八月の日記 十二~十六日
八月十二日
昨日はとんでもないことになった。
あのガイストは一体何だったのか、考えを整理する。
まず、ヤエヤマ解放戦線、シャングリア、そして未確認だがソゾロギという勢力がこの辺りにはあることが分かった。そしてヤエヤマとシャングリアは明らかに敵対しているようだ。
シャングリアは、どうも宗教色の強い組織らしい。
ターミナルだの神の塔だの意味の分からないワードが多くあったが、シャングリアはどうやら秩序を以てこの荒廃した世界を一つにするという考えを持っているらしい。それ自体は悪い事ではないと思う。俺自身、己を律する何かがこの世界には必要だと感じていた。
しかし、あれはやりすぎだろう。
シャングリアの教義としてヤエヤマは有罪だったとしても、その場で即座に殺しにかかるなど尋常ではない。あれでは何の罪だったのかも分からないし、断罪の意味を何やらはき違えている気がする。
自分が同じ立場に立たされたとき、同じ事をやられて彼女たちは納得が出来るのだろうか。俺なら到底出来ない。罰があるなら赦しの機会というものも必要だろう。シャングリアとの接触は出来るだけ避け、情報収集に努めようと思う。
ヤエヤマは言葉の節々に戦う組織であることを感じさせるものがあった。こちらも正直お近づきになるかどうか迷う。俺は人を殺したくないし、加担したくもない。そこを忘れたくない。
そして、救世天使セラフィム――あれはヤバすぎる。
もはやガイストなのかさえ怪しいが、あのセラフィムの攻撃範囲は推定で半径20kmにまで及んだようだ。端に行くほど弾はバラけたとはいえ、攻撃を放った中心部は文字通り灰燼と帰しただろう。もはやガイストの概念を越えた出力だ。
もしかすればシャングリアにとってあのセラフィムは目に見える救世主なのかもしれない。偶像崇拝の偶像が物理的パワーで敵を薙ぎ倒すなど悪夢過ぎて笑えてくる。そんなものが許されるのはギャグ漫画までにして欲しい。
最初に見たずんぐりむっくりな姿には騙されたが、まさかあの装甲の中から新たな姿が出てくるとは思わなかった。しかも剥がれた全装甲が細かく変形、分離、合体して天使の翼になるのもだ。あそこまでいくと機動兵器として考えれば何の合理性もない気がする。それとも、あの羽根も独立兵装として降り注いだりするのだろうか。だとしたら悪夢だ。
空間歪曲の力もあってその防御力は鉄壁どころの話ではなく、まるで空飛ぶ要塞である。
あれがS級ガイストなのだとすれば、A級とS級の間を隔てる差は優位などというものではない。絶対だ。今俺の知る限りの知識を総動員しても、万に一つの勝機も見いだせない。いっそS級より更に上なのではないかと思いたい。
結局、俺は何とかあの砲撃から逃げ切ったことで全く知らない地域まで移動してしまった。マサトと定めた合流地点とは真反対だし、周囲のどこに勢力がいるのかも分からない。どう見積もっても元の場所に戻るまで食料が足りない。
急ぎすぎてへまをしないよう、適度に慎重に合流地点――第一の嘆きの塔へと向かおう。
残存食料、三日。
水、一日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
Bランクのキーグローブ所有。
シャングリアの無差別破壊を見た後だと、移動するのが怖い。
八月十三日
ターミネイターの大規模拠点が破壊されているのを発見。
この規模が破壊されているのは初めて見る。
前に狙撃銃で射程外からちまちま削って壊滅させられないか試したことがあるのだが、30m級ターミネイターが複数出てきたので諦めたのを覚えている。
かなり徹底的に破壊されており、一応跡地を漁ってはみたがおやつ程度の食料が辛うじて残っているだけだった。やったのはヤエヤマか、或いはシャングリアか。若干ながら物資を漁ったと思しき形跡もあったが、さてどうだろう。俺のように戦闘後に来た人間の仕業かも知れない。
肩を落として再び移動を開始したところ、コンテナをいくつか発見した。
手に入ったのは狙撃タレットと、外付のセンサ。
狙撃タレットは文字通り狙撃用のタレットだ。待ち伏せなどに使うものだが、狙撃用なので連射性がなく使い勝手はあまりよくない。とはいえ遠隔操作できるし一応狙撃も出来るので、念のため持っていて良いだろう。いざとなれば囮に出来る。
外付センサはいい拾いものだ。電子戦能力やレーダー機能を強化できる。
相手より早く情報を得られるのはシンプルに強い。
しかし、今本当に欲しいのは食料だ。
残存食料、二日。
水、一日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
Bランクのキーグローブ所有。
八月十三日
今日一日で三回もガイストの集団を見つけた。
もしかしたら相手のテリトリーに近づいていってしまっているのかもしれない。
地図と現在位置を照らし合わせ、別のルート取りを探る。
さっそく拾ったセンサが大活躍してなんとか見つからずにここまで来られたが、急ぎすぎたのは失敗だったかもしれない。今頃マサトは第一の嘆きの塔にどれだけ近づいているのだろうか。置いて行かれていたら悲しい。
そして、移動に傾注しすぎて食料の見積もりが甘くなってしまった。
一刻も早く奴らの活動範囲から逃れたら、無理せず一度食料を集めよう。
今日は山で拾った食べられるもので何とか凌ごうとするが、移動に思ったより体力を消耗していたせいか、おやつ程度の量しか手に入らなかった。キイチゴの酸っぱさで気を紛らわす。
残存食料、一日。
水、一日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
