヤエヤマ解放戦線の人間がシャングリアの信徒から情報を聞き出そうとしていることは知っていたから絶対に話さないと言ったら、そもそもヤエヤマ解放戦線の人間じゃないと言い出した。かといってシャングリアでもないと。そんな奴が未だに一人でうろついているなんて信じられなかった。


 シャングリアではそんな人間はヤエヤマ解放戦線と同じく咎人メレッドとして扱われる。ある意味、組織として動いているヤエヤマの方がましらしい。嘗てユーイチとユージという酷い罪人にインペリアルナイツを何人か殺されたという事件もあって、無所属というのはヤエヤマより更に酷い悪党のイメージが強かった。


 ところがこの男ときたら、変な奴だった。


「ターミネイトDなら俺が倒したから心配するな。ああいや、ターミネイトDじゃ何のことか分からなかったな……」


 あの誰も倒せなかったシャイタンを一人で倒す。


「こんな世界で食糧がどんだけ貴重なものか分かってるだろ? つまらない意地を張って早死にしようとするな」 


 貴重な貴重な食料を、人に分け与える。


「その目、終末化の後になくしたのか!? そいつは……キツかったろ。救急車も病院もなくなっちまった世界だからな。お前、よく生き延びたな……偉いぞ」


 その日に名前を知っただけのくせに、分かったように頭を撫でる。


 男は本当にこの過酷な世界を一人で生き延びていて、そのときの苦労や嬉しかったことを話してきた。僕はシャングリアの事を何も漏らさないつもりだったのに、気付けば男の言葉に耳を奪われ、少しずつ、少しずつ喋ってしまっていた。

 何よりも腹が立ったのは、その男がまるでパパみたいなことを言って、パパみたいなことをしてきたことだ。僕のパパは一人だけだ。お前みたいな偽物にされても嬉しくない。

 嬉しくない、筈なのに――。


(ダメだ。この男の側にいると僕はおかしくなる。ガイスト……僕のホルニッセにさえ乗れば……!!)


 僕の中の何かが、この男を強く遠ざけようとする。

 ダメだ、きっとこの男だって嘘をついていると思わないと。

 こいつは咎人メレッドだ。こいつに助けられたなどと知られればシャングリアの仲間に何を言われるか分かったものではない。それに今、僕のいたガーデンはテンプルナイツ壊滅によって戦力が激減している筈だ。


 急いで戻らないと、役立たず呼ばわりされて捨てられる。

 パパとママに会えないまま、誰にも助けられず死んでしまう。

 その恐怖が僕を戦いに駆り立てる。


(こいつ、あのシャイタンを倒したってことは強いガイストを持ってるんだよな……!! こうなったらこいつを殺してガイストを奪って手土産にするんだ!!)


 環境が、僕を人殺しに変えた。

 もう何人か殺したことがある。

 ガイストさえあれば――僕は出来るんだ。


「ほら、これお前のホルニッセが登録されたキーグローブ。損傷は激しかったけど、そろそろ動くだけなら問題ないくらい修復されただろ」

(――今しかないッ!!)


 子供だと思って甘く見たのか、馬鹿な男は取り上げていた僕のキーグローブを返した。これだけ恩を売ったら安心だと思ったんだろう、と内心で蔑みながら、必死で何事もないような態度を取る。


「いいか、クラマ。俺たちは互いに出会わなかった。お前は自力であの怪物を倒して戻った。そこに俺という存在はいなかった――そういうことにしないか?」

「……ふんっ」

「そんな露骨に鼻を鳴らさんでも……」


 違う、にやけた口を隠すために背けた。

 そうだ、ここでこの男を倒してしまえばあのシャイタンを倒した功績でインペリアルナイツになれるかもしれない。インペリアルナイツにまでなれば皆もっと僕を大切にする。ミノリお姉ちゃんみたいに褒めてくれる。全部上手くいくんだ。


「それと一応、食料と水な。俺がしてやるのは本当にここまでだ。俺にも俺の都合があるからな。じゃあ、元気で――」

「来い、ホルニッセ!!」


 のんきに食料など分配している隙を突き、僕は即座にホルニッセを呼び出した。

 転送特有の光のパズルのような紋様が空間を彩り、ホルニッセがそこに姿を現す。

 あとはこれに乗って男を捕まえ、キーグローブを奪えば良い。


「僕は帰るんだ……お前を倒して帰るんだ!!」


 それが浅はかだった。


 男は、僕の行動に何ら焦ることなくキーグローブを光らせる。


「ネイビーキャット、転送」


 ほんの一秒程度遅れて、離れた場所に待機させてあった男のガイストが顕現する。

 僕は慌ててホルニッセのコクピット牽引用ワイヤーを展開させるが、男はネイビーキャットの装甲を軽やかに駆け上って牽引用ワイヤーを降りきる前に掴み、僕より三秒も早くコクピットに滑り混んだ。


(そんな……嘘だ……最初からバレて……!!)


 男は知っていたのだ、こうなることを。

 武装も入っていないホルニッセが動き出した頃には、ネイビーキャットは多目的銃の照準をぴったりこちらに向けていた。恐怖のあまり動けず、武装も初期装備のワイヤーアンカーしかないので為す術がない。


 そうだ、考えてみれば当たり前だ。

 この男は僕では到底一人で生き延びられない世界を孤独に切り抜けてきた。

 殺し合いにも奪い合いにも騙し合いにもだ。

 全てを考えた上で、自分が勝てるようにこうしていた。


(素直に言うことを聞いて黙って去ればよかったの? それともタイミングを間違ったの? 分からない、分からないけど、僕は……裏切ってはいけない人を裏切ったんだ)


 死ぬ。

 こんなところで、呆気なく。

 子供の浅知恵を見抜かれて、終わる。


「パパ、ママぁ――ッ!!」


 僕は思わず目を覆って自分の死を遠ざけようと手を前に翳した。

 しかし、二秒、三秒経っても何も起きない。

 代わりに、ホルニッセのレーダーが、ネイビーキャットが遠ざかっていくことを知らせる。目を開けてみれば、ネイビーキャットは銃口を向けただけで発砲はしておらず、姿勢を維持したまま後方へと移動していた。


 そして充分に距離が離れたところで、オープン回線の通信が響く。


『俺は行くから、帰る場所があるなら追ってくるな! 帰る場所がない時は、まぁ少しくらいなら面倒見る! あと……なんだ。ライフル向けて悪かった。怖がらせたらごめんな』


 聞こえてきたのは、今しがた自分が殺されかけたとは思えないほど優しい言葉だった。


「なんで……ぼく、嘘ついて、殺そうと……」

『俺は人殺しはゴメンだ。せっかく助けた命、長生きして欲しい。願わくば次に会うときは戦い以外の場面で平和的に会おうぜ。じゃあな!!』


 言いたいことだけ言い切って、ネイビーキャットは踵を返してあっという間に遠ざかっていった。残された僕は、足下に残る食料と水を呆然と見つめる。


 今、何故僕があの男と一緒にいてはいけないと思ったのか分かった。 


 あの男はシャングリアの敵だ。

 だけど、ミノリくらい優しい人だ。

 シャングリアのガーデンで共同生活を送る皆の方がよほど冷たい。

 僕の心は、この矛盾と向き合う事をずっと拒否していた。


「二度と会いたくないよ、お兄ちゃんとは」


 きっと次に会えば、僕はあの人を嫌でも撃つことになる。

 この世界に来て初めて、敵を殺したくないと僕は願った。

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