八月三十日~九月二日までの日記
八月三十日
今、俺は名前も知らない一人の少年のために時間を割いている。
名前は不明。ただ、持ち物の中に経典のようなものがあったため、多分この子はシャングリアの人間だと思う。
少年の状態は良くない。喀血してた所を見るに、肋骨が折れて肺に刺さったりしているのかもしれない。しかし、今の俺にはターミネイター印の再生液がある。上手く飲ませられなくてかなり苦戦したが、今は出血していない。
書き忘れていたが、恐ろしいことにこの再生液は骨折にも効く。
マサキの動物実験によると、粉砕骨折の場合でも傷口が塞がる前に投与すれば骨同士が元の形状に結合し、元の形、元の成分に戻るのだという。この理由については色々考察していたが答えが出ないので何とも言えない。今のところ人体に害はなさそうだし、緊急時には利用するしかないだろうというのがマサキの見解だ。
少年は骨折以外にもダメージが蓄積しているのか、それとも体力を消耗しすぎたか、熱はあるし血色は悪いしで今にも死にそうだ。日記を書き終わったら近くのターミネイターの拠点を襲撃して再生液をもっと手に入れに行くことにする。
ターミネイトDにトドメを刺した件も自分なりに考察したいが、今日は暇が無い。
明日までに今日の体験を忘れていないことを願う。
残存食料、十二日。
水、十七日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
キーグローブ、C2B1所有。
念のため少年のキーグローブと未登録キーグローブを入れ替えた。
錯乱しないとも限らないから仕方ない。
八月三十一日
この辺りはやけにターミネイターの拠点が少なかったが、何カ所か小規模拠点を潰していたらバスタブほどある再生液のタンクを発見したので、少年をそちらに移す。容態が悪化の一途を辿っているので、一か八かタンクに体を浸す。
全く治る公算がない訳じゃない。
マサト調べでは、再生液は傷口に直接塗らず塗布した場合も体内にある程度効果があるらし。ただし、誰もしたことのない治療法である以上は予想外のリスクは伴う。
しかし、彼の仲間が助けに来る気配が一向にないため、賭けるしかない。
それに、彼らはこの再生液の事を知らないかもしれないし。
彼の様子を見ている間にシャングリアの経典を読んだのだが、ざっくり言うと今この世界に残されてるのは天国に行きそびれた人たちで、神の声に従って悪魔を倒しながら生きていけば咎人とは違って救われますよ、みたいなことが書いてあった。
この悪魔というのがどうやら俺の言うターミネイターのことのようだ。よって、その悪魔の遺物を使うなどとんでもない、という旨のメッセージがあった。つまり少年は絶賛禁忌抵触中ということになる。彼が目覚めても真実は黙っていよう。
法典の中身は恐らく聖書からの引用的なものもあるのか、結構いいことが書いてある。しかし禁忌を犯した者にどんな罰則があるのかは記載が無い。他称『咎人』ことヤエヤマ解放戦線が『解放』を謳うほどなので良い予感はしない。
宗教は社会的規範の根源だ。
ただし人の倫理は時代によってうつろう。科学信仰の脆さを思い知った生存者の間で、また宗教戦争が繰り返されるというのは悲しい人の性、或いは業なのだろうか。
ターミネイトDについて追加情報を記載する。
ターミネイトDのエネルギーは有限であり、使い切らせれば撃破は可能。学習能力もそのときそのときの状況に合わせて変化するため、意外と判断能力が短絡的。
しかし、上半身と下半身で別々に逃げようとするなど、無視出来ない特徴も見受けられた。分割して学習した記録も半分こになればまだいいが、期待はせずにエネルギー反応が完全になくなるまで叩くのがいいだろう。また、ガイストからエネルギーを吸い取っていたことも驚きだった。動かない相手だからこそ出来たのかのかもしれないが、実は高周波ブレードを後で調べると内部エネルギーが吸い取られていたりもした。
エネルギーは有限だが、ないならある場所から奪おうとする。
同じターミネイターから奪ったりもするかも知れない。
残存食料、十一日。
水、十六日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
キーグローブ、C2B1所有。
今のうちに少年の持つ経典から少しでも情報を頂いておこう。
九月一日
少年の容態が安定してきた。