Bランクのキーグローブ所有。
タンパク質が恋しい。
八月十四日
進路変更が功を奏したか、ガイストには殆ど見つからなかった。二度ほどターミネイターに出くわしたが、あれは徘徊しているタイプなので近くに基地はない。
途中で家や店を見つけたが、どれも荒らされた後だった。
しかし一つ新たな昆虫食に挑戦してみたらイケた。
夏ならではだが、セミだ。
一応何種類か捕まえて念入りに炙って食べてみたが、エビとかバッタに近い味で、これがいける。去年の夏はまだ昆虫食に抵抗があったので新たな発見だ。ただし一種類マズいのがあったので、それだけ気をつけよう。
塩が少々心許なくなってきた。
今後手に入れられれば良いが、どうしても無理そうなら藻塩でも作ろう。
アブラゼミが一番良かったが、不味いセミが何ゼミだったか思い出せない。
今度昆虫図鑑を探そう。
残存食料、一日。
水、一日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
Bランクのキーグローブ所有。
もう少しで嘆きの塔だ。
八月十五日
嘆きの塔に辿り着いたはいいものの、食料が危ないのでガイストを降りて町の探索に出かけたのだが、そこでヤエヤマ解放戦線の方々と思しき武装集団にばったり出くわしてしまった。
話せば分かるなんて嘘だとよく分かる。
あいつら、問答無用で発砲してきやがった。
散々逃げまくった挙げ句、他に逃げ場がなくなって嘆き塔の中に入ってしまった。奴らも追ってくるかと俺は暫く怯えていたが、ヤエヤマ解放戦線はその後結局撤退したらしく、こっそり外に出たらいなくなっていた。
結局、食料が尽きそうだったので敵の陰に怯えながら塔周辺の漁ってない家を片っ端から漁って、何とか当面の食料を手に入れた。一度めぼしいものを探索したことがあるだけあって、ちょっと保存状態的に美味しくなさそうなものが多い。なんとか工夫して食べよう。
あと、自生したスイカを見つけたので食べようとしたが、全然美味しくなかった。
どうりでカラスが食べないわけだ。
多分、俺はマサトより早くここに着いている。
我ながら危ない橋を渡ったものだ。
少なくとも俺が入った出入り口の中は雨風凌げそうだが、何が出るかも分からない場所に留まるのは不安なのでやめた。塔の探索も、流石に怖い。
残存食料、九日
水、三日(簡易浄水装置あり)
ハンドガン残弾十二発。
Bランクのキーグローブ所有。
八月十六日
マサトから長距離通信が入った。
どうやら一方的にメッセージを受け取っているだけで返信は出来ないようだ。多分俺も同じ装備をガイストに積んでいれば出来るのだろう。
話の内容を纏めると、まずマサトはあの後無事にセラフィムの攻撃を凌ぎ、逃げた先でソゾロギという組織の一部と接触し、各組織の概要を知ることが出来たそうだ。
今、日本は三大勢力に分かれているという。
一つ目は宗教的で独自の経典を持ち、それを破る者を排除するシャングリア。
三組織の中で支配区域が最大で、最強のガイスト『セラフィム』とそれを補助する『機甲天使隊』の強力な戦力を保持。指導者『聖女』の下、ほぼ脅しに近い形で教義を広めている。ただ、教えを受け入れ従う者にとってはその限りではないだろう。
この強引なやり方に反発して独自のルールによる民主的な社会を主張するのが、指導者ヤエヤマが率いる二つ目の勢力、ヤエヤマ解放戦線。ガイストの所持数と活動範囲ではシャングリアを上回るが、ネームングから伝わるヤカラ感は否めず、どちらにも属していない人間から見れば似たり寄ったりの厄介者らしい。
最後の三つ目はソゾロギ。とにかく閉鎖的で全容が全く不明らしい。特段周囲に積極的な侵攻を仕掛ける気配はないが、ソゾロギに入ったのちに抜けた人間がいないことから、様々な憶測が飛び交っている。実はソゾロギは三勢力の中で最も早く拠点を確保したらしいこともあり、根拠のない噂には暇がない。
人間って意外と一杯生き残ってるな、と思ったのは秘密だ。
何故マサトが排他的であるソゾロギから話を聞けたのかは、以前に俺を殺そうとして『嘆きの塔』の攻撃で死んだ二人組――ユーイチとユージの兄弟の話が関係したという。曰く、ユーイチとユージの兄弟は元はソゾロギにいたが仲間殺しを行って逃亡したらしく、それが死んだという情報を提供して特別に教えてくれたそうだ。
そしてもう一つ、重要な情報があった。
三つの組織の本部は、それぞれ『嘆きの塔』を本拠地にしている。
そして、少なくともシャングリアとヤエヤマ解放戦線は塔を奪い合っているそうだ。その行動のメリット、デメリット、方法、条件、数などは一切不明だが、塔の支配数ではシャングリアが勝っているという。
最後に、マサトの現在地は嘆きの塔までは早くとも三日はかかる距離らしく、待てないなら自分の命を優先するように念押しされ、通信は切れた。
俺は状況を整理し、そして思い至った。
もしや、ヤエヤマ解放戦線の面々はあくまで塔が誰にも支配されていないか偵察に来ただけで、俺がこの塔を所有することが出来ないと判断して一度撤退したのではないだろうか。だとしたら彼らは塔を手に入れる為に近々戦力を揃えてここにやってくるかもしれない。
ここに留まるのは危険だ。
憶測だとしても決断するしかない。
後からここに来るマサトのことは少し心配だが、俺より慎重な彼の事だから異常に気付けば塔への接近は諦めるだろう。そう願い、すぐに塔を出て別の方角へと向かった。まだ行ったことのない、誰がいるかも分からないエリアへと。
残存食料、八日。
水、二日(簡易浄水装置あり)。
ハンドガン残弾十二発。
Bランクのキーグローブ所有。
真実から遠のいていくが、今は命の方が大事だ。
今回はアナザーなし。




