八月三十日 Another スクイノテ
大胆かつ慎重に移動を続ける中、ネイビーキャットの増設センサーが何かを感知した。
これは戦闘音だ、と、経験則で予想する。
小規模なターミネイターの拠点など短期間で終わる戦闘では、戦闘音は拾えても場所を特定出来ない場合が多い。しかし、この戦闘はどうやら複数のガイストか相応の規模のターミネイターとのものらしく、継続的に響く音によって戦闘場所を逆算出来そうだ。
「避けて通るか……いやでも、ちょっと足場が悪いな。くそっ、道を選び間違えた」
安定した道を選んだのが裏目に出た、と己の失態を恥じる。
ガイストの走破能力はある程度地形を無視出来るとはいえ、無茶な道を通れば移動効率は落ちるし、移動の痕跡も残りやすい。いま通っている道は左右の山の隙間を縫うような地形で、木の密集率も高いので痕跡が残る。
集団行動するガイストの集団がこの先にいたとしたら、痕跡を残せばいらぬ警戒心を抱かれ追跡されるかも知れない。
「引き返すか」
少々この地帯を抜け出すまでは距離があるが、ネイビーキャットの足なら逃げ切るには十分だ。しかし、そう思った刹那、レーダーに超高速の機影が映る。反応はぴったり重なるように二つ、まっすぐこちらに接近しており、咄嗟に逃げるように駆け出すがじわじわ追いつかれる。
標準よりセンサーの性能が良い筈のこちらの範囲外から感知して強襲を仕掛けてきたのか、とバック走に切り替えて武装を展開するが、少しして二機の距離が余りにも近いことと、そのうち一機のエネルギー量が異常に多いことに気付く。
方やC級ガイスト、方やA級ガイストを数倍上回るエネルギー値。
この違和感の正体は、可視範囲に相手が侵入したことで判明する。
そこには、緊急加速ユニットから凄まじい推進力を吹き出して飛行するボロボロのガイストと、それに掴まれて激しく藻掻く姿は――見覚えのある生物的で漆黒のシルエット。
「ターミネイトD!? 抱えてんのはホルニッセか!」
よく見ると前に遭遇した頃と比べて姿形が少し違うが、それを抱えているホルニッセは知っているガイストだ。C級の中でも地上では鈍足、されど軽量な体と他のガイストより多いスラスターを生かした跳躍で擬似的に空中戦が可能という変則的ガイストで、上下の地形に強いのが長所だ。
ターミネイトDがホルニッセを振りほどこうと爪を伸ばすと、爪は火花を散らしてホルニッセの腹部を貫通して背部の緊急加速ユニットを貫く。
コクピットには刺さっていないが、緊急加速ユニットは以前に使用した増設ブースターの亜種的存在だ。破壊されれば内部のエネルギーが行き場を失う。直後、予想通りホルニッセの緊急加速ユニットは空中で爆発し、炎と煙の尾を引いて二機はそのままバランスを崩して地表に急速な落下を開始した。
このままでは衝突すると思い全力で上空に跳躍すると、間一髪で回避に成功。二機は大地を抉りながらきりもみになって投げ出された。あそこまで極端な衝撃が走れば幾らガイストのコクピット保護機能も衝撃を吸収しきれない。
やがてホルニッセは損傷した腹部と背面の爆発によって入った亀裂からか、下半身が千切れ飛んだ。フレームがねじ切れ、破損した断面が剥き出しになる。コクピットが潰れていないとはいえ、もしかしたらホルニッセのパイロットは死んだかもしれない。
だが問題はそこではない。
投げ出されたターミネイトDが四つん這いになって大地を抉りながら堪え、体勢を立て直そうとしている。十中八九、近くにいる自分も攻撃対象に含まれるだろう。
僅かな逡巡。
しかし、意を決してネイビーキャットに高周波ブレードを握らせる。
「おおおおおおおおッ!!」
己を鼓舞する雄叫びと共に、ネイビーキャットの足が今まさに立ち直ろうとしたターミネイトDの頭部を蹴り飛ばした。自慢の脚力と不安定な姿勢が災いしたか、ターミネイトDの首が限界まで反り、首筋にビキビキと損傷が入る。
攻撃に転じたのには三つの理由がある。
第一に、ここで放置すればまた自分が追い回されること。
第二に、万一ホルニッセの操縦者が生きているなら見捨てるのは目覚めが悪いこと。
第三に、目の前のターミネイトDの総エネルギー量が、初めて遭遇したそれと比べて三分の一以下に低下していることだ。
このホルニッセは多分、集団でこのターミネイトDと戦ったのだろう。ターミネイトDのエネルギー周りがどうなっているのかは全く不明だが、少なくとも今の奴は以前の時と比べて遙かに消耗している筈だ。