少年は相当体力を消耗したためかまだ一人で歩けないが、少なくとも俺をヤエヤマ率いる野蛮人だ、情報は渡さないと罵る程度の気力はあるらしい。
元気な子供だと思いつつ食事を与えると拒否されたが、この世界でつまらない意地を張って早死にするなと軽く説教すると、意外にも渋々ながら口にしてくれた。
これでもこっちは貴重な食料を病人食に調理して渡し、自分はターミネイターの基地から見つけ出したクソマズ完全食を食べてるんだから、食べてくれるならありがたい。払いのけられたりして無駄にされるのが一番悲しいからだ。
しかし、こんな世界でも子供は子供というか、少しばかり確認してみれば口では「お前たちに情報は渡さない」と言いつつもぽろぽろと些細な情報を漏らした。
まず、少年の名前はクラマ。
親はおらず、片目を失明している。
これは世界が終末化した後、現代社会が持続していれば治せた傷のせいで摘出せざるを得なくなったのだそうだ。確かに眼帯の下の目はくぼんで空洞になっていた。
元は小学生で、現在はシャングリアのテンプルナイツと呼ばれる役職らしい。名前から察するにガイストに搭乗して戦う役割を担った役職だろう。何故こんな子供が戦いに駆り出されているのかとも思ったが、その事情は流石に聞き出せなかった。
ただ、推論はある。
この終末化した社会のなかで彼のように身体にハンディを負った人間は生き残り集落に役立つのが難しい。しかし、ガイストはマンマシンインターフェースを通せば理論上なんのレバーもペダルも触らず操作することが出来る。周囲に面倒を見て貰う代わりに、有事には真っ先に矢面に立つ――しかも子供は思考が柔軟で反射神経や瞬発力にも優れる。
故に彼はテンプルナイツとやらに丁度良かったのだろう。
世が世なら子供兵問題直撃だ。
合理的だが心の底から納得は出来ない。
彼は子供らしからぬつっけんどんな態度だったが、ターミネイトDを俺が倒したことだけは感謝してくれた。俺は自分のターミネイトDに関する情報を釣り合いに出し、少しばかり彼らの事情を知ることが出来た。
俺にとっては残念なことだが――クラマの戦っていたターミネイトDは、俺が遭遇したターミネイトDとは別個体の可能性が極めて高い。
最初の奴をD1、倒した奴をD2と呼称しよう。
D1は南にいる筈だ。しかしD2は北からやってきたらしい。
最初は爪だけで戦っていたが、テンプルナイツのガイストとの戦闘で成長していったらしいので、ターミネイトDはどの個体も似たような性質を持っていると見て良いだろう。ちなみに彼は口にはしなかったが、何故彼の救援が来ないか予想がついた。
恐らくテンプルナイツはガイストとの戦闘で大きな損害を受けたのだ。
それをクラマが捨て身の方法で、恐らくこの先にあるであろう集落から引き剥がして偶然俺の所に飛んできた。とんでもない偶然もあったものだ。
残存食料、十日。
水、十四日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
キーグローブ、C2B1所有。
彼の世話をしてるから水の減りが早い。
いい加減、世話するのも限界か。
九月二日
クラマが自力で歩けるようになってきたので、俺は彼が元々持っていたキーグローブを返した。これ以上彼の世話を焼き続けられる余裕が俺にはないし、彼もあまり長く自分の居場所から離れているのは都合が悪い筈だ。幸いホルニッセの損傷も、歩行移動に問題ない程度には修復している。
俺はここでは誰にも会わなかった。
なので、クラマは誰にも助けられず自力で敵を倒して帰ってきた。
そういうことにしよう、と言うと、そっぽを向かれた。
悲しい。ついでにちょっと腹が立つが、子供のやることなので我慢する。
水と食料を二日分だけ分けてあげると、クラマは礼も言わずいきなりガイストを呼び出した。クラマは俺を殺してガイストを手土産にする気だったのだ。
悲しいが、今の世の中はこんなものなのだ。
予想は出来てたので上手く逃げ出した。
どんな理由があれ、自分より年下の子供に兵器の銃口を向けるのは許されない行為だと俺は思う。
問題児と呼ばれる人間は、ほぼ確実に親や家庭に原因があるらしい。
だから、子供には優しくしてやりたい。
たとえ銃口を向けられてもだ。
残存食料、七日。
水、十一日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
キーグローブ、C2B1所有。
あれだけあった食料があっという間に減った。
まったく、この世界で人助けは命懸けだ。