「あれからどんな学習をしたか知らんが、これ以上追い回されるならッ!!」
イナーシャルシールドを解除して複合装甲シールドを量子展開する。
このシールドは重く使い勝手が悪いが、ガイストの武器にどんなときも使い道がない武器というのはない。仰け反ったターミネイトDにシールドをぶちかまし、よろけた瞬間を狙って更にシールドで殴打。衝撃に耐えられず地面に転倒したターミネイトDの無防備な胴体にシールドの下部設置面を叩き込む。
「もう一丁ッ!!」
ガイストのマンマシンインターフェイスを介した信号でシールドの設置面から二つのアンカーが突き出し、ターミネイトDの装甲に鋭く食い込んだ。
これは相手を損傷させるためのものではなく、恐らくシールドを地面に固定してより強い衝撃に耐えるためのものだ。あくまで補助的な代物で、とてもパイルバンカーのようにぶつけて使用出来るような代物ではないが、細いウェストが災いしてアンカー二本が丁度ターミネイトDの腹部を挟むような形で抉られる。
普通のガイストなら装甲表面が抉れ取れるだけで済むが、絶えず自己再生を繰り返すターミネイトDにとっては再生する筈の場所に入りこんだ異物だ。しかも地面に叩付けるように垂直に下ろしたことで衝撃の逃げ場がなく、見事にシールドのアンカーが刺さりっぱなしになる。
今までより一層激しい深紅の光を目から放つターミネイトDは、即座にその異物を取り除こうと腕を伸ばす。だが、その無防備な動きを見逃さず、高周波ブレードを振り下ろす。幾ら得体の知れない代物でも、人体を模している以上は関節に脆さが出る筈という予想は当たり、ターミネイトDの左腕が肘から切り飛ばされる。
断面から謎の黒い液体を血のように噴出しながらもターミネイトDは頭部からバルカン砲のような穴を形成してエネルギー弾を発射してくるが、躱して今度は首の部分を突き刺す。今度は人間で言う脊髄辺りが切り裂ききれない。
首が頑丈なのか、関節対策に強化したのかは不明だが、一つ確かなことはある。
(奴のエネルギー総量が更に減少してる……! 攻撃や再生に費やすエネルギーはやっぱり有限なんだ!!)
ターミネイトDが苦し紛れに残った右腕のクローで複合装甲シールドを切り裂こうとするが、シールドの予想外の堅さに上手く切断出来ていない。その隙に右手の関節を高周波ブレードで切断すると、左手よりは硬かったがまたもや切断された。
両手を失ったターミネイトDのエネルギー減少量が加速するが、今度は背部がべきべきと音を立てて変形し、推進剤を噴出して強引に体を持ち上げる。恐らくホルニッセの構造を模倣したのだ。
恐るべき執念だが、目の前に武器を持った敵がいるのでは、そんな苦し紛れの進化は通用しない。飛び上がる直前にネイビーキャットの足が高く上がり、強烈な踵落としをお見舞いする。すると推進剤のベクトルに踵落としの攻撃ベクトルの間にある腹部に負担が集中し、シールドで傷ついた装甲が弾け飛び、内部も引きちぎれたような裂傷が入る。
「反撃の暇を与えず畳みかけるッ!!」
言い聞かせるように高周波ブレードを振りかぶり、腹部に無理矢理突き刺した。
ターミネイトDはがくがくと痙攣しながら切断された腕部断面を変形させ、尚もエネルギー弾を発射する。不意打ちのせいで数発がネイビーキャットの装甲に命中するが、余りにも苦し紛れの攻撃だったためか威力が低く、装甲が傷ついただけで凌げる。
その間にもターミネイトDのエネルギーは減少の一途を辿る。そして、とうとう標準的なガイスト以下にまで低下したところで、ターミネイトDの発光が急激に弱まった。しかし印象的な黒目はまだぎょろりとこちらへの殺意を示すように睨み付けてくる。
ネイビーキャットは慎重に多目的銃を量子展開し、尚もターミネイトDに攻撃を仕掛ける。どうやら以前の戦闘でかなりの銃撃に晒されたのか装甲は異常に強化されていたが、既に損傷部分の回復も停止しているのかダメージは通る。
ターミネイトDはそれでも戦うことだけが己の存在意義であるかのように腹部の高周波ブレードを掴んで抜こうとするが、その衝撃でとうとう腹部の損傷が限界を迎え、完全に下半身が引き千切れる。
黒い液体の噴出が止まっているのは、もう流すものもないということか。
こうなってしまうと、ターミネイトDも哀れなものだ。
「悪魔は殺せる……ってか」
両断されてもなおトカゲの尻尾のように下半身がばたばたと動いたため、慈悲のつもりで多目的銃を発砲する。下半身は呆気なく動かなくなり――次の瞬間、上半身のみとなったターミネイトDが再びバーニアのようなものを形成して一気に上空へ飛び立った。
「なッ!? 本当にトカゲの尻尾切りかよ!!」
咄嗟に多目的銃を精密狙撃モードに切り替える。
相手の速度が速いために咄嗟に命中させられないが、軌道をしっかり予測して狙い直し、発砲。弾丸は吸い込まれるように上半身だけのターミネイトDに命中し、およそ100メートル先に落下する。
銃をアサルトライフルモードに変化させて近づくと、ターミネイトDは装甲がボロボロと剥がれ落ちて煤のように砕けていくのも構わず体を小型化させ、尚も逃げようとしている。慎重に射撃を二度、三度と繰り返すと、そこでやっとセンサーから初めてターミネイトDのエネルギー反応が途絶えた。
「こいつ、ここまでやらないと死なないのかよ……! って、待てよ!!」
嫌な予感がしてふと振り返ると、ターミネイトDの残された下半身がいつの間にか落下したホルニッセに接触していた。咄嗟に多目的銃をバースト射撃するが、離れない。エネルギー反応を見て絶句する。
「いぃ……ッ!? ガイストからエネルギーを吸収してやがるのかぁッ!?」
ホルニッセの出力が低下し、下半身の出力が上昇している。ホルニッセに触れる脚部も装甲が剥がれ内部の筋肉ともコードとも見分けのつかない部分が張り付き、浸食するように脈動していた。
やむを得ない、と、ホルニッセの損傷覚悟で結合部分に攻撃。
すると脚部はそれ以上のエネルギー吸収を諦め、更に下半身の無駄な部分を排除しながら小型で単独行動出来る状態に変形しようとする。
もう逃がさない、と、容赦なくフルオート射撃。
今度はエネルギー反応が全て潰えるまで、容赦なく破壊した。
ターミネイトDはもう二度と動くことはなく、残骸は全て煤のように砕け散る。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……!!」
緊張の糸が切れて、念のために何度もレーダーを確認し、やっと一息つく。
あの状態から上半身も下半身も別々に逃げようとするなど、思いも寄らなかった。あと少し油断していたらどちらかには逃げられていただろう。ホルニッセからエネルギーを奪おうとしたのも含め、頭の痛い経験をした。
「そうだ、ホルニッセ……!!」
エネルギーを吸収されてもぴくりとも動かないホルニッセに駆け寄る。
機体にエネルギーは残っているが、ぴくりとも動かない。
パイロットの状態を確かめる為にホルニッセに触れ、機能にアクセスする。パイロットのいないガイストは外部から接触すれば数十秒でハッキングが可能になるが、パイロットの入っている場合は分単位で接触している必要がある。
しかも、パイロットに意識があれば当然これを防ごうと抵抗するため、実質的に有人ガイストのハッキングは不可能だ。ただし、パイロットが意識を失っている場合はその限りではない。
ハッキングの進行度を見るに、気を失っているだけで死んではいないようだ。
「どこ出身の誰かは知らんが、まぁ意識が戻るまでは最低限……」
我ながら、こんな時に善人ぶってる場合かと思う。
しかし、見捨てれば消えない後悔になる。
自分の生き永らえたくない理由を増やすくらいなら、多少時間を食ってもこちらがいいと俺は思う。
と、ハッキングに成功してガイストのハッチが開く。
そこに居たのは――意識のない子供だった。
年齢は小学4、5年生程度だろうか。
まるで死装束のような白い服は口から垂れた鮮血に染まり、ごぶ、ごぼ、と不規則に血を吐きながらぜいぜいと息苦しそうにしている。左目を眼帯で覆われた顔は幼く、その額から流れる脂汗と苦悶の表情に、この幼い命を守らなければという強い感情が湧いて出る。
――その日、彼の看病に殆どの時間を費やした。
今日の出来事について気になることは山ほどあったが、さしあたって最も気になったことが一つ。
彼は仲間と共に集団戦闘をしていたとこちらは予想した。
なのでもしかしたら遠からず彼の仲間が助けに来ると思っていたのだが、夜になっても一切機影はない。彼は死んだと思い諦められたか、ターミネイトDを恐れて逃げたのか、或いは集団戦闘がこちらの勘違いであったのか……この子供が無事に生き延びることが出来れば、或いは知れるかもしれない。
彼が聞き取れないうわごとを漏らす度、もし助からなかったらどうしようか、と残酷な問いが心を重くした。
今回は日記より先出し。




